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9本目 女子バスケットボール部の挑戦

NO TIME 95

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 残り約40秒で始まった嶺南の攻撃。

 気が付くと、千華子先生は体の前で両手を組み合わせていた。

 ベンチの選手たちは立ち上がって声を限りに叫んでいる。
「ディフェンスです! ディフェンスー!」「2点差! 2点!」「止めるよ、ここ止められるよ!」

 嶺南ベンチの指示や、客席からの応援や、会場には様々な音があふれて、もうほとんど意味のあるものは聴き取れなかった。

 先程から点差が縮まった分、残り時間も減っている。まだ条件は変わらない。この試合でまだ一度も追いつかれたことのない王者は、落ち着いてとどめを刺しにくる。

 9番の北沢さんへ――絶対的なエースの元へ、ボールは渡る。

 他の選手を無視して3人がかりで止めにかかるような芸当が、次は通用するかどうか分からない。相手はその上をいくかもしれないし、今度こそパスを出すかもしれない。

 まずは一対一でスミレ子さんが迎え撃つ。一瞬の対峙。

 相手がドリブルで切り込もうとした、その手元に。スミレ子さんの指先が伸びた。

 この場面で、彼女は相手のエースのドリブルを、カットした。そのプレーを見切ったかのように。

 弾いたボールをスミレ子さんの両手が確保した時、残り時間はもう20秒と僅かだった。

 素早く成美さんがボールを運び、嶺南の選手は守るべきコートへ戻る。相手からすると3点を取られない限り負けはない。2点では延長戦。

 先程以上に、奈津姫さんはマークされる。

 成美さんが、スミレ子さんの助けも借りながらボールを繋いで機会を見定める。

 先生の声が耳に入ってくる。
「もうタイムアウトは取れないが、この流れなら延長戦も一つの選択肢だ。スミレ子は真っ向から北沢を止めた。あちらは彼女と奈津姫を同時に止められていない。ただし、その体力が残っていれば……。最後は実際にコートで走っている彼女たちの判断だ」

 残り10秒。狙えるならばスリーポイントシュートを決めたい。奈津姫さんへのマークをスクリーンプレーで引き離そうと試みるも、最初から分かっていてはかわされてしまう。

 5秒を切った。

 成美さんから香織さんにボールが渡る。

 最も信頼できる相方に2点を取ってもらうことを選んだのか。もちろん可能ならばファウルでの逆転も誘いたいが――。

「ノーファウル!」
 相手の誰かが叫んだ。

 香織さんはゴールへと向き直って、ボードとリングだけを見上げて――。

 そして脇から背後へとボールを投げた。その先に全く目を向けることなしに。

 いったい、誰に向けられたものなのか、僕にも一瞬、分からなかった。

 香織さんへパスが渡った時点では誰もいなかったその位置に。いや、ゴールへ向き直る瞬間にも人は位置していなかったボールの軌道に。

 スリーポイントラインの外のそこに、成美さんが走り込んでいた。

 もし香織さんがそちらを見てからパスしていたら、通らなかったかもしれない。成美さんが最初からその位置にいれば、相手にカットされていたかもしれない。

 この場面で、きっとその場所にボールが来ることを、成美さんだけが予想していた。

 この状況で成美さんならば、その場所へボールを受けにいくことを、香織さんだけが知っていた。

 嶺南の選手が手を伸ばす。僅かに、きっと僅かに、その手は届かなかったのだろう。

 いつか先生が語ってくれたことを思い出す。
――成美は早い時期に正しいシュートフォームを身に着けて、練習を積み重ねてきている。小柄な彼女だが、腕の力だけでなく全身を使って放たれるボールは、高く、きれいに上がるんだ。

 両手から離れたボールが高く高く上がっていく、その中で。

 試合終了のブザーが鳴り響いた。


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