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9本目 女子バスケットボール部の挑戦
ラスト2分 93
しおりを挟む香織さんの顔が赤くなって、そのまま不思議そうな表情になって、そうして何かに気付いたように目が見開かれた。
「ええと……あ、もしかしてバスケットが……ですか?」
「はい……」
何だと思ったのだろうと考えている内に、周囲の様子も目に入ってきた。
ベンチにいる部員たちも、顔を赤くしたり口元を押さえたり、ニヤニヤしたりしながらこちらを見ている。
絡み合った両手を意識して、そして会話の流れを反芻して、今度は僕が真っ赤になる番だった。
「あ、いや! 急に思い出したので……その、ジャージをいただいた時のことを……」
「やっぱり、そうですよね。私のことについては、もうちゃんと伝えてくれてますし」
ニッコリと笑って改めて手をギュっとしてくる香織さん。
「私も、大好きですよ」
バスケが、ですよね……?
「そしてありがとう、希さん。バスケットのことも好きになってくれて」
このままいつまでも手を握って見つめ合っていられたらいいのに。そう思うけれど、試合のタイマーの数字は動いている。
千華子先生がコートに目を向けたまま、咳ばらいをした。僕らの勝利のために。
「行けそうか?」
僕たちは声を揃えて『はい!』と答えた。
●
残り時間が2分を切り71-78の7点差という場面で、御城北は最後のタイムアウトを使用した。
香織さんのプレーで詰めた点差を、出場選手たちは守っていた。
智実さんを抱きとめるように、感謝を込めて香織さんが出迎える。
そこに先生も声をかけた。
「見事な働きだ、智実。相手がどこであっても、あなたは自分の役割を果たすと、そう思っていたよ」
「はい……!」
短時間の出場でありながら汗を滝のように流している智実さん。僕からタオルとジャージを受け取った、その手は震えていた。
改めて全員を円陣に集めて、先生が話す。
「まず確認しておく。延長戦は可能な限り避けるべきだ。人数が違う以上、試合が長引くだけ不利になる」
大規模チームである嶺南とは、そもそもベンチ入りしている人数からして違う。
「ただし残り数秒で2点差、そして充分に狙える状況であっても、それでも打つなということではない。そのまま確実に負けるよりは、同点にして延長戦に繋ぐのはやむを得ないだろう」
みんなは頷く。
「その上でだ。相手はボールを持ったら24秒を、いっぱいまで使おうとするはずだ」
チームがボールを保持してから24秒以内にシュートしなければ、ボールは相手に渡る。
逆に言えば、例えば試合の残り時間が24秒を切った時点でリードしている側がボールを得た場合、得点を狙わずにパスを回しているだけで勝ててしまう。よほどの能力差がない限り、その条件でボールを奪うことは難しい。
「逆算すると、残り1分を切ってから次に相手にボールが渡る際に2点差以内にできている展開なら、焦ることはない。1分半の時点なら5点以内でいい。そのラインまではイチかバチかのようなプレーに走る必要はない」
先生は手で空中に線を引く。そのラインということだろう。
「可能ならば3点を狙いつつ、すぐに決められるなら2点ずつ。きちんとチャンスを生み出して得点し、相手の攻撃は一本一本止めていけば勝てる。ここまでの38分間、幾度もできたことを繰り返せばいい」
『はい!』
ブザーが鳴らされた。
香織さんがコートに足を踏み入れると、会場内からは拍手が起こった。嶺南の応援団の方が遥かに多いはずなのに。
驚いて見上げると、ハーフタイムよりも更に観戦者が増え、最前列なんて隙間がないくらいにズラリと囲まれていた。
先生が椅子に腰を下ろしながら「ふむ」と唸った。
「ケガを押して出場することが美徳というようでは困るが……まあ、大事がなくて良かったという意味と受け取っておこうか」
僕はそれに頷きながら、反対側に座った智実さんに飲み物のボトルを渡す。
「智実さんもお疲れ様です」
「ありがとう……みんな、すごい相手とやってるね」
まだ緊張は続いているのだろう。息が整わない中で、それでも彼女は笑顔を見せてくれた。
奈津姫さんがチームに復帰するかどうかという頃に、話を聴かせてもらったことを思い出す。家庭や進路の事情があって自分の全てをバスケに費やすことはできないと言っていた彼女。自分より上手いスミレ子さんが入部してくれてホッとしたと言っていた。
けれどそれで練習の手を抜くかというと、そんなことはなかった。朝の自主練習や居残りはできないけれど、だからこそ練習時間中の一つ一つの動作は丁寧で、今が何のための時間なのかということを常に意識している。そんな彼女を僕も見続けてきた。
「バスケ部、辞めないで良かったなぁ……」
だから、小さくそう呟いてくれたことが、僕にはとても嬉しかった。
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