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9本目 女子バスケットボール部の挑戦

個人プレー 87

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 しかしやがて嶺南も、奈津姫さんを集中的にマークすることにはこだわらなくなった。

 当然、彼女が得点できる可能性は高くなるはずだが、マンツーマンで付いているのは最も能力の高い選手だろう。そうそうゴールを奪えるわけではない。嶺南がそれ以上の地力を発揮して得点を重ねれば、差は開いてしまう。

「真っ向勝負の横綱相撲。実はこれをされる方が厳しいんだが……」
 パンツスーツに包まれた細い脚を組み替えて、千華子先生は口元を吊り上げる。
「さあ出番だぞ、スミレ子」

 成美さんはパスをスミレ子さんに回した。香織さんも翠さんも、奈津姫さんの側を空けていた動きから切り替える。

 一瞬で、スミレ子さんは自分に付いていた相手の横を抜き去り、ゴールを決めた。

 彼女は一対一ならば奈津姫さんといい勝負をする。人種の違いによる身体能力もあるだろうが、相手の視界と動きを読んで裏をかいたり振り切ったりするのが異様なまでに上手いらしい。そしてチームで一番の疲れ知らずで、相手の脚が悲鳴を上げるまで動くことを止めない。

 ここまでは奈津姫さんへのマークを利用して数の優位を作ることで攻め、スミレ子さんの個人技については故意に相手に見せていなかった。

「よし。通用するなんてものじゃない。あそこだけミスマッチと言ってもいい」
 先生も上機嫌だ。

 相手は、スミレ子さんが奈津姫さんに匹敵する攻撃力を持っていることを想定していない。一度だけでなく、二度三度と繰り返しても、彼女を止めることができなかった。香織さんや翠さんに付いている相手がヘルプに入れば、スミレ子さんは見逃さずに空いた仲間へパスを出して得点させてしまう。

 8点差が6点差になり、4点差になり、また6点に開いてもすぐに縮まり、遂に2点差になった。

 ブザーが鳴り響く。相手がタイムアウトを使用したのだ。1分間という短い時間だが、試合を止めて双方の選手をベンチに戻し、休憩と意思疎通を図ることができる。

 試合中は先輩後輩による上下関係は無い。控えていた3年生も椅子を立って出場選手を座らせ、汗が止まらない彼女たちを団扇で扇ぐ。

 選手たちの前に立って先生が言った。
「相手がタイムアウトを取った意図は分かるな?」

 香織さんが頷いて、皆と戦術を確認する。

 1分間は、あっという間だ。ブザーが鳴り、出場選手たちはコートへ向かっていった。

 相手のボールで試合は再開し、また4点差に開けられてしまう。嶺南の攻撃は一人一人が上手い。

 そしてこちらの攻撃の機会。スミレ子さんのマークに着いたのは、これまで奈津姫さんを抑えていた相手の9番の選手だった。

   ●

 お団子頭の9番は間違いなく嶺南のエースだ。

 相手は、もはやうちを奈津姫さんのワンマンチームとして対応することをやめ、スミレ子さんこそ得点源とみて彼女をぶつけてきた。

「そう来てくれるのを待っていた」
 千華子先生がつぶやく。

 成美さんからスミレ子さんへパスが渡る。彼女がドリブルで仕掛けるかに思われる。

「よく我慢したな、奈津姫」

 抜きにかかるかに見えたスミレ子さんの手から、ボールは逆サイドの奈津姫さんの元へ一瞬で飛んでいく。

 半円を描くラインの外でボールを受け取った彼女に、マークが替わったばかりの相手は一歩間に合わない。これまで9番の選手が自由に打たせてこなかった、奈津姫さんのスリーポイントシュートが、放たれた。

 スミレ子さんが仕掛けるかに見えた時点で、既に香織さんと翠さんは、リバウンドを拾うために相手よりもゴールに近い位置に体を入れるスクリーンアウトの体勢を取っている。

 しかし実際には彼女たちがディフェンス側の選手とボールを取り合うことはなかった。

 奈津姫さんのシュートはゴールのリングを通過し、ネットがきれいな音を立てた。

   ●

 これで1点差。第2クォーターが残り僅かという場面で、2点入れば逆にリードを奪えるところまで詰め寄った。

 まるで一手ずつ、うちが嶺南を追いつめていくようだった。

 相手のボールは9番に渡った。何としても突き離したい嶺南は、エースに頼る。

 マークに付いているのはスミレ子さん。当然ながらマンツーマンの組み合わせは守る側が決めるものだ。ディフェンスでは最初から相手のエースを彼女が担当していた。攻防共にこの二人が組み合った形になる。

 ここを止めた上で2点のゴールを決められれば、勝ち越せるというところ。

 一瞬、ボールを持った相手とスミレ子さんとが静止して目を合わせる。

 そして次の瞬間、9番のユニフォーム姿はスミレ子さんの脇を駆け抜けた。そこにどれだけの駆け引きがあったのか僕には想像もつかないけれど、抜き去ったのだ。

 すかさず翠さんがヘルプに入る。身長は相手よりも高くジャンプ力もある彼女の手は、しかしボールに触れられない。

 お団子頭の9番はドリブルから踏み切ってシュートにいくとみせかけた後、空中でボールを両手で持ち直して翠さんのブロックを空振りさせ、その上でもう一度ボールを放った。着地するまでの間、空中にある状態で。

 そのボールがバスケットに入り、点差は3点に開いてしまった。

 ベンチにいる智実さんが「嘘でしょ!?」と悲鳴を上げる。
「この場面でダブルクラッチ?」

 割れんばかりの歓声が嶺南の応援席から叩きつけられる中で、程なくして3点差のままブザーが鳴った。前半の第1・第2Qが終了し、試合は折り返し地点となる。

 あれが頂点に立ってきたチームの中の、更にエースを任せられる選手の力。9番を止められなければ、追いつき勝ち越すことはできないのだろうか。

 出場選手を迎えようと立ち上がって初めて気付いた。試合開始よりも観覧者がずっと増えている。他のチームのジャージが集まっている箇所もちらほらと見受けられる。電光掲示板を指差して立ち止まる人たちの姿もあった。

 優勝候補の嶺南が、1回戦の前半を僅差で折り返している。その状況が、男子女子を問わず、会場を訪れた人たちの注目を集めつつあった。


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