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9本目 女子バスケットボール部の挑戦
アイソレーション 86
しおりを挟む実際に、嶺南の出場メンバー表に2人、その中から先発メンバーでは1人が、奈津姫さんの元チームメイトだった。
「14番、来るよ!」
相手の選手間で声が飛んでいる。
うちのチームは、地区大会の時に幾度かやったように、コートの片側に奈津姫さん以外のメンバーが偏る陣形を取った。マンツーマンでディフェンスに付いてくる相手チームも片側に寄ることになる。
ポイントガードとしてボールを運んでいった成美さんから、その奈津姫さんにボールが渡る。彼女はドリブルで抜こうという意思を見せるが、相手のディフェンスは動きについていっており、その横を抜けられない。
9番のユニフォームを着けた、2つのお団子に纏めた髪が特徴的な選手。メンバー表には2年生の北沢さんとある。彼女がおそらく、最も一対一でのディフェンス力が高いのだろう。
奈津姫さんはゴールへの距離をほとんど詰められないまま、横へ移動したような形になる。
そこへすかさず、成美さんのマークに付いていた4番の選手も向かっていく。他の選手たちから離れた奈津姫さんを、そのまま2人がかりでコートの隅の方へ追い込みボールを奪おうというのだろう。
相手は、こちらを奈津姫さんのワンマンチームと見込むだろう。能力の高い選手をマークに付けて封じようとするのではないか。僕たちは、そこを手がかりにする。
2人目の相手が接近しきる前に、奈津姫さんは成美さんに速いパスでボールを戻した。
こうなると、元々は成美さんに付いていた相手が戻ってくるまでの間、4対3の状況ができあがる。嶺南の選手は身長も能力も高いかもしれないが、こちらは必ず1人はフリーになるのだ。
素早くゴール近くに入り込んだ香織さんにパスが渡り、そのまま得点となった。黒髪ポニーテールが揺れる様は今日も麗しくて、ユニフォームの赤い色と引き立て合っている。
今までとは逆に奈津姫さんが相手を引き付けることで、他のメンバーに有利な隙を作り出す。それが御城北の作戦の1つめだった。
●
試合前。
会場のトイレを使って出ようとしたところで、通路の方から女性の声が聞こえてきた。
「奈津姫じゃん」
「あぁ……久しぶり」
誰かが奈津姫さんを見つけて声をかけたようだった。女子トイレの方が通路の奥にあるので、男子用の前あたりで互いに立ち止まったのだろう。
「いや、奈津姫と大会で会うことなんて、もうないと思ってたわ。しかも直接当たるとか。御城北とか2年間で一度も見たことなかったし」
どうやら相手は2人以上いるようだ。直接当たると言っているということは嶺南の、元チームメイトか。
「あー、そうだったな」
奈津姫さんは不愛想な声を返していた。
「東部地区レベルなら、あんた一人が昔の貯金で何とかできたかもしれないけどさ……まあ、これまでの時間が作った差ってやつを、今日は見て帰ってよ」
「地区大会止まりの公立で遊んでた奈津姫じゃ、なんにもできないまま終わっちゃうかもー。5点くらいは取れるかなー? ごめんねー」
クスクスと笑いながら言う2人。
「なんだとコラ?」
奈津姫さんの声が少し甲高くなった。
「いーい度胸だ。アタシが何十点取るかベンチで指くわえて見てやがれ。中2の頃みてーにな」
「な……!? うちはスタメンだし!? 嶺南の! そっちなんか……宮木翠とか、陸上やってたお嬢までベンチ入ってるチームでしょ。素人集団の中で持ち上げられて、調子乗ってるんじゃない?」
「……んだと?」
奈津姫さんの声が低くなった。
慌てて僕は男子トイレから小走りで通路へ向かい、彼女たちにぶつかりそうになった風を装う。
「あ、す、すみません! あ、奈津姫さん?」
嶺南の2人の選手は咄嗟に体を引き、それから僕の着ている部活ジャージが奈津姫さんと同じものであることに気付いて二度見した。
「お、希。ちょうどいいやハンカチ貸せ」
と、奈津姫さんは僕が手に持っていたものを接収する。
「自分の使ってくださいよ」
「いいだろー? あ、でもアタシが使った後で匂い嗅ぐなよ」
「しませんよ……」
ちなみに、僕がシューズのお返しに配ったタオルハンカチを今日みんなが持ってきてくれていることは知っている。
奈津姫さんは「じゃあな」とだけ言い残し、少し高い位置から僕の肩を抱いてきた。そのまま歩き出す。
残された2人は、どんな目で僕たちを見ていたことやら。十中八九、ドン引きだろうけど。
ご立派な胸が当たっているのにも構わず、奈津姫さんは耳元で囁いてきた。
「なぁ……あんな感じで良かったか?」
●
彼女が相手を引き付ける戦術は、一度限りの不意打ちで終わらず、繰り返し通用した。
千華子先生が、例によって僕の頭を引き寄せて囁く。
「彼女たちは強豪校のスタメンを勝ち取った生徒たちだ。もちろんその努力には敬意を表するべきだが、その分プライドも高いだろう。そして常に、次の試合の出場枠、その後の進学、将来の選手生活を賭けて、自分自身の評価を勝ち取らなくてはいけない」
名門から声がかかるだけでも栄誉。そうして入部したメンバーの中から更に、応援席とベンチ入りできる選手に分けられ、ベンチの中から最初にコートに出られるのは5人だけ。その中でも先に続けるための評価を巡って競争は続く。すごい世界だと思う。
「そんな彼女たちが『自分だったら』……と考えてしまうと、奈津姫のような価値観と行動原理は想像しにくいのかもしれないな」
奈津姫さんは少なくともバスケについては、そういう道を選ばなかった。
2年前の事件で彼女が手を出したのは、翠さんに害が及んだ時だった。その結果、先輩たちから標的にされれば、黙ってコートを去った。けれど自分を庇ってくれた同学年の仲間たちが望んでいると知ったら、帰ってきてくれた。
見た目も言葉もちょっと当たりが強いのに、「なっちゃん」「なっちゃん先輩」などと気さくに呼ばれていたりする。プールで助けてくれた2人からも「姐さん」と慕われていた。その理由が今は僕にも分かっている。
彼女は、点を取りまくっていた試合よりも更に活き活きとした動きで、相手の9番をはじめとした選手たちを引き付け、自身の得点は増えなくともチャンスを作り続けた。
試合の序盤、常に嶺南にリードを許しながらも、その点差が2桁に開くことはなく、御城北は常勝チームに食らいついていたのだった。
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