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8本目 女子バスケットボール部員の恋人

それがどうした 79-12

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 しばらく唖然あぜんとして2人を見やっていた健一に、僕は言葉を続けた。
「健一。ついでに言うと、そもそも香織さんは同性愛者じゃない。お母さんがそう言っているだけで、事実ですらないんだよ」

 成美さんが「え?」とこちらを向いた。香織さん自身も、涙を零した顔のまま驚いている。

「僕は小学生の頃、ミニバスのチームを見学に行ったことがある。といっても実態は、用事があって僕の面倒をみられない間の預け先だったようだけど」
 唐突に始まった話にそれぞれが戸惑っているのは承知の上で、僕は続けた。

「うちの用事はミニバスの間だけでは終わらなかったらしく、そのまま僕は、その知り合いのご家庭に連れていってもらった」

 ここで成美さんが「……ん? え?」と声を発し始めたので、僕はそちらへ問いかけた。
「成美さん。ミニバスの練習が終わった後で、香織さん以外の子供を家に預かることって、よくあったの?」

「ううん。お母さん世話好きだけど、うちには香織ちゃんがいつも来てたから、他の子供を連れてきたのは、覚えてる限り、一度……だけ」

 僕も、たった一度きり車で連れていかれた家がどこにあって、それが誰の家だったのか、全く覚えていなかった。伶果さんの交友関係もよく知らなかった。

 けれど成美さんの家を訪ねた際、幾度も既視感があった。

 そして昨夜、車で送ってもらう際に彼女のお母さんにきいてみたのだ。

 結婚する前に教師として担任した教え子が伶果さんだった、と聞いた時は驚いたけれど。考えてみれば、祖父母の家から離れることになった伶果さんがこの土地を選んだのにも、それなりの理由があったのだ。学校の仕事に縁があったことにも。

「あの日、成美さんのお母さんは、運動して汗をかいた3人の子供たちにお風呂に入るよう促した。風邪をひかないようにね。そして、特に幼く見えた僕のことは一緒に入れてあげるようにと、娘さんたちに言ったんだ」

 成美さんが本当に驚いた顔で僕を指差した。
「え、あの時の男の子、小暮っちだったの!? もっと年下だと思ってた」

「僕は同い年の子供と比べても小さかったからね……そうして僕は、その女の子たちのうちの一人とお風呂に入った。覚えていますか」
 その人の方に目を向けて僕は言った。
「香織さん」

 彼女は顔を真っ赤にして、明らかに動揺していた。
「あの……嘘……あの時、私……」

「僕はハッキリと覚えています。お互い小学生の時のことですから、大丈夫ですよ」

 忘れられるはずもない。

「浴室の中で香織さんは、お互いの体を洗いっこしようと言ってきて……もっとハッキリと言うと、僕は性器を触られたし、香織さんの胸や、下の方も触らせてもらった」

 現在の香織さんはその頃から更に成長していて、さすがに一度会っただけの思い出とは一致しなかったけれど。

「洗い合うだけじゃなくて、もっと長い間、そうしていた。外から成美さんが『まだ?』と声をかけてこなければ、ずっと触り合っていたかもしれない」

 香織さんは再び、顔を伏せて両手で覆ってしまった。

 先程は躊躇ためらわずその体を抱きしめていた成美さんが、今回は戸惑っている。ちょっと克明に語りすぎたかもしれない。

「つまり……少なくとも小学生のあの時点で香織さんには、裸になって一緒に入浴したら触ってしまう程度には男性に興味があったんだよ」

 もちろん、そんなことを彼女は誰にも話したことはなかっただろう。

「だから健一が言いふらしたとしても、それは『本人がもしかしたらそうかもしれないと悩んでいることを、お母さんが騒いでいる』だけのことなんだ。成美さんの反応で明らかなように、香織さんのことをよく分かって信頼している部員たちの態度が変わるとは考えられない」

 診断を下すような立場では僕はないけれど、おそらく、お母さんのパートナーたちから受けた嫌な体験を重ねることなどによって、男性を避けるようになっただけなのだ。もちろん、成美さんのことを好きなのも本当だろうけど。

「大丈夫ですよ、香織さん」
 僕はそう言ったが、健一は舌打ちの音を立てた。

「ああ、そうかい。だが、お前が否定できたのはカードの1枚だけだよな。こちらには複数のカードが……」

「そうだね。本当に持っているなら、だけどね」

「……何だと?」

「トイレの動画については確かに君が握っていることを見せつけられた。で、小暮先生の動画か写真は?」

「な……お前、自分の母親代わりの人の姿だぞ? せめてもの情けってやつだって分からねぇか?」

「べつにいいよ。僕も物心ついて以来、裸とか見たことないから、見てみたいかな」

「え、小暮っち……」
 いや、これは考えがあって言っているので、成美さんまで本気で引かないでほしい。

「この部屋を本来は生徒だけに貸すことはできないのに、君が言ったら用意してくれた。それは確かだと思う。でも」

 例えそうだとしても。そもそも伶果さんは女手ひとつで僕を育て上げ、看護師や学校の養護教諭をしてきた人だ。

「一介の男子生徒に、僕と成美さんの動画を人質に取られたくらいで簡単に自分を撮らせてしまうとは思えないんだよね。君と話をして、ある程度の要求を呑んだことは確かだろうけど……一方的に脅せるようなカードなんてないんじゃないの?」

 健一は不愉快そうに顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「クソっ……その部分は勘弁してやる。だが、希と成美の動画を握っているのは、見せた通りだからな。お前らが更衣室の件を流出させたりしたら、こっちも公開させてもらう。俺はもう、お前らの要求に従う必要はなくなった。今回は、それで手を打ってやる」

 そうして見せ付けるようにスマートフォンを振ってから、それをポケットにしまった。

 部屋の鍵を机の上に乱暴に置いて入り口へ向かおうとした健一を、僕は制した。
「健一」

「なんだよ? こっちも切り札を持っている以上、要求には従わない。もうこれでいいだろう」

「うん。だから、そのことについてだよ。そんな状況は……もうやめよう」


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