85 / 112
8本目 女子バスケットボール部員の恋人
お前たちは甘い 76-12
しおりを挟む引き戸を開けて現れた成美さんと香織さんは、室内に僕の他にもう1人いるのを見て、目を見張った。
そこは、教室よりはずっと狭くて会議机とパイプ椅子があるだけの部屋だった。
「健一!?」
成美さんの声に、彼は立ったままニヤリと笑ってみせた。
「まあ入れよ。鍵もかけておいた方がいいんじゃないか? せっかく、込み入った話をするのに都合がいい部屋を用意したんだ。小暮先生にまでお願いして、な」
香織さんが警戒心剥き出しの表情と声で言う。
「どうして相談室なんていう場所なのかと思ったけど……あなた、小暮先生を巻き込んだっていうの?」
そして椅子に座っている僕へと目を向ける。
「希さん、大丈夫ですか?」
僕は、目を合わせられなかった。
成美さんと香織さん、そして僕とで話をしようということは、昨日の内に話した通りだ。だがついさっき、その場所を僕から一方的に連絡した。
相談室というのは、他人が出入りせず秘密が守られる環境で職員が生徒と話をするために使われる。本来は生徒同士が話をするために借りられるものじゃない。
今の時間は、養護教諭である伶果さんが生徒の話を聴くという名目で鍵を借り出していて、それは健一の大きな手の平の上に渡っている。
「大切な彼女を親友に寝取られちゃって俺、悲しいんですけど、どうしたらいいですか――って、保健室に相談に行ったら、親身になって協力してくれただけさ」
香織さんが眉を寄せる。
「まさか、先生を脅したってこと? あなたどこまで……」
成美さんも息を呑んだ。
「そんな……。小暮っち……ごめん。ごめんなさい……」
続けて健一は自分のスマートフォンをかざして見せた。
「ついでに、こんな動画も見せたら……何でもしてくれたんだよなぁ」
成美さんと香織さんに向けた画面で再生されたのは、あの街の公衆トイレでの光景だった。
「随分とお楽しみだったようじゃないか。俺が上からスマホを差し込んだのに気付きもしない」
個室の中で制服姿の成美さんの後ろから僕が交わっている様子が、動画に収められていた。。
「なぁ、成美。お前、こういうこと嫌いなわけじゃなかったんだなぁ……」
合宿の時じゃない。部室の前で野球部が「出待ち」をするようになってから、香織さんの家に通うようになるまでの間に、二人でした時のものだった。
「人を脅しているにしては行動が甘かったな、お前ら」
出待ちをする野球部員たちは、女子バスケ部の誰がいつ下校していくのかに注目していた。その中に健一自身の姿はなかったが、行動は把握されていたのだろう。もちろん僕たちも学校から2人で並んで公衆トイレに向かったわけではないけれど、どちらかが後をつけられたのだ。
「更衣室に出入りする姿を撮られたら、もう何もしないと思ったか?」
彼は成美さんたちの要求に従いながらも、諦めてはいなかったのだろう。
「窓越しに喘ぎ声を聴かされて、黙って反省しているとでも、本当に思ってたのか?」
僕が成美さんの家に行った時、やはり彼は部屋の窓を開けておいて聞き耳を立てていて、僕らの関係を知ったのだ。
そして、逆に弱みを握れる機会をずっと狙っていた。
香織さんが厳しい表情で彼を睨みつける。
「あなた自分の立場が分かっているの? 更衣室の動画、公開させてもらうから」
「いいや、あんたたちにそれはできない」
健一は、すかさず言い返した。
「あんたたちが動画を流出させたら、俺も同じようにするからだ」
トイレでしている動画が生徒の間で出回ったら、その後の成美さんの高校生活がどうなるか、想像するのも恐ろしい。まだ表向きは健一と付き合っていることも、この場合は仇になってしまう。浮気の現場として興味を引いてしまうわけだ。
「つまり俺は、もう晴れてあんたたちの要求に従う必要はないってわけだ」
香織さんは首を振る。
「そうだとしても、公開できないのはそちらも同じでしょう。あなたが何かを思い通りにできるわけじゃない」
「カードがこれ1枚なら、な」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
105
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる