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7本目 あの日の女子バスケットボール部

計算外プレイヤー 13-7

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 仕事を終えた成美はスマートフォンの画面を消し、深く項垂うなだれた。計画通りに終わった安堵感と共に、何ともいえない哀しさや情けなさのようなものが湧いてきた。

 水着の写真の時にも衝撃は受けたが、まだどこか信じきれない気持ちがあったのだろう。何らかの経緯で盗まれたのかもしれない。全く同じように見える別物かもしれない。翠たちが集めてくれた情報も、相手の女が流した嘘かもしれない。

 しかし、そうではなかった。生まれた時から一緒だった幼馴染は目の前で、他の女と楽しむために成美を売り渡したのだ。

 用心のために着ていた服を脱ぎ、スマートフォンなどと共に濡れない場所に置いて、今度こそシャワーを浴びた。

 汗だけでなく気持ちも流してしまうためには、長めの時間が必要だった。

   ●

 シャワーを止め、持ち込んでいた新しいタオルで体を拭いていると、ガラス戸の向こうの更衣室から物音が聞こえた。

 健一が下着を持ち去るだけでなくシャワー室まで入って成美に迫る可能性も全くないわけではなかったため、練習の休憩時間を利用して翠が様子を見にきてくれることになっていた。もうバスケ部は休憩に入ったのだろうか。

 気を揉んでいるであろう先輩に無事を知らせるべく、成美は取り急ぎ体の前にタオルを当てただけの姿で、更衣室への戸を開けた。

「……え?」

 女子バスケ部員でも健一でもなく、私服姿の希が這いつくばっている理由が、最初は分からなかった。

「こっそり持っていこうとしました。本当にごめんなさい!」
 カメラの存在など知らない彼は、健一のことなど一言も口にせず土下座の姿勢を取った。

 彼は間違いなく健一に会っている。落としたり置き去られたものを見つけただけでは、ここにこっそり返しにはこない。

 取り返して、戻しにきてくれたのだ。その上で友人である健一を庇っているのだ。

 これが成美たちが仕掛けた罠で、既に証拠が記録されているとは知らずに。

 女子更衣室への侵入だけでも、それが見つかったら後の学校生活がどうなるか想像はつくだろう。それなのに危険を顧みず、万が一の場合は罪を背負うつもりで。

――違うんだよ、小暮っち。もう分かってるから、アイツのことは庇わなくていいんだよ。でも、ありがとう。倒れた時も、今回も、助けてくれて……。

 そう言おうとして、不意に彼女は、彼がスノコに擦り付けるように頭を下げたままでいる理由に気が付いた。タオル一枚で体を晒していることが急に恥ずかしくなり、磨りガラスの嵌った引き戸の陰に隠れた。

 その一瞬で思い至ってしまったのだ。

 ありのままを告げたらどうなるか。下着を盗んだ健一を、希がそれでも庇っているというのはどういうことなのか。そして自分はどうしたいのか。そのためにはどうすればよいのかを。



 練習を終えた関係する部員には、部室に残っていてもらった。

 成美の新たな考えを聴いて皆は唖然あぜんとしたが、その中で翠がまず口を開いた。
「ずるいわ。そんなオモシロ……イイ子を、成美だけで独り占めするなんて、ずるい」

「へ?」
 予想外の言葉が返ってきたことに成美も驚いた。

「あのね、成美……自分でも分かっていると思うけど、小暮君は何も悪くないのよ?」

 希には、このまま真実を伝えない。そうすれば彼の視点では、更衣室侵入と下着泥棒未遂という弱みを成美に握られたことになる。彼女の要求を受け容れざるをえないだろう。

「本当なら、成美とどんな関係でいるかは彼自身が考えて決めていいことでしょう?」

「はい……」

 その権利を、成美は奪う。一方的に関係を強要する。自分のことを友人の恋人としてずっと心配してくれて、苦しい時に一緒に悩んでくれて、そして助けてくれた人に対して。

「いつかは小暮君にも本当のことを明かして、謝らなきゃいけない時がくるわよ」

 翠の言う通りだ。卒業まで騙し続けられるとは限らないし、それに長引けばそれだけ彼の貴重な青春を奪うことになる。一時的に関係は密接なものになるだろうが、最後には成美のことを許せないと思われて終わるだろう。

「でも、その時にね。例えば、わたくしみたいな美人とも仲良くなれたしイイコトもできたし、なんならその後も愛人としておそばに置いてくれていいんですよ? っていうことなら……まあ許してやってもいいか、って気になってくれる可能性があると思わない?」

「えぇ……?」

 翠が美人であることには成美も異論はないが、自分で言うところはいつも通り胡散臭い。

 ただ、おそらく言いたいことは伝わってきた。希から自由な選択を奪う代わりに一定程度の見返りを与えるために、それによって成美の罪悪感を軽くするために、自分も付き合うと言ってくれているのだ。

 同席していたスミレ子も手を挙げた。
「センパイのハーレムを作る、ということですね。ただし、ムリヤリ。ワタシも、立候補します! お店でも、とても優しい、ので大スキです!」

 日本語を使い始めてからまだ長くないと言っているのに、会話にちゃんとついて来ていたらしい。

 ただ実際には合宿まで希の体に手を出さなかった彼女が、何かを誤解していた可能性は高いのだが。

「あら、ライバル宣言?」「センパイとバンシャクするのはワタシでーす」「それは譲ってよくてよ? 私は晩酌した後の時間に興味があるから……」

 などとやり合っている2人を横目に、香織が眉を寄せて言った。
わたしは……反対」

「香織ちゃん……」

 無理もないことだった。彼女はそもそも男性に対して良い印象を持っていない。

「でも……それでも自分にとってはそれが一番いいって成美ちゃんが決めるのなら、黙認する。何かあった時には部長として、できる限りの責任は取る。ただ私からも、ひとつ条件を出させて」

「あら、香織も参加する? ハーレム計画」
 翠が茶々を入れるが、香織は首を振って言葉を続けた。

「しない。私からの条件は……小暮さんに好きな人がいるかどうかを必ず確かめること。好きな人がいるなら、その時点で諦めて、この計画はなしにすること。そして始めた後も、彼に好きな人ができた時には解放してあげること。もちろん、その後も私たちは彼の気持ちを邪魔しないように、何があったかを絶対に漏らさない。できる? 成美ちゃん」

 その指摘は、いつか訪れる終わりと、そして成美が味わうであろう悲しみとを、予告するものだった。けれど、そのことを考えずに事を始めてしまうことはないようにという、香織の優しさでもあった。

   ●

 健一は何も疑うことなく部室棟の前にやって来た。更衣室から下着を盗んだことへの後ろめたさはあるだろうに、さすがの度胸だと、成美は不本意ながら感心した。


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