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7本目 あの日の女子バスケットボール部

救世主 7-4

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 ベッドを囲む真っ白いカーテンの中に希を呼んで、謝った。

「僕は、こんなんで済むなら大歓迎だよ。目の前で成美さんに怪我なんてさせたら、健一に顔向けできないところだった」
 何の打算もなさそうな心からの笑顔を、彼は他人の恋人へと向けた。

「ううん……あたしが自己管理できてないせいで……」
 様々なものを削って恋人との時間に充て、その上でなお無理をしている現状を、成美は話した。

「あたしバスケ部だからチームのみんなに迷惑はかけらんないじゃん……」

 ミニバス以来のチームメイトで、もうすぐ最後の大会を控えた部長である香織。その存在と彼氏とを天秤にかけるようなことはできなかった。

「そんなの自分で調整しろよって思うでしょ……」

 健一に相談しても「優先順位を付けるしかないだろ」と言われるばかり。自分との関係こそが将来も見越した上で最も大切なのだから、他のことよりも優先するべきだと、彼はそういう理屈を説くのだ。自分もまた、成美と付き合うことを何よりの目標として努力を続けてきたのだからと。

「でもね、付き合うようになってから、健一……あたしと話すだけでも、ほんとに嬉しそうなんだ」

 そこまで想ってもらえることは幸せなことだと、思っていた。

 だからこそ、人に話せない。頼れない。大切なものが幾つもあって時間が足りないなんて、贅沢なことだ。考え方さえ変えれば、きっと乗り切れる。そう言い聞かせてきたけれど。

「でも、もう自分じゃ、どうしたらいいか分かんないよ。誰か助けて……」

 それは、希に向けた言葉というわけではなかった。

 同性の親友にも、恋人にも、話せない。あるいは分かってもらえない。自分一人で抱えてもがいている、その気持ちを、この時だけは漏らしてしまっただけだったのだ。

   ●

 けれど、希は助けてくれた。

 突然、部活動に所属している生徒が他の部の練習試合などを応援に行くのは控えるようにと指導が入った。

 顧問の安斉あんざい千華子ちかこは部員たちの前で説明した。

「それぞれの部が、学業や健康に配慮したガイドラインの範囲で計画を組んでいる。それなのに、練習のない時間も他の部の応援に駆け回っていたのでは、ガイドラインは骨抜きだ。それに一旦そういうことが始まると、お互いに応援に行かなければ義理が立たないだろう。次第に無理をすることになりかねない」

 それは全ての部活動に対して通達されたとのことだった。

「新入部員を加え夏の大会期へ向け練習が激しくなっていくこの時期だからこそ、自分で選んだ部活動に集中し、後悔のないようにやり切ってほしい。わたしたち職員のそうした願いからの提案だが、決して一方的な押し付けではない。生徒会・部長会にも合意してもらっている。趣旨を汲んで、お互いに守ってもらいたい」

 更に個人的に呼び出され、しばらく体の様子をみながら無理のない範囲で練習に参加し、適宜ちゃんと休むようにと強く言われた。

 授業中に倒れたことは既に知られていたので、千華子はそれを理由に挙げ、自分からの指示だとして部員たちにも理解を求めてくれた。

 どうして急にこのようなことになったのか。尋ねた成美に千華子は教えてくれた。

「あなたが倒れた時に保健室へ付き添った、小暮希という生徒がいるだろう」

 彼は、家族でもある養護教諭の小暮伶果れいかに、成美が野球部の応援に駆り出されていた状況を話したのだという。それ自体は事実なので隠すことでもなかった。

 それを受けて伶果が生徒の健康管理という視点から問題を感じ、教頭や部活動主任、そして生徒会などにも手を回してくれたというのだ。

 また希は、アルバイト先で親しくしているバスケ部員のスミレ子にも相談をしていた。

「スミレ子は日本の部活動のことはよく分からないながらも、彼の考え方に感銘を受けて、香織と一緒に私のところへ来たんだ。自分たちの都合で引っ張るのではなく、本人が考えて選んだ結果を支えられるチームでありたいと」

 新入部員とはいえ、スミレ子は広い世界を知る年長者。その言うことに耳を貸さないような香織ではなかった。ましてや成美に関わることであれば。

「彼女たちの言葉に、私も改めて教えられた」

 バスケットボールは、一つのプレーごとにゲームが止まる競技ではない。他人の指示を仰ぐ時間はなく、選手は自分で考えて決断しなければならない――千華子が部員たちに口癖のように繰り返しているその言葉を、成美は改めて思い出した。

「新入部員の指導は他の2・3年生がカバーできるし、スミレ子も教える側に回れる実力だ。あなたがいなくてもいいという意味ではないよ。真面目で頼れる仲間だからこそ今は無理をさせたくないと、彼女たちは言っているんだ」
 ここまで気付けなくてすまなかった――と千華子は謝罪し、成美の肩に手を置いた。

「倒れなければ気付いてもらえないということでは、本来はいけない。あなたがちゃんと休んでみせることによって、次は他の仲間たちが助けられることになるだろう」

 こうして、野球の試合に駆け付けていた分の時間が空き、それでも必要な時間は部活を欠席・早退して捻出できるようになった。同じようなことは繰り返せないと、睡眠時間は確保するようになり、体力面は楽になった。

 成美は、そんな生活をひとまず軌道に乗せることができそうだった。

   ●

 彼女の身に着けているものを貸してほしいと健一が言ってきたのは、そんな頃だった。


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