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6本目 女子バスケットボール部員の告白
アクシデント 68-11
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「香織ちゃんの学校がお休みの日と、彼とママとのお仕事の都合と、そして引っ越しできる日と、うまく重なったんだよ!」
喜んでいるお母さんを、香織さんは困惑した声で遮った。
「お母さん、その日は私、部活の大会なんだよ?」
「え? 大会って、この前じゃなかった? 終わったんでしょ?」
「それは地区大会で……勝ったから県大会に進めたって、その日の内にスマホに送ったでしょ? 日程も……」
「えぇ? 勝ったってそういう意味なの? そんなの分かんないよ。大会が終わったらあとは関係ないって思うじゃん!」
お母さんは、勝敗によってその先が変わるという、部活動の大会の仕組みが分からないようだ。
しかも香織さんがこの学校に入学してからは一勝もしていなかったので「勝ったので次がある」という例も実際になかったわけだ。中学までは……成美さんの家に任せっきりだったのかもしれない。
「ってことは、そこでまた勝ったらその次まで部活は続くの?」
「うん。上位に入れば」
「それは当日まで分からないの?」
香織さんと僕は頷く。
この県から全国大会へ進めるのは優勝した1校だけ。ただし県大会で3位までに入れれば、全国大会とは別に近県の代表と対戦できるブロック大会への出場権を得られる。初戦から嶺南と当たることもありかなり高いハードルではあるが、有り得ないと決めつけて他の予定を入れてしまうわけにはいかないだろう。
「そんなこと言ったら、引っ越しなんてできないじゃん!」
お母さんが告げた引っ越し先は県の北部の都市で、卒業まで今の学校に電車で通うことは可能だという。
しかし部活動をするとなると話は別だ。
「ママは、香織ちゃんの部活が終わってる前提で考えてたっていうか……むしろ今まで待ったんだよ? もう去年までなら終わってたところまでは、ちゃんとやったんでしょ?」
それは、確かにそうだった。県大会に進めなければ3年生は引退していたのだから。
「今から退部しろとは言わないけどさぁ、あとは他の人たちでやってもらいなよ。もう大会までは行かなくたっていいでしょ」
そうはいかない。僕は口を開いた。
「香織さんは部長で、キャプテンです。もちろんレギュラーで、チームの大黒柱なんですよ」
「へー」
とお母さんは頬杖を突いて、僕に言い返してきた。
「大黒柱の家族は、結婚も引っ越しもしちゃいけないの? チームでやる運動部はそういう規則でも決めてるの? その分、家族に何か保障してくれる仕組みはあるわけ?」
「それは……」
咄嗟に言い返せなかった。
僕を育てるために、ずっと独身でいる伶果さん。その姿がまた頭に浮かんだ。
「結婚にはタイミングってものがあるの。彼はね、これから進学する香織ちゃんのこともちゃんと考えてくれてて、奨学金が必要なら保証人も紹介してくれるって」
お母さんは言葉をどんどんと続けていく。
「でも、さすがに一度も一緒に暮らしたこともない義理の娘の保証人のことなんて、ママは言いにくいな。今からでも一緒に暮らした方がいいと思うんだよね」
お金の問題を出されると、子供には辛い。
「それに新しいお家ね、今の学校にはちょっと遠いけど、先生になれる大学には、むしろ近くなるんだよ。ママは、そこまで考えてるんだから。いい物件だって、いつまでも空いてるわけじゃないんだからね」
娘と違って大きな膨らみは見られない胸を張るお母さん。
しかし僕はそこで強烈な違和感を覚えた。前提が少しズレていないだろうか。
香織さんの第一希望は「県内にない大学に行って養護教諭になること」だと言っていた。その大学のことではない。
お母さんは、再婚と引っ越しの時期が今でなければならない理由に香織さんのことを挙げている。それなのに、それは第一希望の道ではない。
小学校から続けてきたバスケットボールもやり遂げられず、将来の職業も一番憧れているものではなくなってしまう。それが娘のためだと、胸を張って主張できるものだろうか。
「お母さん、私……」
香織さんも困った表情で口を開こうとするが、お母さんはそれにかぶせるように話を続ける。
「あとね、ママね、もう1人産むなら早めにしたいんだよね。今からなら、まだギリギリ三十代のうちに産めるもん」
もう1人産む……? 大学受験を控えた娘と同居しながら、新婚生活をして弟か妹を作る気が満々だと? いや、べつに、いけないことではないけれど。
もし、今のアパートに伶果さんの結婚相手が――候補者がいるかどうかも知らないけど――同居してきて、毎晩そんなことをしていたら……僕は勉強どころか眠れる自信すらない。
そんなことより、今から子供を作っても産まれる時にはまだ三十代ということは、お母さんが香織さんを産んだ年齢は……。
多分、香織さんがもうすぐ子供を産むようなものだ。そう考えると驚いてしまう。いや、そもそもこのお母さんの見た目が年齢不詳すぎるんだけど。
加えて、分かったことがある。
香織さんの様子からして、進路の第一希望が県外への進学だということは、お母さんにも伝わっている。その上で配慮されていないようだ。
それはなぜか。何となく僕には想像できる。僕自身が伶果さんの手を煩わせたから。
香織さんのお母さんは、次に産む子供を育てるために香織さんの手を借りたいのだ。だから同居していたいのだ。今までは家にも帰ってこなかったのに。
でも表面上、そうは言わない。お金の問題だと言われれば香織さんは反論できないかもしれない。
幼い容姿と奔放な振る舞いに騙されるところだったけど、このお母さんは頭も回るし弁も立つ。そしてその力を娘に対して使っているのだ。
●
引っ越しはするというお母さんの主張と、大会に出させてほしいという僕たちの訴えとは、平行線のままだった。
そのお母さんが不意に、僕に視線を向けた。
「あ、そういうことか。その彼氏がバスケ部なら、そりゃ続けたいか」
喜んでいるお母さんを、香織さんは困惑した声で遮った。
「お母さん、その日は私、部活の大会なんだよ?」
「え? 大会って、この前じゃなかった? 終わったんでしょ?」
「それは地区大会で……勝ったから県大会に進めたって、その日の内にスマホに送ったでしょ? 日程も……」
「えぇ? 勝ったってそういう意味なの? そんなの分かんないよ。大会が終わったらあとは関係ないって思うじゃん!」
お母さんは、勝敗によってその先が変わるという、部活動の大会の仕組みが分からないようだ。
しかも香織さんがこの学校に入学してからは一勝もしていなかったので「勝ったので次がある」という例も実際になかったわけだ。中学までは……成美さんの家に任せっきりだったのかもしれない。
「ってことは、そこでまた勝ったらその次まで部活は続くの?」
「うん。上位に入れば」
「それは当日まで分からないの?」
香織さんと僕は頷く。
この県から全国大会へ進めるのは優勝した1校だけ。ただし県大会で3位までに入れれば、全国大会とは別に近県の代表と対戦できるブロック大会への出場権を得られる。初戦から嶺南と当たることもありかなり高いハードルではあるが、有り得ないと決めつけて他の予定を入れてしまうわけにはいかないだろう。
「そんなこと言ったら、引っ越しなんてできないじゃん!」
お母さんが告げた引っ越し先は県の北部の都市で、卒業まで今の学校に電車で通うことは可能だという。
しかし部活動をするとなると話は別だ。
「ママは、香織ちゃんの部活が終わってる前提で考えてたっていうか……むしろ今まで待ったんだよ? もう去年までなら終わってたところまでは、ちゃんとやったんでしょ?」
それは、確かにそうだった。県大会に進めなければ3年生は引退していたのだから。
「今から退部しろとは言わないけどさぁ、あとは他の人たちでやってもらいなよ。もう大会までは行かなくたっていいでしょ」
そうはいかない。僕は口を開いた。
「香織さんは部長で、キャプテンです。もちろんレギュラーで、チームの大黒柱なんですよ」
「へー」
とお母さんは頬杖を突いて、僕に言い返してきた。
「大黒柱の家族は、結婚も引っ越しもしちゃいけないの? チームでやる運動部はそういう規則でも決めてるの? その分、家族に何か保障してくれる仕組みはあるわけ?」
「それは……」
咄嗟に言い返せなかった。
僕を育てるために、ずっと独身でいる伶果さん。その姿がまた頭に浮かんだ。
「結婚にはタイミングってものがあるの。彼はね、これから進学する香織ちゃんのこともちゃんと考えてくれてて、奨学金が必要なら保証人も紹介してくれるって」
お母さんは言葉をどんどんと続けていく。
「でも、さすがに一度も一緒に暮らしたこともない義理の娘の保証人のことなんて、ママは言いにくいな。今からでも一緒に暮らした方がいいと思うんだよね」
お金の問題を出されると、子供には辛い。
「それに新しいお家ね、今の学校にはちょっと遠いけど、先生になれる大学には、むしろ近くなるんだよ。ママは、そこまで考えてるんだから。いい物件だって、いつまでも空いてるわけじゃないんだからね」
娘と違って大きな膨らみは見られない胸を張るお母さん。
しかし僕はそこで強烈な違和感を覚えた。前提が少しズレていないだろうか。
香織さんの第一希望は「県内にない大学に行って養護教諭になること」だと言っていた。その大学のことではない。
お母さんは、再婚と引っ越しの時期が今でなければならない理由に香織さんのことを挙げている。それなのに、それは第一希望の道ではない。
小学校から続けてきたバスケットボールもやり遂げられず、将来の職業も一番憧れているものではなくなってしまう。それが娘のためだと、胸を張って主張できるものだろうか。
「お母さん、私……」
香織さんも困った表情で口を開こうとするが、お母さんはそれにかぶせるように話を続ける。
「あとね、ママね、もう1人産むなら早めにしたいんだよね。今からなら、まだギリギリ三十代のうちに産めるもん」
もう1人産む……? 大学受験を控えた娘と同居しながら、新婚生活をして弟か妹を作る気が満々だと? いや、べつに、いけないことではないけれど。
もし、今のアパートに伶果さんの結婚相手が――候補者がいるかどうかも知らないけど――同居してきて、毎晩そんなことをしていたら……僕は勉強どころか眠れる自信すらない。
そんなことより、今から子供を作っても産まれる時にはまだ三十代ということは、お母さんが香織さんを産んだ年齢は……。
多分、香織さんがもうすぐ子供を産むようなものだ。そう考えると驚いてしまう。いや、そもそもこのお母さんの見た目が年齢不詳すぎるんだけど。
加えて、分かったことがある。
香織さんの様子からして、進路の第一希望が県外への進学だということは、お母さんにも伝わっている。その上で配慮されていないようだ。
それはなぜか。何となく僕には想像できる。僕自身が伶果さんの手を煩わせたから。
香織さんのお母さんは、次に産む子供を育てるために香織さんの手を借りたいのだ。だから同居していたいのだ。今までは家にも帰ってこなかったのに。
でも表面上、そうは言わない。お金の問題だと言われれば香織さんは反論できないかもしれない。
幼い容姿と奔放な振る舞いに騙されるところだったけど、このお母さんは頭も回るし弁も立つ。そしてその力を娘に対して使っているのだ。
●
引っ越しはするというお母さんの主張と、大会に出させてほしいという僕たちの訴えとは、平行線のままだった。
そのお母さんが不意に、僕に視線を向けた。
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