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6本目 女子バスケットボール部員の告白

香織さんの秘密 64-10

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「す、好き? とか、そんな……」

 動揺して、洗い物をする手が止まってしまった。

 あれ? でも、よく考えると、好きでもない相手と取っ替え引っ替えしている方が変なのだろうか……?

 あたふたしている僕に香織さんは小さく笑って、更に質問してくる。
「誰が好みのタイプだ、とか?」

「ええと、僕は……」

 好みのタイプは、あなたです――なんて言えない。だって僕は、成美さんの下着を盗もうとして捕まった変態で、部員たちに次々と体を許すような男子として認識されているはずだから。

「僕は……子供の頃に初めてドキドキしたのは、背が高くて大人っぽい女の子に、でした」

 一緒にお風呂に入れられた時のことだ。

「中学の頃に好きになった人もそうだったので、そういうタイプの人に、弱いかもしれません……」

 背が高くて大人っぽいのは、うちの部員たちの何人もに共通した特徴だから、ここまでは言ってもいいだろう。香織さんへの本心は態度に表さないように、僕は注意を払った。

「背ですか……でも成美ちゃんとは仲がいいですよね。その……お風呂でも、とっても」

 やっぱり浴室の音は聞こえているのか……。

「成美さんは、全体として小さいだけでスタイルは綺麗ですし。それに、メイクやおしゃれや、人にとても気を遣うところとか……魅力的な自分になるために頑張っている姿が、尊敬できるというか……好みとかいう以前にステキだと思います」

「私も、そう思います」
 香織さんは満面の笑みで何度も頷いてくれた。

 あと、成美さんは顔がいいし、小柄なわりにお尻に存在感があって色っぽいし、色々と気持ちいいことをしてくれるし……という辺りは黙っておこう。

「でも、そもそも健一の彼女ですから。今は成美さんにも彼女なりの価値観や考えがあって、こんな関係になっていますけど……」

 それがどういう価値観や考えなのかは、僕には今のところ理解できないのだけど。

「好きとか、そういう気持ちになることは、ないと思います」

 そこは、ちゃんと言っておかなくてはならない。さもなければ香織さんにとって僕は「親友を、その体目当てで、“彼女を長年ずっと想ってきた幼馴染でもある無二の彼氏”から奪おうとしている迷惑なやつ」になってしまう。

 先程、成美さんを手放しで褒めることができたのも、彼女については変に誤解されることはないだろうという安心感からでもあるのだ。

「ああ……そうでしたね……」
 香織さんは、そんなふうに言ってからしばらく黙って食器を拭き、それから唐突に言った。
「私、成美ちゃんのことが好きなんです」

「ええ、仲いいですもんね」

「希さんが思っているような意味では多分なくて……」

 僕は、再開しかけていた洗い物の手をまた止めて、香織さんを見上げた。

「成美ちゃんが水登みと健一……さんと付き合うことになって。それで、セックスをしたって聞いた時……」

 ああ、やっぱりそういう話はしているよね。僕が健一から聞いたように。

「それから、希さんを相手に成美ちゃんがこういうことを始めてからも」

 そこで僕が出てくるのか?

「私が成美ちゃんと、そういうことをしてみたいと思ってしまうんです」

 僕の手から、洗剤の泡の付いた皿が流し台の中に滑り落ちた。幸い、割れたりはしなかった。

「成美ちゃんの裸を私が見て、大事な所を私が触って、どんな表情をするのか見てみたくて。そんな私を成美ちゃんに受け容れてほしい。男の人よりも私を選んでほしいと……そんなことばかり考えてしまうんです。成美ちゃんが希さんとお風呂でしている間も、私がしたい、私じゃダメなの? って、すごく切ないんです」

 香織さんも自分でしているって成美さんが言っていたけど……そういう気持ちでだったのか。

 泣きそうな顔を、香織さんは僕の方に向けた。
「……変だと思いますか?」

 僕は手元に視線を戻して、皿をまた手に取った。
「ほら、僕って叔母と暮らしてるじゃないですか」

 そのことは、もう話してあった。それ以前に、香織さんは知っていた。保健室の小暮伶果先生が僕の保護者だということは、知っている生徒は知っている程度のことで、わざわざ言って回ることはないけれど秘密でもない。

「だから小さい頃から、学校とかで当たり前のように『お父さん・お母さん』とか『両親』とかいう言葉が保護者の意味で使われる度、そうじゃない家だってあるのになって、思ってたんです」

「私も母しかいなかったので、少し分かります」

「はい。血の繋がった父母に育てられるケースは多数派かもしれませんが、それ以外が間違いというわけじゃありません。僕の家庭はべつに変じゃありませんし、少数派であることは変であることではないんです」

 僕の事情を知って「大変なんだな」「かわいそう」と言う人もいたけど、大きなお世話だ。仮に保護者を選べるとしたら、何度だって伶果さんを選びたい。

 だから僕は自信を持って、香織さんをもう一度見上げて、言い切った。
「香織さんと成美さんの関係は、とてもステキだと思います」

 安心したように香織さんは表情を緩めた。
「ありがとうございます。……他の人には、言わないでおいてくれますか? 女子同士では、着替えたりお風呂に入ったり、同じ部屋で寝たりもしますから。私にそういう目で見られていると分かったら、きっと気持ち悪いと思うので」

 僕は、それには何とも答えられなかった。男性同士だったら、どうだろう。また、男女では違うのだろうか。

「特に成美ちゃんには、いえ成美ちゃんにこそ絶対に、言わないでください」
 香織さんは続けた。

「成美ちゃんも普通に男の人を好きになることは、よく分かっています。私は恋人とかにはなれません。けれど、お互いが必要とする限りずっと同性の親友でいられれば、それでいいですから」

「それで、いいんですか……?」

 どうしてか、頭の中に浮かんだのは、中学の時に好きだった先輩のことだった。「恋人ができたから、好きでいられるのは迷惑」と言われたことだった。

 しかし迷わずに香織さんは頷いた。そして僕を見下ろして言った。
「だから私も、信頼できる男の人が成美ちゃんと一緒にいてくれるのは嬉しいんですよ。嫉妬してしまうばかりじゃなくて」

 そうだよなぁ、と僕も思う。

 健一なら成美さんの幼馴染だから、ミニバスから一緒だという香織さんとの仲の良さもよく分かっているだろう。この先も成美さんが香織さんと友人として付き合っていくことを、きっと理解してくれるはずだ。香織さんにとっても、最も信頼して成美さんを任せられる男といえるだろう。

 やっぱりあの時、更衣室に忍び込むことになった日に、健一の信用を守れて良かった。僕にとっての親友である彼の面子を守るだけではなく、香織さんにとっても大切な関係を守る結果になったのだから。

 健一、もう二度とあんな過ちはせず、香織さんの信頼にも応えていってくれよ。

 そこまで考えた時、不意に僕の心に悪魔が囁いた。

「あの、香織さん……これは今の話を聞いて、あくまで選択肢の一つとして思い付いてしまったんですが」

 その提案を聞いた香織さんは、赤くなった顔の半ばをお皿で隠しながら、僕につぶやいた。
「希さんって……やっぱりエッチなんですね」


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