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6本目 女子バスケットボール部員の告白

3脚の椅子 62-10

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 香織さんの家は、2階建てのアパートだった。

 うちもアパート住まいだけど、それよりも更に年季を感じさせる外観だ。

 外階段を2階に上がり、中程の一部屋に香織さんは鍵を差し込んだ。

 家の主が入った後、成美さんが明るく「ただいまー」と言って続く。僕はその後からおじゃまして、入り口で靴を脱いだ。

 入ってすぐはダイニングキッチンになっていた。やはり古い感じはするけれど、中の掃除は行き届いているようで清潔感がある。流し台の洗い篭には一組の食器が伏せられていた。

 テーブルには椅子が3脚。勝手知ったる成美さんが先に座り、僕に「ここ」と示してきた。

 香織さんは玄関に内鍵をかけると、荷物を置いてから麦茶を用意してくれた。

「一応、母と2人暮らしなんですが……」
 僕の向かい側に座った香織さんは、そう切り出した。
「ほとんど帰ってくることは、ないんです」

「えっと……お忙しいお仕事なんですか?」
 目を瞬かせながら尋ねる僕に、彼女は首を振った。

「付き合っているという男性のところに泊まり込んでいるので……同棲というか、そんな感じです」

 僕は言葉を見つけることができず、口を開いたまま固まることしかできなかった。

 全く知らなかった。今まで香織さんの優雅でしっかりとした印象から、こういう家庭の状況は欠片ほども連想できなかった。

 異性の元に泊まり込んで、子供のいる家庭に帰ってこない。それは、子育ての放棄というやつなのだろうか。

「中学に上がった頃までは、私が一人ではできないことも多かったですから、母も基本的には家に居て、交際相手がいる時には連れて来ていました。遊びに来るというだけではなく、しばらく一緒に生活することもありました」

 シングルマザーと恋人、あるいは内縁の夫ということだろうか。

「だんだんと私が成長してきて……それで母も、血の繋がっていない男の人と一緒に生活させることに気を遣うようになったんだと思います」

 それは、そうだろう。しかも香織さんは、この発育と大人っぽさだ。

「実際、家族を見るのとは違う目で見られていると感じる時もありました。胸に注目されたり……」

 ゴメンナサイ……僕は心の中で全男性を代表して謝った。

「私の身に着ける物が弄られていたり。夜に酔っ払って私の部屋に入ってきたり……それは私が寝ている間にも、ありました。中には、母との夜の生活について話して聞かせる人も」

 唯一頼れる母親が好んで招き入れた相手に。他に逃げ場のない家庭の中で。そんなのもう、ホラーだ。

 男性恐怖症になるのも当たり前だとすら思った。

「だから母が出ていったというよりは、交際相手を連れ込まないためということなんです……基本的には」

 男性と付き合わないとか、夜は帰ってくるとかいう選択肢はないのだろうか……と咄嗟とっさに考えて、しかし僕は、自分の家庭のことを思わずにはいられなかった。

 それを徹底してくれたのが、僕の保護者である伶果さんなのだ。二十代の始めにたった一人で僕を引き取って以来、家に帰ってきてくれなかったことはない。恋人がいたということも少なくとも僕は知らない。ずっと独身で、もう30歳を越えたのに。

「成美ちゃんのお母さんには、練習後にご飯を食べさせてもらったり、勉強も見てもらったり……ずっと助けてもらってきました」

「いいんだよ香織ちゃん。お母さん、それが楽しみなんだから」
 と、成美さんが手を振りながら歯を見せて笑った。

「つまり、そういうことなんです……以前の暴力事件の時も、今日のプールでも……男の人に対しては身がすくんで何もできなくなってしまうのは」

 僕は深く納得した。

 そして、自分が男としては見られていないことも理解した……。だって今の話からすれば、男という分類に入っているならば家に上げてくれるはずがないからだ。

「だから希さん」
 香織さんは続けた。
「今日は、とても嬉しかったんです。ありがとう」

「え?」

「自分にとって何の得もないのに、いい思いをするどころか痛い思いだってするかもしれないのに、それでも逃げたりしないで私を助けてくれる男の人は、初めてだったんです」

「そんな……」
 僕にとっては当たり前だった。あの場面で香織さんを見捨てて逃げることなんてできるものか。

 でも……そうではなかったのだろうか。彼女が近くで見てきた男性たちは。

 ふっと、もう長いこと会っていない父の姿が、意識の隅に浮かんだ。

 香織さんの「家族」であった男性たちは、快楽のために母親に近付き、娘のことは守ってくれないどころか脅かす存在だったのだろうか。

「希さん、だから、その、もし良かったらなんですが……」
 急に視線を彷徨さまよわせ、顔を赤くして香織さんは言い淀んだ。

「え、なんです、か……」
 僕は、なぜか唾を吞み込んだ。

 男として見られていないわけでは、なかったのだろうか。

 そして成美さんは今日、なぜここへ僕を連れてきたのか。

 もしかして……。

 香織さんは、覚悟を決めたように姿勢を正して、そしてはっきりと口にした。
「もし良かったら、この家で、成美ちゃんたちとエッチなことをしてもいいですよ」


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