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6本目 女子バスケットボール部員の告白

譲れない 60-10

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 とにかく僕を敬遠している香織さんのことなので、別々に行ってきましょうと言われることも覚悟したけれど、それはなかった。

 歩いてみるとわりと広いドームの中を、一応は並んで自販機まで向かう。

 ただ、特に会話をすることもなかった。

 水を滴たらせているポニーテール。白い水着は、もちろん濡れても透けたりしない。

 今だけは誰よりも近くにいるのに、その姿をじっと見るわけにもいかなかった。

 目線を足元に落とすと、彼女の素足もとても綺麗なことに気がついた。

 せっかく二人きりでいるのだから何か言葉を交わしたいけれど、不用意なことを言って更に嫌われたくないし……。

 もどかしくて、自分が情けなくなるような、そんな時間だった。

 やがて、フードコートとは別の自販機が並んでいる所に差し掛かる。

「あ、香織さん、これです。奈津姫さんたちが欲しいっていうアイス」
 僕は自販機の一つを指差す。

「じゃあ、これは希さんにお願いしていいですか? お金はちゃんと精算させますから。わたしは飲み物の方を見てきます」

「はい」

 香織さんの口調はいつも丁寧で、攻撃的な感じは全くない。距離が近い感じもしないけど。

 スマートフォンのメモを確認しながら、こんなこともあろうかと家から持参していたビニール袋にアイスを納めていく。注文には、こんな味があるってよく知ってたな、というものも含まれていた。

 それを終えて、香織さんの姿を探す。

 自販機の近くは、その場で飲食ができるように席が設けられ、南国をイメージした植物風のオブジェなんかも設置されている。お客さんの密度も比較的高く、背の低い僕は、すぐには彼女を見つけられなかった。

 とはいえ香織さんの背丈と白い出で立ちは目を引く。並んだ自販機の端の辺りに、彼女は立っていた。

 ただし、人と話していた。いや、話しかけられているのか? 相手は2人組の……男性だった。

 しまった。僕は一瞬で後悔した。

 合宿での様子などから、彼女が男性を苦手としていることは知っていた。美人でスタイルも良くて、しかもあんな水着を着ていたら、世の男たちを引き付けてしまうことも分かっていた。僕が何のために連れてこられたのかも、もう少し意識するべきだった。

「ねえ、すっごくスタイルいいじゃん。モデルとかやってんの? 自撮りとか上げてる?」
「OL? それとも学生? 今日は友達と来たのー?」
 派手な水着を履き、日焼けした上半身にネックレスを着けている男性たち。髪の色も鮮やかで、髭を生やしている。

 そんな彼らに話しかけられた香織さんは、自分の腕を抱いてじっとうつむいていた。

「香織さん!」
 名前を呼ぶべきかどうか一瞬迷ったけれど、他の呼び方も思い付かない。「先輩」ではナメられそうな気もしたので、僕はとにかくそう呼びかけた。

 男たちは、歓迎しない気持ちを隠そうともせずに僕の方を振り返る。
「あ? なんだ、お前?」
「もしかして弟クン? あー、そっか、姉弟きょうだいで遊びにきてたんかー。くっそー、ボク、人生勝ち組だなー?」

 伶果れいかさんの写真を見せて本当の敗北というものを教えてやりたいけれど、それどころではない。

 香織さんとの間に入った僕を見下ろしてくる2人。お酒の臭いを感じる。確か施設内でアルコールは販売していないはずなのに。この人たちは規則を無視して持ち込んだお酒を飲み、酔っ払っているわけだ。

「買い出しは済んだので、みんなの所に戻りましょう。香織さん」

 飲み物は揃っていないけど、そんなのは後回しだ。

 僕自身も男性なので、一方的に香織さんの手を取ったりすることは躊躇ためらわれた。でも香織さんは手も足も動かさず、じっとその場に留まっている。いや、動けないのか? 小さく震えているのは、体が冷えたからではないだろう。

「おいコラ、お姉ちゃんは今、俺らと話してんだよ」
「大人には大人同士の遊び方があるんだぞー。大丈夫、お姉ちゃん最初は恥ずかしがってるだけで、すぐに喜ぶからなー? 俺ら達人だからなー? 終わるまで、あっちで泳いで待ってようなー?」

 施設の係員の人が気付いてくれないかと目で辺りを伺うが、周りにはそれなりにお客さんがいて、話をしている男女は珍しくない。もしかしたら剣呑な状況にならないと異変だと気づいてもらえないのかもしれない。そんな状況自体になりたくないのだが。

「もうやめてください。明らかに迷惑じゃないですか。これ以上は、施設の人を呼びますよ」
 できるだけナメられないよう、体に精一杯の力を入れながら、男たちを見上げて言う。

「おぇは関係ねえって言ってんだろうが!」
 顔を近付けて、すごまれた。

 正直、怖い。僕よりずっと体格もいいし、彼らの理性をどこまで信用できるのかも分からない。後先考えずに殴られたら、痛いどころでは済まないかもしれない。

 でも香織さんは今、もっと怖いのだ。

「フゥ! 弟クン、ビビってるウ! さ、お姉ちゃん、俺らと楽しくやろうかー」
 と、相手の内の一人が香織さんの腕に手を伸ばした。触れられた途端に香織さんはビクリと震える。小さな悲鳴のような、息を呑む音が聞こえてきた。

 僕は声を上げる。
「やめてください!」

 そうして、香織さんの体に触れているその腕を掴んだ。

「何すんだガキが、コラ!」
 もう一人が僕の腕を更に掴んできた、相手の筋肉が盛り上がって、ものすごい力をかけられ、腕が痛くなる。これ、折られるんじゃないか? 恐怖が湧き上がるけど……それならなおのこと、香織さんを渡すわけにはいかない。

「やめてください……!」
 痛みに耐えながら手を放さずにいるので精一杯で、もうどうしたらいいのか分からなくなった時だった。

「たいがいにせいコラ……」

 不意に、僕の腕を掴んでいた男が、その手を放した。
「な!? い、いってえぇぇ!」

「てめーもだ。放せ」

「え? あっだだだだ!」
 香織さんを掴んでいた男も。二人とも急に悲鳴を上げて手を放したのだ。

 見上げると、絡んできた男たちよりも更に身長の高い大男が2人。それぞれ一人ずつの頭を、わしづかみにしていた。

 一人は黒い前髪が目の辺りに少しかかっている色白の青年。もう一人は、何と短髪を真っ赤に染めている。水着姿なので、どちらも筋肉がすごいのが見て取れた。

「ここはもういい。早く行きな」
 赤い髪の人が顎をしゃくってみせる。

 遠慮している場合ではない。僕は香織さんの手を握って、走るようにその場を離れた。

   ●

 赤く跡の残る僕の腕と震える香織さんとを見て、部員のみんなは驚いた。テラス席のテーブルへと座らせてくれる。

 香織さんは僕の手を硬く握ったままそれを離すことも、また口を開くこともできないようだったので、僕が経緯を話した。

 成美さんが、ものすごく物騒な言葉を発して立ち上がった。スミレ子さんも、いつもとは別人のような目をしてスッとそれに従う。

 奈津姫さんがそれを制した。
「その2人に任せとけば、もう大丈夫だ。今は香織の側に居てやろう」


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