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4本目 女子バスケットボール部の合宿

集中力 45-8

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 スミレ子さんが柱の脇の陰に待機する様子が、タブレット端末を通じて見えた。

 静かになってしまうとやりにくいらしいので、僕たちは適度にカードゲームを続けながらそれを見ている。

 やがて階段の下から、2人組の男子が姿を現した。野球部の、おそらくは1年生だ。

 それを見て奈津姫さんが言う。
「ホントに来た……あ、同じ数字まとめて出していいルールだっけ?」

 香織さんは般若のような形相になっている。それも美しいけど。

 画面の中の男子が2人ともスミレ子さんのそばを通り過ぎた後、彼女はスッとその背後へ進み出た。

 後ろを歩いていた彼が、肩をトントンと叩かれてビクリと足を止め、振り向く。しかしその時には既にスミレ子さんはしゃがんでいた。暗い廊下で動揺している彼は、その姿に気付かないようだ。

 首を傾げながら元の方向へ向き直ってまた歩き始めようとした彼の首元に、立ち上がったスミレ子さんが顔を寄せ、どうやら息を吹きかけた。ちょっと羨ましい。

 また驚いたように振り向く彼だが、今度はその首の動きに合わせてスミレ子さんが横に回り込んでいるため、やっぱり視界に入らない。

 みんな思わず画面を注視してしまう。

 成美さんがカードを出しながら つぶやいた。
「なにこれ……あ、反対周りね」
「また僕の前で……?」

 カメラを通して見ている限り、どうして野球部員はスミレ子さんに気付かないのか不思議なくらいだ。その場に居て動いているのに。

 おそるおそるまた正面に向き直る彼。しかしスミレ子さんは更に彼の正面、至近距離に回り込んでいた。

 東欧生まれの彼女の肌は、暗い所でも浮き上がって見えるくらい白い。そして長くてウェーブのかかったダークブロンド。人形のような整った顔。

 それが、奇妙な現象の後でいきなり目の前に迫っていたら。

「あ”ーーーーーーーーーーーーっ!」
 画像に音声は付いていないようだけど、その悲鳴は廊下の向こうから肉声で聞こえてきた。哀れな男子生徒は、足を踏み外さないか心配になるくらいの勢いで下の階へ逃げ去っていく。

 先行していた一人が振り返った時には既に、スミレ子さんは物陰に姿を隠していた。

「何だ? おい、どうした?」
 微かに、ここまで声が聞こえてくる。彼は何が起きたのか確かめるために、スミレ子さんがいる方へと引き返していく。

 後は、その繰り返しだった。

 まるで事前に打ち合わせたコントか何かのように、野球部員たちは次々とスミレ子さんの動きに翻弄され、その正体に気付かないまま恐怖を体験させられ退散していった。

 もう誰も上がって来なくなったようだというところで、部員たちは彼女を部屋に呼び戻した。拍手が送られる。

 香織さんが涙を浮かべて握手しながら言った。
「スミレ子ちゃん、スミレ子ちゃんすごい! でも、どうやって?」

「百パーセント上手くいくわけではないのです。けど、多分、ちょっと悪いことをしていますという気持ちが、彼らにもありましたから」
 苦笑しながらスミレ子さんは説明する。

「人間の目は、映っているものでも、多くのものが、見えていません。特に、暗い所では。ちょっとした動作から次の動きを高い確率で予測して、相手が気が付きにくい所に移動すれば、こうなります。耳も、同じですね」

 何なんだこの人は。

 幾人かのスマートフォンには「3階に何かいる」「大丈夫?」といったメッセージが舞い込んできたけど、申し合わせて一切の反応をしないことにした。

 下の階の彼らは今夜、眠れるのだろうか。

   ●

 生徒同士で泊まり込むにしては早いくらいの時間に、部屋は消灯になった。

 これは運動部の合宿で、明日はいよいよ丸一日の練習が控えているわけだから、当然かもしれない。

 僕は自分の布団のある場所へ戻り、支度を整えて一人で横になった。

 廊下に非常口の表示が点灯しているため、真っ暗というわけではない。

 さて……。

 僕は考える。

 今日のお役目は、これで終わったのだろうか?

 普段であれば、平日であれ休日であれ部活のある日は「僕を好きなように使う」部員が決められていることが多いのだが。

   ●

 女子部員たちのお風呂上りの匂いと姿。女子ばかりの部屋でくつろぐ、普段よりも無防備な様子。そして彼女たちが、衝立だけを隔てた同じ空間で寝ているという状況。

 そういったことを思い出したり意識してしまって、布団に入ってからもドキドキしていた。

 けれど、いつもと違う合宿の一日に、僕もそれなりに疲れていたのだろう。程なくして意識は微睡んでいった。

 僕は、どこかの部屋を入り口から覗いている。

 そういう夢だ。

 この建物にあるような部屋だった。

 部屋の中には制服姿の健一が立っていて、その前に向かい合うように練習着姿の成美さんがしゃがんでいた。

 健一のズボンは下ろされており、成美さんの顔が前後に動いている。

 野球部の同級生が言っていたように、恋人同士である二人は合宿中もどこかで会って、実際にこんなことをするのだろうか。

 覗いている僕からは成美さんの口元までは見えないけれど、まるで自分がされているかのように、下腹部に快感を覚える。

 夢なのに快感はだんだんと大きくなっていって、そして……。


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