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3本目 女子バスケットボール部の幽霊部員
間違ってない 39-8
しおりを挟む「じゃあ、奈津姫さん……」
僕は、最後の武器を使うことに決めた。
「それならもう、奈津姫さんの言うことはききません!」
「は?」
まあ、効果があるかどうかの確証なんてなかったけれど。
「僕は女子バスケ部のマネージャーで、翠さんからも部員の言うことをきくように言われています。部の目標は一勝を挙げることです。その目標と正反対の行動をとる人のために、ひとつしかない僕の体を使う時間はありません。他の人のケアをしないといけません」
飛躍した話だ。
翠さんが、奈津姫さんから見えないように笑いをこらえている。
しかし……。
「オマエ……え、なに、それって、もう相手してくれないってこと?」
奈津姫さんは瞬きを繰り返しながら、衝撃を顔に表した。
「そうです。もちろんネットでゲームにも付き合いませんし、もう『お姉ちゃん』なんて呼んであげません!」
あ、これは翠さんも知らなかったようだ。ちょっと引いてるぞ。
「えぇ……」
僕が予想していたよりもだいぶ情けない声を出した奈津姫さん。ボールが、その手を離れて転がっていく。
「なっちゃん」
こらえきれずにひとしきり笑った翠さんが、目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭ってからボールを拾い上げた。
「私ね。なっちゃんと中学時代に出会えて、それからこの学校では同じ部に入れて、嬉しかった」
そうして奈津姫さんにボールを手渡しながら語りかける。
「でも、あんなことがあったから……なっちゃんにとって部にいることの方が辛いなら、ここで二人でいられれば、それでいいかなって思うようになったの」
何が奈津姫さんのためなになるのか、翠さんは悩んでいたのかもしれない。だから僕を連れてきたのかもしれない。
「けれど今の部には、こうやって、なっちゃんに会って話を聴いて、そして動いてくれる仲間がいるんだよ」
「あぁ……」
「だからやっぱり……このチームで一緒にバスケがしたいの。私が、なっちゃんと」
「そっか……」
奈津姫さんは頷いてくれた。そして自分より背の高い翠さんを、とても優しい目で見つめ、近付いた。
「翠がそうしたいなら、仕方ねーな」
ボールを持っていない方の腕を、正面から翠さんの体に回して抱き寄せる。翠さんの側は両腕で奈津姫さんを抱きしめた。
その様子を眩しく感じながら、僕はただ見守っていた。
何の力もない素人マネージャーだ。信用もない。僕の力で何かを変えられるなんて、最初から思っていなかった。
僕に何かができるとすれば、それは2人に「間違ってないですよ」と伝えることくらいだったのだ。
「希」
翠さんに体を寄せたまま、奈津姫さんが僕に片手のボールを差し出す。
持っていろ、という意味かと思って近付いて受け取ると、彼女は空いた手を僕の肩にも回して引き寄せてきた。
「わっ」
翠さんもこちらに片手を伸ばしてきて、両手でボールを持ったまま僕の顔は2人の体に密着させられる。
その抱擁はとても柔らかくて、そして温かかった。
●
体育館の床にボールが弾む音と、そして靴が擦れる音。それらが小刻みに響いている。
練習は小休止の時間だというのに一対一の対決を繰り返す2人の選手を、みんな呆れたように眺めていた。
明日佳さんが感嘆の声を漏らす。
「よくやるわー……」
翠さんも微笑んで見守っている。
「2人とも楽しそうね」
部の練習に復帰した奈津姫さんと、東欧から来た1年生のスミレ子さん。
2人の動きに、僕は目が追いつかない。どこでボールをついているのか、何がフェイントなのか……成美さんは「視線でもフェイク入れ合ってるよ」と言っていた。
そんな実力を披露するまでもなく、練習に顔を出した途端に奈津姫さんは大歓迎をもって迎えられた。智実さんや明日佳さんだけでなく、僕には塩対応の香織さんも涙を浮かべて抱きつきに行ったくらいだった。
スミレ子さんを抜き去ってシュートを決めた奈津姫さんを見ながら、翠さんが僕の肩に手を置いた。
「ありがとうね、希君」
「いえ、僕は何も……」
かつて奈津姫さんが離れなければいけなかった部を、2年かけて守って、そして変えてきたのは翠さんたちなのだから。
「ううん……たくさん、ご褒美あげるわね?」
ニヤリと笑って顔を覗き込んでくる翠さんから、僕は目を逸らす。
「じゅ、充分にいただいています」
翠さんの「ご褒美」は濃厚すぎて、何度もしてもらっては僕の体の方が保ちそうにない。練習場でのあの後も、奈津姫さんと2人がかりで倉庫に連れ込まれて大変だったし……。
それはともかく。
女子バスケ部は心強い戦力を加えて、強化合宿を迎えることになった。
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