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3本目 女子バスケットボール部の幽霊部員

HEART OF TEAM 36-8

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 明くる日の練習中、監督の千華子 ちかこ先生に尋ねてみた。

「この部の目標か。そうか、あなたは年度当初のミーティングの時点では、いなかったわけだからな。そこから話しておくべきだった」

 この日も変わらず、奈津姫さんの姿は体育館になかった。

「“一勝”。それが部員たちが決めた、このチームの目標だ」
 先生は、いつも通りの凛としたパンツスーツ姿で、明確に言い切った。

「一勝……1回は勝とうっていうことですか」

 優勝とか全国制覇とかではなく、「最高のチームにしよう」とかいうのでもない。

「具体的には、公式戦で一勝を挙げるということだ」
 僕の戸惑いは顔に出ていたのだろう。先生は続けてくれた。

「来月に地区大会がある。トーナメント形式だ。つまり……」
 大きな丸いメガネの奥から、じっと僕の目を見つめて言う。

「初戦で半分のチームは負けて大会を終える。そして、初戦で当たるのが結果として優勝する相手である可能性もある」

「あ……」

 そうか、1回くらい何とかならないのかという感覚は、とんでもない間違いなのだ。

「県大会の予選も兼ねているので勝ち進めば先の大会へと続くが、負けた時点で3年生は引退だ」
 先生は、練習を続けている選手たちに視線を戻した。

「そして、このチームは今の3年生が入学してきた時から、公式戦での勝利がない」

 練習試合の時の先生の「1年前は、ちゃんとした試合にならなかった」という言葉、そして奈津姫さんたちから聞いた暴力事件と先輩たちのことが思い出された。

「目標を意識して参加してくれるなら心強い。よろしく頼む」
 先生は、もう一度僕の方を見て、そう言ってくれた。

   ●

 3年生の智実 ともみさんの身長は、160cm代の後半くらいはあるだろう。香織さん・翠さんの2人は飛び抜けて高いけれど、彼女もスタイルの良い先輩だ。

「試合に出たいかって?」
 その背中を僕に汗拭きシートで拭わせながら、智実さんは振り返った。自身はティッシュで前の方の後始末をしている。

「なんでそんなこときくの?」

 この人も、部活後に僕を使用する部員の一人。

「僕自身が、そういう経験がないので……どういうものなんだろうって思って」

 嘘ではない。僕が頭の中だけで想像しても、やはり分からないものなのだ。

「うーん……」
 智実さんは口元に指を当てて考え込む。チラリと部室の入り口の方に視線を向けたようだった。二つ結びにした髪が、白い背の上を左右に揺れる。

「あのさぁ、希ちゃんは わたしたちとこういうことしてるってこと、どこにも話さないわけだよね」

「もちろんです」
 知られたら、更衣室に侵入した下着泥棒としての余生が待っている。

「同じように、私が話すことを、他の部員も含めて誰にも言わないってこと、できる?」

「そうします」

「じゃあ話してもいいかな……。プレーヤー同士では、ちょっと言えないし」

 おお、言ってみるもんだ――と僕は彼女の背後で目を見開いた。

 実は、そうした条件があるからこそ、試しにきいてみることにしたのだ。僕は、初めから強力な口止めをされている。だから他の人には話しにくいことを話してくれる人もいるのではないかと。

「私、弟も妹もいるから……いい条件の奨学金を受けて、希望する学部のある中でできるだけ近い国公立に行きたいんだよね」
 僕には何とか聞こえるくらいの大きさの声で、智実さんは話し出した。

「あー……僕も卒業後の費用のことは考えなきゃいけないので、ちょっと分かります」

「うん。だから正直、部活に全ての力を注ぐことって、できなくて……」

 いつも僕で「効率の良いストレス解消」をする時、智実さんは単語帳を手にしている。最初は僕があまりにも下手だからかとへこみそうになったが、気分が高まるまでの時間がもったいないのだそうだ。ちなみに高まってからは単語帳を取り落として楽しんでくれる。

「でも、バスケってチームスポーツでしょ。一人一人がもっと練習すれば、もっとチームは強くなる。特に千華子先生が来てくれて、そして私たちの代になってからは本当に、頑張ればチームとして上手くなるんだって思えるようになったし」

 すごいな……というか更に上の先輩たちって、よっぽどだったんだな……。

「新入生としてスミレ子ちゃんが入ってきて、私がスタメンから外れて……正直ホッとしてる。私が足を引っ張ってる、穴になってるって、そう分かっていながら、他のことを優先しなきゃいけないのって、結構しんどかったから。バスケ部を辞めようかって真剣に考えたこともあった」

 たとえ聞いて回ったって、言うことが本心かどうかなんて分からない――奈津姫さんの言ったことは、その通りだと思う。

 けれど、その言葉について考える内に思い付いたのだ。

 僕は選手ではない。性別も違う上に、こう言ってはなんだが男子としても見られていないと思う。いや、男性としての機能は利用されているんだけど、恋愛対象の候補としては度外視されているはずなので、見栄を張る対象にならないと思うのだ。

「ごめんね、選手がこんなんで。もし純粋に部活のために頑張りたいって志願してくれたマネージャーだったら、怒らせちゃうとこだね」

 だから智実さんは心の内を話してくれたと思う。僕の情けない境遇が、功を奏することもあったのだ。

「いえ。学業あっての部活じゃないですか。そもそも選手として練習で体力使った後に、家に帰ってからも勉強するなんて、僕から見れば、それだけでもすごいんですよ」
 体を拭き終え、こちらを振り返ってくれている彼女の目を見ながら僕は言った。

「僕も『お姉ちゃん』の背中を見て育ってきたんです。自分の勉強もあったはずなのに母親のように僕の面倒をみてくれて、仕事もして……。時には疲れてダラダラしている姿も見るし、僕が叱られることもありますけど、そういうところも全部含めて尊敬しています。影響を受けています」

 この歳になると、なぜか本人に面と向かって伝えるのは難しいのだけど。

「だから、きっと弟さんや妹さんたちも、そんな智実さんのことが大好きだと思います」

 そう言う僕の髪をクシャっと撫でて、智実さんは、もう一度体を寄せてきた。
「うん……ありがとうね」


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