36 / 112
3本目 女子バスケットボール部の幽霊部員
HEART OF TEAM 36-8
しおりを挟む明くる日の練習中、監督の千華子先生に尋ねてみた。
「この部の目標か。そうか、あなたは年度当初のミーティングの時点では、いなかったわけだからな。そこから話しておくべきだった」
この日も変わらず、奈津姫さんの姿は体育館になかった。
「“一勝”。それが部員たちが決めた、このチームの目標だ」
先生は、いつも通りの凛としたパンツスーツ姿で、明確に言い切った。
「一勝……1回は勝とうっていうことですか」
優勝とか全国制覇とかではなく、「最高のチームにしよう」とかいうのでもない。
「具体的には、公式戦で一勝を挙げるということだ」
僕の戸惑いは顔に出ていたのだろう。先生は続けてくれた。
「来月に地区大会がある。トーナメント形式だ。つまり……」
大きな丸いメガネの奥から、じっと僕の目を見つめて言う。
「初戦で半分のチームは負けて大会を終える。そして、初戦で当たるのが結果として優勝する相手である可能性もある」
「あ……」
そうか、1回くらい何とかならないのかという感覚は、とんでもない間違いなのだ。
「県大会の予選も兼ねているので勝ち進めば先の大会へと続くが、負けた時点で3年生は引退だ」
先生は、練習を続けている選手たちに視線を戻した。
「そして、このチームは今の3年生が入学してきた時から、公式戦での勝利がない」
練習試合の時の先生の「1年前は、ちゃんとした試合にならなかった」という言葉、そして奈津姫さんたちから聞いた暴力事件と先輩たちのことが思い出された。
「目標を意識して参加してくれるなら心強い。よろしく頼む」
先生は、もう一度僕の方を見て、そう言ってくれた。
●
3年生の智実さんの身長は、160cm代の後半くらいはあるだろう。香織さん・翠さんの2人は飛び抜けて高いけれど、彼女もスタイルの良い先輩だ。
「試合に出たいかって?」
その背中を僕に汗拭きシートで拭わせながら、智実さんは振り返った。自身はティッシュで前の方の後始末をしている。
「なんでそんなこときくの?」
この人も、部活後に僕を使用する部員の一人。
「僕自身が、そういう経験がないので……どういうものなんだろうって思って」
嘘ではない。僕が頭の中だけで想像しても、やはり分からないものなのだ。
「うーん……」
智実さんは口元に指を当てて考え込む。チラリと部室の入り口の方に視線を向けたようだった。二つ結びにした髪が、白い背の上を左右に揺れる。
「あのさぁ、希ちゃんは私たちとこういうことしてるってこと、どこにも話さないわけだよね」
「もちろんです」
知られたら、更衣室に侵入した下着泥棒としての余生が待っている。
「同じように、私が話すことを、他の部員も含めて誰にも言わないってこと、できる?」
「そうします」
「じゃあ話してもいいかな……。プレーヤー同士では、ちょっと言えないし」
おお、言ってみるもんだ――と僕は彼女の背後で目を見開いた。
実は、そうした条件があるからこそ、試しにきいてみることにしたのだ。僕は、初めから強力な口止めをされている。だから他の人には話しにくいことを話してくれる人もいるのではないかと。
「私、弟も妹もいるから……いい条件の奨学金を受けて、希望する学部のある中でできるだけ近い国公立に行きたいんだよね」
僕には何とか聞こえるくらいの大きさの声で、智実さんは話し出した。
「あー……僕も卒業後の費用のことは考えなきゃいけないので、ちょっと分かります」
「うん。だから正直、部活に全ての力を注ぐことって、できなくて……」
いつも僕で「効率の良いストレス解消」をする時、智実さんは単語帳を手にしている。最初は僕があまりにも下手だからかとへこみそうになったが、気分が高まるまでの時間がもったいないのだそうだ。ちなみに高まってからは単語帳を取り落として楽しんでくれる。
「でも、バスケってチームスポーツでしょ。一人一人がもっと練習すれば、もっとチームは強くなる。特に千華子先生が来てくれて、そして私たちの代になってからは本当に、頑張ればチームとして上手くなるんだって思えるようになったし」
すごいな……というか更に上の先輩たちって、よっぽどだったんだな……。
「新入生としてスミレ子ちゃんが入ってきて、私がスタメンから外れて……正直ホッとしてる。私が足を引っ張ってる、穴になってるって、そう分かっていながら、他のことを優先しなきゃいけないのって、結構しんどかったから。バスケ部を辞めようかって真剣に考えたこともあった」
たとえ聞いて回ったって、言うことが本心かどうかなんて分からない――奈津姫さんの言ったことは、その通りだと思う。
けれど、その言葉について考える内に思い付いたのだ。
僕は選手ではない。性別も違う上に、こう言ってはなんだが男子としても見られていないと思う。いや、男性としての機能は利用されているんだけど、恋愛対象の候補としては度外視されているはずなので、見栄を張る対象にならないと思うのだ。
「ごめんね、選手がこんなんで。もし純粋に部活のために頑張りたいって志願してくれたマネージャーだったら、怒らせちゃうとこだね」
だから智実さんは心の内を話してくれたと思う。僕の情けない境遇が、功を奏することもあったのだ。
「いえ。学業あっての部活じゃないですか。そもそも選手として練習で体力使った後に、家に帰ってからも勉強するなんて、僕から見れば、それだけでもすごいんですよ」
体を拭き終え、こちらを振り返ってくれている彼女の目を見ながら僕は言った。
「僕も『お姉ちゃん』の背中を見て育ってきたんです。自分の勉強もあったはずなのに母親のように僕の面倒をみてくれて、仕事もして……。時には疲れてダラダラしている姿も見るし、僕が叱られることもありますけど、そういうところも全部含めて尊敬しています。影響を受けています」
この歳になると、なぜか本人に面と向かって伝えるのは難しいのだけど。
「だから、きっと弟さんや妹さんたちも、そんな智実さんのことが大好きだと思います」
そう言う僕の髪をクシャっと撫でて、智実さんは、もう一度体を寄せてきた。
「うん……ありがとうね」
0
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる