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3本目 女子バスケットボール部の幽霊部員
シューター 34-8
しおりを挟む立ち上がった奈津姫さんは、いきなりそんなことを言いだした。
「い、いや、僕は全くの素人ですよ? 制服ですし」
慌てて首を振ると、翠さんがニッコリして僕の手を取った。
「着替えは予備が置いてあるから、それを使えばいいわ」
倉庫に引っ張っていかれ、そのまま脱がされそうになったので、自分で着替えられますと言わざるをえなかった。
僕の方が小柄なため、翠さんのものと思われるトレーナーと長ズボン丈のジャージに、問題なく体が収まってしまう。
部活ジャージもそうだけど、洗濯してあるとはいえ女子の身に着けたものを使うのは、妙に意識してしまう。翠さんは恥ずかしくないんだろうか……ないんだろうな、僕は玩具だし。
靴は元からスニーカーを履いてきていたので問題がない。
さすがに一対一を挑まれることはなく、フリースロー勝負になった。
「アタシに勝てたら何でもしてやる。エロいことでもいいぞぉ。勝てたらな」
負けるとは全く思っていない奈津姫さんだが、僕も勝てるとは思っていない。
でも、その顔立ちや口調に不釣り合いなくらい胸が大きいのには気付いていたので、少しドキリとした。部員の中でも香織さんに次ぐくらいはあるんじゃないだろうか。背は香織さんの方がだいぶ高いことを考えると……いや、あまり見ていると視線に気付かれてしまう。
翠さんが手取り足取り、シュートの打ち方を教えてくれた。
「ゴールのリングって、真上から見下ろした時が最も面積が大きく見えるでしょう? ボールがそこを通過する確率も、真上からの角度に近づくほど上がる理屈になるの。だから真っ直ぐゴールに向かって投げるのではなく、高く上げて上から落とすのよ」
手はあくまで方向を定める程度に使うのであって、ボールを飛ばすのは全身の力。そして左手は沿えるだけ。言われてやってみるけれど、難しい。
奈津姫さんは更に後ろのスリーポイントラインから打つというハンデが付いた。そして、もちろん僕の負けに終わった。
●
「アタシ、どっちにしろ学校の方まで行くけど。なんなら乗っけてくか?」
僕を家まで送るために翠さんが車を呼ぼうとしたところ、奈津姫さんがそう言ってバイクに手を置いた。
「ああでも、ちゃんと乗せてもいいことになってるし保険も利くけど、絶対に安全て言い切れるもんじゃないからな……車にしとくか?」
翠さんは少し眉を寄せて僕の方を窺った。
「なっちゃんは免許が取れるようになって以来ずっとバイク通学だから走り慣れているし、2人乗りができるようになってからは私もたくさん乗せてもらっているけど……」
ちょっと悩んだけれど……お嬢様である翠さんの命を日頃から預かっているのなら大丈夫ではないだろうか。そう思って、僕はお言葉に甘えることにした。僕を送るためだけに車にもう一往復してもらうのも申し訳ないし。
制服に着替えた上から、上下ともウィンドブレーカーを借りて身に着けた。もちろんヘルメットも。翠さんが乗るためにここに常備してあるのだろう。
「ちゃんとくっついて掴まってろよ。もっとだ。変な気ぃ遣うな、触っていいから」
家には歩いて帰るという翠さんに見送られて、出発する。
奈津姫さんは、本当に安全運転だった。田畑の間を抜けていく信号もない道を、慣れない僕に気を遣って緩やかに走ってくれる。大きな道に出てからも、後ろから車が迫るとすぐに道を譲ってくれたので怖い思いをすることもなく、むしろ風を感じながら走るのは気持ちが良かった。
しかし、山沿いのバイパス道路に差しかかった頃、ヘルメットのバイザーに水滴が着いた。
あっという間に路面の色が変わっていく。
これは大丈夫なのだろうか。さすがに心配になりながら、とにかく背中にしがみ付いて、降りかかる雨粒を我慢する。
不意にバイクは脇道へと曲がり、やがて急に雨が当たらなくなった。
停止したのは、コンクリート製の車庫のような所。
奈津姫さんはエンジンを切り、ヘルメットのバイザーを上げて僕に降りるように促す。
「コンビニとかもだいぶ先だし、緊急避難だ」
車庫の外では、まだ激しく雨が降っている。
「悪いな。まさかこんなふうに降られるとは思わなかった。予報では大丈夫だったはずなんだけどなぁ……」
山の天気は変わりやすいというやつなのだろうか。
「あの……ここは?」
このバイパス道路を来る時、家や店舗などがほとんどない所だと思った記憶がある。そんな中で唯一目についたのは確か……。
車庫の壁に、文字と数字の書かれた表のようなものがある。
僕がその内容を認識するよりも先に、奈津姫さんは平然と言った。
「ラブホだ」
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