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2本目 親友と彼女と女子バスケットボール部

好きですか? 28-8

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 よりにもよって香織さんにまで、僕が下着泥棒だと思われているのか……という絶望感。そして、もしかして香織さんとも、成美さんたちとするようなことができるかもしれないという期待感もだった。

 しかし彼女は、練習中と変わらない、何重もの壁を隔てたような淡々とした態度で、僕に言った。
「明日の練習試合のために、部から小暮さんへ渡しておくものがあります」

 そうして、部員に割り振られているものではない箇所のロッカーを開く。普段使う共用の物なんかを置いている所とも違う、僕が中を見たことがないロッカーだ。

「香織。もう部の一員なんだから、希君 のぞみくんて呼んであげましょう?」
 翠さんが言うと、香織さんは眉を寄せた困ったような顔で、チラリとこちらを見た。

 凛とした顔立ちでありながらも、少し垂れ目っぽい。そんな彼女が見せた表情に、僕はドキリとした。 はかなさと色っぽさのようなものを同時に感じた……のだと思う。困った顔が好きだなんて、なんか申し訳ないけれど。

 そうして取り出されたのは、透明な袋に入った、部活ジャージだった。

「明日は学校に集合した後、これに着替えてみんなと移動してもらいます」

 部活ジャージというのは、授業のために購入する学校指定品とは異なる、部活ごとに作る揃いのジャージのことだ。もちろん部によっては、そういうものがなかったり、市販品を揃いで購入しているだけのところもあるらしいけど。

 この学校の女子バスケ部のものは、上下共に黒地に赤いラインと白い文字が入ったデザインになっている。

 上半身は前面をボタンで留める長袖のもので、「御城北 みしろきた」という校名、そして背中にローマ字で各自の名前が表記されている。下半身は長ズボン丈。

 選手たちは練習着やユニフォームを着た上からこれを着用して体を冷やさないようにしておき、コートに出る際には脱ぐわけだ。

 日頃の練習にも部員たちが使っているのを見て格好いいなと思ってはいたけれど、入部して間もない僕は、まだ注文もした覚えもなかった。

 香織さんは、それを翠さんを介して僕へと渡した。直接お渡しはしてくれないらしい。

「え? これ、NOZOMIって……」

 きれいに畳まれた上着は背中の部分が見えるようになっており、そこには名前が入っている。

 更衣室侵入事件があったその日の内に手配されていたとしても、名前まで入って届くというのは、いくら何でも早すぎないだろうか?

 翠さんが教えてくれた。
「それは、ノゾミさんという先輩が寄付していってくれたものなの。個人で購入するものだから、基本的には引退後もそのまま持っていくんだけどね。その人の場合は……もう使うつもりもないし状態もわりといいから、予備として後輩たちの役に立てばって言って、置いていってくれたのよ」

「それを……お借りしてしまって、いいんですか? 僕が」

「名前まで同じなんてこと、そうそうないでしょう? ノゾミさんの気持ちに応える使い道だと思うわ。マネージャーを続けてくれるのなら、返すことは考えなくていいから」

「あ、ありがとう……ございます」

 促されて早速、上着に袖を通してみた。僕には少しだけ大きいけれど、サイズ違いというほどではない。

 バスケットボール部の一員になったのだという実感が、この時ようやく胸に湧いてきた気がした。

 翠さんが面白そうにスマートフォンで僕を撮りながら言った。
「下の方には名前は入っていないし、丈が合わなかったら誰かから借りられるから。膝とか擦り切れちゃうから、みんな予備を持っているの」

 確かに、香織さんもいる前で下を脱ぎ履きするわけにはいかない。いや、翠さんたちの前でも恥ずかしいけど。

 ロッカーに鍵をかけ自身のバッグを手にした香織さんが、用事は済んだとばかりに部室を出て行く。
「それじゃあ、私はこれで。お疲れ様」

「あ、香織お疲れ」「かおりんバイバーイ」

 この後は、部室に残った誰かが僕を好きなようにするのだろう。

 僕は、初めてここに連れ込まれた日の成美さんと翠さんの様子を思い出し、急いで靴に足を突っ込んでその後を追った。

 そしてドアの外に出たところで、歩み去って行く香織さんの背に向かって頭を下げた。
「あの! ジャージありがとうございます。大切に使います。今日も、お疲れ様でした!」

 彼女は振り返ることはなかったけれど、足を止めて、こう言った。
「希さんは、好きなんですか?」

「え?」

「……バスケットが」
 背中を向けたままで、そう尋ねられた。

 実際にはバスケットボールのルールも詳しく知らない。漫画で少し読んだことがあるくらい。

 僕が入部する本当の理由を香織さんが知っているとすれば、どうしてそんなことをきくのか分からなかった。けれど事情を知らないとすれば、好きだと答えなければ不自然だ。だから――。

「はい……好きです」
 彼女と目線が合わないままで、僕はそんなふうに嘘をついた。


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