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2本目 親友と彼女と女子バスケットボール部
天井を見つめて 5-3
しおりを挟む付き合えることになったと報告してくれた時の、健一の嬉しそうな顔が思い起こされた。
「通話したり、メッセージをやり取りしたり、できれば直接会って話したくなるじゃん? 付き合うんだからさ。デートなんかも」
僕も、好きになった人とそんなことをしてみたいと憧れたことがあった。恋人のいる人たちは、そんなふうに過ごしているのだろうと。
「でも、彼氏ができたからって一日の時間が長くなるわけじゃないでしょ? あたし、それが分かってなかった。アイツと付き合う分、何をやめるかなんて考えてなかった」
「そんなこと……」
中学の先輩に告白した時、相手に何かをやめさせて、その時間を自分のために貰おうだなんて、考えもしなかった。人を好きになった時に、そんなことを考えるだろうか。
「自分一人の趣味とか好きなものに使う時間とかは、とっくに削ったんだけど……やっぱり人間関係は大事だと思うし……あたしバスケ部だからチームのみんなに迷惑はかけらんないじゃん……勉強は将来のために必要だし」
なんて真面目な人だろう、と思った。制服を着崩し、生活指導的にギリギリアウトくらいのおしゃれをして、休み時間には友達と喋り、放課後や休日は部活や遊び。そして彼氏を持つ。ギャルの学校生活というのは、もっと「その時にしたいことをする」みたいなものだと勝手に思っていた。
「そんなの自分で調整しろよって思うでしょ……自分の好きで付き合ってんだからって……人に迷惑かけるなって……」
ただ首を振ってみせることしかできなかった。チームスポーツも、忙しい程の友人関係も、恋人のいる生活も、どれも僕が実体験として知らないものだ。自分の言葉として言えることが、思い浮かばなかった。
「でもね、付き合うようになってから、健一……あたしと話すだけでも、ほんとに嬉しそうなんだ。メッセージもすぐに返してくれるし、あたしがそれに気付かないでいると不安になっちゃうみたいだし。ちょっとかわいいって思うくらい」
保健室の天井を見つめながら成美さんは話してくれた。
「休みの日も、バスケ部の練習の後で野球部の試合に駆け付けるとね。アイツ、あたしが応援に来たのに気付くと表情が変わって、たくさん活躍してくれるんだ。格好いいんだよ」
「うん……」
「家族とは別に、あたしのことを自分の意思で選んで、ずっと一番に考えてくれてる人がいる……今、この時も。それって、安心できるし、自信になるよ。友達が、彼氏を作った方がいい、作れば分かるって、あんなに言ってたのも、こういうことかって理解できる」
彼女は幸せそうに笑ってみせ、僕は苦笑した。僕がまだ知らない、望んだけれど知ることのできなかった世界のことだから。彼女も「だからアンタも頑張りなよ」とは言わなかった。
「でも、だから『ここまで』っていう線を引くことなんてできなくて……。やればやっただけ喜んでもらえるし、あたしも嬉しいし」
好きな人のために何でもしたい。喜んでほしい。それによって自分も幸せになりたい。それは自然な気持ちだと思う。そうしたいと望んでも、相手も自分を選んでくれなければ受け容れてすらもらえないのだから。
「睡眠時間を削って何とか頑張ろう、そのうち慣れる、って思ってやってきたんだけど……その結果がこれ。ゴメン。自分一人の体調の問題じゃ済まなかった。もう、こんなことないようにする……うん、そうしたいんだけど」
彼女の目が急に潤んで、制服の袖がそれを覆い隠した。
「でも、もう自分じゃ、どうしたらいいか分かんないよ。誰か助けて……」
両目を隠した腕の陰から涙が一筋、頬へと流れた。それに気付かない風を装うことしか僕にはできなかった。
健一は幸せ者だと思った。でも、そのこと自体が彼女の生活のバランスを崩してしまっているとすれば……いったい誰が、どうすればいいのだろう。
「あー……ゴメン。こんなこと聴かされても困るよね。ありがとね、黙って聴いててくれて。小暮っちは気にしないで」
そう言ってから、再びこちらに向けられた目には、もう涙の気配はなかった。
●
アルバイト先は飲食店なので、賄い料理を出してもらえる。
ただし、酔っ払ったお姉さんと同じテーブルで食べなければならない。
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