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1本目 僕と女子バスケットボール部

できること 26-8

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 副部長である翠さんの後ろ姿は美しい。

 中学では陸上競技をやっていて、今でも部で一番の俊足だという彼女。細いウエストから大きく張り出したその下半身は、鍛えられている。ふくらはぎや太腿は、無駄に太いわけではないけれどしっかりと張っていて、お尻は部員の中でも一番大きく見える。

「気持ち良かったわ。お疲れ様、希君」

 地味だけれど高そうな下着を、その見事なお尻まで引き上げ、満足そうなため息を吐きながら制服のスカートも履いていく。

 そんな彼女は、少し細い目が雅な印象を与える長身の美人で、聞いたところによると結構なお嬢様らしい。普段の、特に制服でいる姿を見ると、本当にその通りだと思う。

「休んでいていいわよ。今日は最後まで頑張ってくれたから、おかげで満足できたわ。本当よ?」

 練習後の部室。運動部は部室で練習をするわけではないので、要は着替えと荷物を置くために使うロッカールームだ。靴を脱いで着替えられるように敷かれているプラスチック製のスノコの上で、僕は仰向けになったまま息を整えるのに精一杯でいた。

「まあ、希君の方も、だいぶ良かったみたいだけど?」
 そんな僕の下半身をチラリと見て、口元を少し吊り上げる翠さん。

 彼女とは特別に親しい間柄というわけではない。「今日の相手」の内の1人というだけのことだ。

「気にしなくていいのよ。希君は、されるがままを受けいれることしかできないんだから。でも、いつも思うんだけど……」

 僕は女子バスケ部の部員たちに、とある弱みを握られている。

 公にされたら平穏な学校生活は終わってしまうようなそのことを黙っていてもらうため、部員たちのいうことには何でも従うしかない。その秘密を漏らされるよりマシなことである限り、何でも。

「好きでもない上級生の女にまたがられても、男の子って、ちゃんとそうなるものなのね」

 『どんなことにでも従うし、その内容を口外することも決してできない異性がいたら、何をする?』そんな妄想を男子がすれば、こういったことも思い付くだろう。

 でも、まさか女の人もこういうことを求めてくるなんて、それまでの僕にはちょっと信じられなかった。

 次々と相手を替えて子供を産ませることが――体の仕組みの上では――可能な男性とは違い、女性はもっと慎重に選んだ相手とだけ行為をしたくなるものだと、勝手に思い込んでいた。

「そんな困った顔しないで。もっとイジメたくなっちゃうでしょ? 次の人が待ちくたびれてるから、わたくしはもう失礼しないとね」

 おかしそうに目を三日月型に細めて、翠さんが部室の入り口の方を見る。
「じゃあ後は、成美に任せていいのかしら?」

 扉の前には衝立が立てられている。出入口を開けただけで外から部屋の中まで見えてしまわないように。

 その傍らで待機していた茶髪の同級生は、練習着から着替えた制服姿で腕を組み、僕の姿を見下ろしていた。
「はい、翠さんお疲れ様でした。後はあたしが」

「よろしくね。じゃ、ごきげんよう」

 頭を下げて先輩を見送る成美さんと共に、僕も横たわったままで「お疲れ様でした……」と声を発する。さすがに下半身裸のまま直立しての礼はしなくていいと、以前に言われていた。

「さて……小暮っちは1回戦で達しちゃったわけね。ってかさ、ちょっと出しすぎじゃない?」
 言いながら僕の傍らに膝をついた成美さんは、躊躇ためらいもなく、まだ着けられたままだった避妊具を外していく。

「もう分かってきたけどさぁ、小暮っちって背が高くて大人っぽいお姉さんが好みなんだよね」

 慣れた手付きで、外したそれの開口部を縛り、ビニール製の袋に放り込む。口をファスナーで密閉できる、食べ物の保存に使ったりするやつだ。

「特に香織ちゃんのこととか、練習中も見すぎじゃない?」

 僕は返す言葉もない。誰の姿を追っているのか、そんなに分かるものだろうか。いや、部長の香織さんが僕のことを特に警戒しているのも、そういうことなのかもしれない。気を付けないといけないと思うけど、でも監督の先生からは「部員の動きをよく見ておくように」と言われているし……。

「小暮っちが誰のこと好きでも、べつにいいんだけどさ。好きだったら、それこそ胸ばっかり見るのはやめときなよ?」

「べつに好きとかいうわけじゃ……いや、分かるもの?」

「バレバレ。……そんなに大きい方がいいもんなの?」

「うん」

「は?」

「ちょ! 待って、そこは! それ以上は力、入れないで……ください」

 ティッシュで拭いてくれるのはいいけれど、急所を掴むのはゆるしてほしい。

 そんなに失言だっただろうか。成美さんだって、まだこれから膨らむかもしれないのに……。

「ふん……まあ、どうでもいいけど。はい起きて。舌、出して」

「う……やっぱり成美さんも、するの?」

 指示に従って上体を起こしながら問いかけた僕を見下ろし、成美さんは整えられた眉を寄せて不機嫌そうな顔を見せる。

「あぁん? 目の前でさんざんヤっといて何いってんの? この後はあたしの番なんだから、あたしが好きなようにするに決まってんでしょ」

 おそらく元々が吊り目気味の目元をメイクで更にクッキリさせている彼女。そういう表情をされると結構な迫力がある。

「でも、やっぱり健一けんいちに悪くて……」

「アイツのことは関係ないでしょ」
 僕の言葉に、普段より低い声でかぶせてくる成美さん。

「言うこときく気がないなら、あんたが女子更衣室に侵入した下着泥棒だって、世間に知ってもらうだけだけど」

「それは……ゴメンナサイ……」

「じゃあほら! 舌」

 観念して舌を出すと、成美さんの綺麗な顔が近付いてきた。リップクリームで潤った唇から突き出された舌が僕のそれに触れるのと同時に、長い睫毛が上から下へと滑り、瞼が閉じられる。

 そのまま見ていられなくて、僕も目を閉じた。

 口を包み込んでくる心地良さ。そこから意識を逸らすように、僕はまた、あの日までのことを思い返すのだった。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう――と。


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