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本編
17.掴みかけた幸せ【side ルド】
しおりを挟む『ルド、女は切り替えたら早い。
いつまでも男を好きでいるなんてのは幻想だ。過去になれば再び好きになってもらえるのは難しい』
『ルド、女は興味無い男にはとことん興味が無い。好きの反対は無関心だ。
他の女といて平気なのは……何とも思われていない証拠だ』
『ルド、一度マイナスに振り切った男はまずゼロ地点に戻らなければならない。
そこから再スタートしても、油断したらすぐにマイナスに振り切れる』
『ルド、やらかし男の復縁は難しい。それでも諦めず、やれる事をやり、運が良かった男だけが壁を壊せる』
『『『『まー、頑張れ!』』』』
警備隊の皆には俺の事情を話していて、いつも有り難い助言を貰っていた。
その言葉の中に棘を感じない事も無いが。
仲間の一人が〝己のバイブル〟と大切に持っていたとある国の国王陛下が執筆した書物によれば。
『女性の心は流れる水のように様々に形を変える。
心無い言葉を言えば凍り付き、温かい言葉をかければこちらが真紅になるくらい甘い言葉をくれる。
だから、凍らせてはいけない。ダメ、絶対。
でもやらかしちゃったら即謝罪。これ、絶対。
女性の心は水。覚えておいて損は無い』
リヴィの心を凍らせた俺に、未来は無いのかもしれない。
だが、その書物にはこうもあった。
『やっちまった愚男へ。
足掻くのだ。愛する彼女の為にできる事を探すのだ。この時押し付けてはいけない。
彼女をしっかり見て、その気持ちを理解しよう。
下手に触るでない。いくら顔が良くても、嫌いな男は毛虫並みに嫌いなのだ。
毛虫に愛を請われて返せるのは毛虫好き女性だけだ。そんな奇特な女性はほぼいない。
美男子ならば許すという女性ばかりでは無い事をまず念頭に置いておこう。
女性の気持ちを思いやれない男に明日は無い』
リヴィの中で俺は毛虫並みでは無いと思う。
僅かばかりの可能性があるなら諦めたくないくらいにはリヴィとの未来を夢見てしまう。
できれば彼女を幸せにするのは俺でありたい。
そう望むけれど。
「ルドも鎮魂祭で、アンジェリカ様の為に花を捧げたらいいんじゃないかな、と思って」
そう言われて思わず言葉を失ってしまった。
リヴィに気持ちが全く届いていない事に言い様の無い痛みが襲う。
やはり俺は毛虫並みなのかもしれない。
「アンジェリカの事、ありがとう。でも、リヴィは気にしないで良いんだよ」
それにリヴィに言われるまでアンジェリカの事は頭から抜けていた。
あれだけ言っていたのに案外俺は薄情なのかもしれない。
「以前はアンジェリカ様の話を聞くのは辛いと思っていました。でも今は大丈夫です。
何とも思っていません。だから、いつでも話してくださいね」
ニコッと笑われ、俺は泣きそうになった。
先に先輩方から言われた言葉がぐるぐると回る。
リヴィの中で、俺はもう無関心男にまで落ちた。
毛虫の方がまだ嫌われているだけマシかもしれない。
嫌いというのは、強い感情を向けられているという事だから。
「あ、ああ……。ありがとう……」
フラフラと修道院を後にする。
考えてみれば廃嫡され追い掛けてきた形に見える俺から好きだと言われても、引いてしまうのが普通の感覚だろう。
だが、リヴィは引かなかった。
兜を被った怪しい男が側にいても、その正体が自分を傷付けた男でも、今まで通り接してくれる。
優しい。益々惚れた。
無理だ。これ以上近くにいたら更に好きになってしまう。
あんなに優しい女性は他にいない。
他の男たちもリヴィを気にしている。
慎ましい修道服でなければ良からぬ考えをする輩が出てもおかしくない。
いや、背徳感がどうのとか言う奴がいたな。
だめだ。そんな奴を近付けたくない。
悶々としながら素振りをしていたら、リヴィの声の幻聴が聞こえた。
振り向くと、俺に向かって駆けてくるリヴィの姿が見える。
心臓が一気に飛び跳ねた。
リヴィは呼吸を整え、俺を見上げる。
「ルド、私と鎮魂祭、一緒にまわってほしいの」
「えっ……、でも、リヴィは屋台が……」
修道院に身を寄せる女性が作った刺繍ものやお菓子などは主に若い女性や子どもに人気の屋台だ。
だからリヴィは売り子として参加すると言っていた。
「うん。ルドも、警備があるだろうから、少しの時間でいいのです。私に、10分だけ時間を下さい」
リヴィの真剣な表情に、俺も気を引き締める。
だが返事をしようとすると、いきなり肩に腕を回された。
「リヴィちゃん、いいよ~!10分でも20分でも一緒にいな~」
「わっ」
若干首が締まってる気もしなくはない。気のせいかな?
「こいつヘタレでしょ。リヴィちゃんから誘ってくれて良かったなぁ」
逆側から別の同僚が脇腹を突いてきた。
くすぐったくて思わず身を捩る。
横目に見ると、リヴィは顔を赤くしていた。
「あ……、そういう、事なので……。
その、考えておいて下さい!ではっ!」
「あ、リヴィ!迎えに行く!から、待ってて」
すかさず叫ぶ。警備はあるけど、少し抜けるのを必死に頼んで許してもらおう。
「待ってます」
頬を赤らめて、ふわりと笑うと、再び駆け出して行く。
絶対に抜ける。何としてでも抜ける。
「おい、ルド。抜け出したければ素振り1000回」
「そうだな、俺はエールを5杯かな」
「じゃあ俺は」
やいのやいのとみんな好き勝手に言うけれど、これは譲れない闘いだ。全て請け負いクリアしてもぎ取ってやる。
「分かりました!全部やります!
だから、すみません、少しの間だけ、当日抜けさせて下さい!」
がばっと頭を下げる。
「まー、いつも頑張ってるからな。少しだけなら見逃してやるよ。その代わり、どうなったかによっては先程の事をしてもらうからな」
先輩たちは、「当日は任せろ」と言わんばかりにニヤリと笑った。
「ありがとうございます!」
嬉しくて、もう一度頭を下げた。
まるまる抜け出す事は出来ないが、タイミングを見計らって時間を作ってくれるらしい。
先輩たちの心遣いに感謝した。
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