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本編

ピンク髪の男爵令嬢には気を付けろ

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「殿下あ~~あなたのメリンダですよぉ~~」

 皆のもの、ごきげんよう。
 今はアカデミーに通う時間帯。昼の休憩中、俺はとある女性から逃げている最中である。
 その女性はピンクの髪を揺らし、周りに男を侍らせながらワケノワカラナイ事を口走り、内股でクネクネと歩いているのだ。

 俺は俺のものだ。
 誓ってピンク髪のものではない。
 ヴァレリアのものになるのは大歓迎だが、あんなのに引っ掛かったら身の破滅は間違いないのだ。

 俺は知っている。
 書物の中で得た知識によれば、ピンク髪の女性は大変に危険であると。更に男爵令嬢なら間違いない。

 大抵婚約者のいる貴族男子を誘惑し、浮気に走らせるハニトラ要員だ。
 蠱惑的な肉体に陥落する健全な男子は多いと言う。現に今侍らせている奴らは全て……

 クッ、アカデミー内で不純な異性間交流がなされているとは世も末である。
 しかも侍る男子の中には勿論婚約者がいる者も……

 情けない、情けないぞ。
 ハニトラに引っ掛かる奴はな、王族の側近になれないのは勿論、要職にも就けないからな。
 しかも婚約者を蔑ろにしようもんなら待つのは……将来お先真っ暗だぞ。

「殿下ぁ~どこですかぁ~~」

 しかし、しつこい。
 何故俺を狙うんだ?
 ヴァレリアの言う通り、この金の髪が誘蛾灯になっているんだろうか?

 自慢じゃないが、俺はそんなに美男子という訳ではないぞ?
 ちょっと目鼻立ち整ってはいるかもしれないが、俺から見ればアイザックの方が多分モテる。

 俺と言えば金の髪に翠の瞳、どこにでもある一般的なモブ顔だ。王太子補正で少しばかりは良く見えるかもしれないが。

 ちなみにアイザックはな、焦げ茶色の髪に碧の瞳、人の良さそうな優し気な顔立ちに胡散臭い笑顔が特徴だ。
 公爵家嫡男だが婚約者はいない。浮いた話も聞いた事無い。
 腹黒そうではあるが、人当たりはいい。やる気は無いけど仕事もできる。めちゃくちゃ有能。一家に一人アイザック。

 あ…、れこれアイザックが主人公なんじゃ……?

 マズイ、このままでは俺の立場が危うい。
 よし、アイザックの足を引っ張る作戦を考えよ「あ~~殿下ぁ~~みぃつけたぁ」
「ヒッ」

 ニタァと笑いながら男爵令嬢が近づいて来る。
 その顔はまさに捕食者。
 背筋が凍るほどの悪寒を感じ、俺は危機回避の為三段跳びで後ずさる。

「ああん、お待ちになってぇ!メリンダとラブしましょお~~」

「無理だ!俺には婚約者がいるし、そもそも君のような女性は俺の好みでは無い!」

「えぇ、嘘ぉ…。殿下酷いですわぁ。メリンダ泣いちゃう」

「殿下、仮にも淑女を泣かせるとはいかがなものでしょうか」

 仮にも淑女なら走らないだろう。

「こんなに泣いて……。ああ、かわいそうなメリンダ」

 ワケノワカラナイまま追いかけ回される俺の方がかわいそうだ。

「一番上の身分に立つ殿下だからこそ、平等に接するべきではありませんか?」

 普通の人間なら平等に接する。だがこのピンク髪は無い。オカシイ。限度がある。

 ああ、似たような立場になって初めて分かる事もある。
 きっと書物の中の婚約破棄をされる御令嬢たちはきっとこんなに理不尽で辛い思いをしていたのだろう。
 もしピンク髪の周りに自分の婚約者がいるならば、身を切られるように辛いだろうな。

 逆によ?
 自分の婚約者──俺の場合はヴァレリアの周りに男がいたらどうだ。

 嫌だ、嫌すぎる、ありえん、周りの男共を駆逐してやる。秘密裏に抹殺だ。

 まあ、ヴァレリアは淑女中の淑女、男を侍らせるなんて真似はしないだろうな。ちゃんと自分の立場を理解し、相応しい行動をする。
 俺には勿体無いくらいの婚約者だ。好き。

「俺は婚約者以外はいらない。だからピンク髪の……名前はえーと、マリアだったかミアだったか」

 確かピンク髪はマとかミとかから始まる名前が多いって誰かが言っていた。

「メリンダですよ、殿下ぁ」

「まあいいや、ムリンダ嬢はその名前通り無理なんだ。他を当たってくれ。じゃっ」

「メリンダですってばぁ!覚えてくださいぃ」

「オレハキオクソウシツダ」

 貴重な昼休み時間、いつまでもモブに構ってる暇は無いのだ。
 いつかあいつら不敬罪に問うてやるぞ、と決意しつつ。
 俺はその場をあとにしてヴァレリアを探した。


「殿下」

「ヴァレリア」

 探し出してすぐに見つかるとかナニコレ運命じゃ……

 いかん、運命の女性とか真実の愛とかはもう使わない約束だ。

「……災難でしたわね」

「見てたのか?」

「遠くからですが、見えておりました。その……殿下があの方から逃げ回っていらっしゃるのが」

「本当に迷惑しているというのが分かってもらえただろうか」

「ええ……。お疲れ様でございます」

「ああ、疲れた……」

 そう言って、身体は無意識に癒やしを求め、俺は額をヴァレリアの肩に乗せた。
 いい匂いがする。
 あのピンク髪は臭かったが、ヴァレリアはほんのり香る不快にならない良い匂い。

「で、殿下……あの……」

「もう少し、このまま……」

 鼻で息を吸い、匂いを堪能する。ああ、至福。幸いとはこの事を指すのだな。
 もうこのまま息の根が止まっても我が人生に悔い無しだ。

 いやある。未練タラタラだ。
 もっとヴァレリアと仲良くなりたい。その為にはどうしたらいいだろう。


「あの……殿下、明日、お暇はありますか?」

「明日?」

「お暇がありましたら、私とお出かけしませんか?」

 お出かけ

 オーデカケ

 おデーかけ?

「無理に、とは申しませんが、いかがでしょうか」

 俺はヴァレリアに言われた言葉を頭の中で必死に処理していたが、少し顔を赤らめて恥ずかしそうにする彼女に見惚れてしまい言われた言葉を理解するのに時間を要してしまった。



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