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本編

婚約者と歌劇へ行く、いわゆるデートである

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「もし、どうしてもお暇があるなら私と歌劇に行きませんか?」

 ヴァレリアに問われ、思考の渦から脱出した俺はキリリとして答えた。

「君の為ならいくらでも時間を作ろう」

「あ、でもどうしても無理ならば結構ですので」

「全く問題ない。婚約者を優先するのは当たり前のことだ」

 にこりと微笑む。だが、ヴァレリアの表情は晴れない。

 あれから数々の書物を読みあさり、先人の失敗を糧としているが、どうにも空回りしている気がする。
 これはまだ先人による先入観がある証拠だろう。
 本当なら発禁処分としたいが大衆に広がり過ぎて収拾がつかない。
 それに反発もあるだろう。
 一部貴族の間では運動も起こってはいるが、大多数は愛人がいる為表立っての行動はできず、静観しているらしい。
 ……そもそも伴侶に睨まれ動けないのが正解か。

 それに、現状俺にとっても余り良い環境とは言えない。
 せめて風評被害と主張できるよう、俺は婚約者に誠実に一途に接するのみだ。

「……無理はなさらないで下さいませね。
 何事も無ければ明日、セントラル歌劇場でお待ちしておりますわ」

「一緒には行けないのかい?」

「女性には準備というものがあるのです!」

 すごい気迫で言われ、そうか、と返すしか無かった。

「服装は簡素で構いませんので」

 お忍びという事かな?憧れのお忍びデート。いい響きだ。
 しかし。

 一緒に行きたかったなぁ。公爵邸からエスコートして一緒の馬車に乗って他愛もない話をしながら現地に着いてエスコートして。
 そして特等席から見るのだ。
 甘い空気を出しながら密着したりして、……クフフ。
 いや、待て、そこは紳士的にいかねばならぬ。
 まだ婚姻前の清い関係だからな。
 それに壊れそうな板の10代だ。王太子だからといって好き勝手してたら弟に足下を掬われかねない。
 清く、正しく、美しく。
 よし、俺は紳士だ。

「殿下、気持ち悪い百面相してないで手を動かして下さい」

「すまないアイザック。明日の事を考えるとこう、頬が緩むのでな」

「ヴァレリア嬢と歌劇に行かれるんですよね。頑張ってくださいね」

「ん?よく分からんが頑張るぞ」

 そうだ。ヴァレリアと一緒に楽しみ、距離を縮めるのだ。
 最近はあの男爵令嬢が邪魔をしてむしろ距離が開いている気もしている。
 ここは一気に詰めてせめて手が触れる距離に行きたい。


 そうして気合を入れ過ぎ眠れぬ夜が明け、歌劇を見に行く日になった。
 今日はアカデミーは休日。
 アイザックも休みだから王太子としての執務も休み。
 休日バンザイ。
 まぁ、隣国への視察も控えているからその前の骨休めだな。

 歌劇は昼前からの公演らしいので早めに馬車を出して貰い会場に到着すると、ヴァレリアも侍女と共に来ていた。

「殿下、こちらですわ!」

「ヴァレリア、会えて嬉しいよ」

「私もですわ。良かった~これで絵姿が三枚購入できますわ」

 んっ?とても嬉しそうなヴァレリアはとても眩しくその姿はまるで女神と見紛う程だが、それは俺に会えたからというわけではないらしい。ぴえん。

「歌劇に来たら、まず物販ですわ。絵姿はお一人様一枚限りですの」

 そう言って列に並ぶ。なるほど、貴族だと権力を振りかざさないで大衆に混じりきちんとマナーを守り並んで買う。なんて良い姿勢だろう。

「ご覧になって。使用人総出で絵姿買いに来てますわ。でもあれは考えものね」

「今日の分ありますかしら」

「あ~ん、売り切れたらどうしましょう」

 周りの反応を伺うと、どうやら絵姿は数に限りがあるらしい。それを使用人総出で買いに来る者もいれば、ヴァレリアのように数人に押さえる者もいるようだ。

「私は良いものは皆さんで共有して応援したいのです。沢山の方に周知して頂く事で、より支援者が増える方が良いと思いませんか?」

 そう言って微笑むヴァレリアを俺は支援していきたい。心からそう思う。
 そして。
 無事絵姿を購入できた。
 だが中身はまだ見えない。どうやら紙の袋の中にランダムに絵姿が入っているらしい。
 ごくりと唾を飲み込み、開封の儀を行う。

「あっ……キャネサンだったわ!」

「お嬢様、私はキラスカ様でございました」

 バッ、と二人が俺に向く。俺の持つ絵姿が気になるらしい。
 かさかさと開封して出てきたそれは。

「あっ……ああああああカラリオ!カラリオ様だわ!殿下さすがですわ!大好き!!」

 ヴァレリアは頬を紅潮させ、俺の持つ絵姿を手に取った。
 それを見つめうっとりする様は大変複雑ではあるのだが。

 聞いたか、皆の者。
 ヴァレリアが、俺に大好きと言ったのを。
 好き、以上の大好きと言ったんだ。

 ヴァレリアが!俺に!!大好きと!!!

「俺にかかればこのくらい」

「殿下、この調子で絵姿ブローチも買いに行きましょう!」

 そう言って今度は絵姿ブローチの列に並ぶ。
 ここでもやはり中身が見えないランダム形式のようだ。

「あっ、今度はホリーくんだったわ!」

「お嬢様、私はナッツ様でした」

 期待を込めた瞳。先程のカラリオ様とやらなら再び大好きと言ってもらえるだろうか。
 期待を込めて開封すると。

「オーネイラ様ね!」

 カラリオ様とやらでは無かった!くそう、数少ない大好きと言ってもらえる機会を無くした!

 というか。

「中身が見えるように売れば良いのに」

 そしたら好きな絵姿やブローチを買えるのでは?と思ったが。

「中身が見えたら人気格差が分かるからでは?」

 世知辛い……。俺はあまり支持者のいない者を応援しよう……。

「そろそろ入場開始ですね。お嬢様、扇子が御入用になりましたらすぐにお出ししますので」

「ありがとう。じゃあ、行きましょう。
 殿下も、劇場内へ、いざ出陣ですわよ!!」

 大変意気込むヴァレリアの可愛さに全ての生きとし生けるものに感謝をしながら俺は歌劇場へ入場した。



 入場する際にヴァレリアが「出陣」と言っていたのが気にはなったが、このあと熱狂に包まれながら俺は思った。

 いつもの歌劇とは違うというのは事前情報として知っておきたかったかな!

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