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番外編〜リディア編〜

13.巣立ち

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 新婚休暇が明け一月程が経過した頃。
 リディアは王太子妃アリアベルと共に孤児院へと来ていた。

 今まで幼子の世話の中心となっていた年長の女の子が、孤児院を出て働きに出る事になったのでその祝いに訪れたのだ。
 アリアベルが母性を目覚めさせたきっかけになったアーティを抱っこしていたその子は、お使い先で出逢った青年と結婚の約束をしたらしい。
 青年の実家がパン屋を営んでいる為、結婚後は彼の両親と同居する事になっている。
 結婚までは余っている部屋を一つ貰い、家業の手伝いをしながら暮らす事が決まっていた。

「アリア様、リディア様、お祝いをありがとうございます」

 女の子――イルザは、幸せそうな笑みを浮かべていた。
 既に年下の女の子たちから祝福を受け、手作りの花冠や木のお守りなどを身に付けている。

「おめでとう、イルザ。幸せになってね」
「アリア様……」
「これは私たちからよ。元気でいてね」
「リディア様も……。ありがとうございます」

 二人がプレゼントを渡すとイルザの瞳は潤み、目頭が熱くなっていく。
 パン屋自体は近くにある為いつでも会える距離なのだが、今まで当たり前にいた彼女が、例えば夜、寂しくて起きてしまった年下の子をあやす事はなくなってしまう。
 それを感じているのか、周りには幼い子が服を握ったりまとわりついて離れない。

「みんなも寂しくなっちゃうの分かってるみたいで」
「貴女はみんなに慕われているものね。面倒見も良いし。
 私も貴女からオムツの替え方を教わったわ」

 アリアベルが当時を思い出すと、イルザは顔を赤らめた。

「あ、あの時はっ!……すみません、生意気でした」
「いいえ、前知識を得られていたから、ウィルフレドのお世話をする時に助かったのよ。
 ありがとう、イルザ」

 アリアベルから頭を撫でられ、イルザははにかんだように笑顔になった。

「イルザ、貴女の優しさはみんなを笑顔にしてくれる。
 これからも笑顔でいてね」
「はい……。これからも笑顔で、がんばります!」
「あ、でも。辛くなったらいつでも王宮にいらっしゃい。悪い人はとっちめてやりますわ」

 リディアが言うと、イルザはぽかんとして。
 またふわりと笑った。

 イルザはその後荷物を整理して、一週間後に嫁ぎ先であるパン屋に移り住んだ。
 二人から貰ったエプロンと髪をまとめるスカーフを身に付けた彼女が店先で明るい笑顔で接客している姿を見られるのは少し先になる。


 王宮の庭で、アリアベルとリディアは日常の事を話しながらお茶を嗜んでいた。

 かつては王太子の正妃と側妃候補という微妙な関係だったが、現在では良き相談相手となり、親友のような姉妹のような関係を築いていた。

「そろそろお腹も大きくなってきましたね」
「ええ。運動するとすぐに息があがってしまうのよ」

 二人目を授かったアリアベルは、愛おしそうにお腹を撫でる。
 時折ポコポコと優しく語りかけるような胎動は女の子かもしれない。かと思えばお腹の形が変わるくらいぐにゅうと動いてボコボコするのは男の子かもしれない。
 魔術鑑定すればすぐに分かるが、敢えて出産までの楽しみにしていた。

「……私もいつかは授かれるでしょうか」

 リディアは未だ薄い自身のお腹に手を置いた。
 成婚して数カ月。気が早いのは分かっているが、やはり待ち遠しいものだ。

「そうね。……子授け鳥は気まぐれだから何とも言えないわね」

 その気まぐれに振り回されたわ、とアリアベルは苦笑した。

「でも。きっとそう遠くない未来、訪れると思うわ」

 だって、ほら。とアリアベルの目線の先には、二人の愛しい夫の姿。

「ベル、暇を作って来たよ」
「リディア、兄上が来るなら僕も、と来てしまいました」

 笑顔の夫二人を見た妻二人は目を合わせ、苦笑した。
 女性二人が休養中でも男性二人は執務から離れられないのだが、こうして暇を見つけては妻のもとへやって来る二人に半ば呆れていたのだ。

「もう、公務はどうなさいましたの?」
「きゅ、休憩だ。妻との時間を取るのも仕事を捗らせる為に必要なものだ」
「オズウェル様は?」
「僕も休憩ですよ。リディア、あーん」

 ニコニコの笑顔でフォークに焼き菓子を乗せリディアの口に運ぶ。

「み、見られてますわよ……」
「気にしなくていいですよ」

 興味津々に見つめる王太子夫妻を脇目に、オズウェルから差し出されたフォークをおずおずと口にする。

「美味しい」
「僕の愛情を込めてみました」
「――っ!!」

 一瞬にして真っ赤になったリディアに、オズウェルは思わず頬に口付けた。

「ベル」
「私は結構ですわ」

 目の前の甘いやり取りを見せつけられたテオドールは、真面目な顔をしてアリアベルの目の前にフォークを差し出す。

「……ベル……」

 息子を授かった時からテオドールの涙腺は緩みっぱなしで、そのうるうるな瞳で見つめられるとアリアベルも嫌とは言えず。
 気恥ずかしさを飲み込んでフォークを口にした。
 途端に笑顔になったテオドールを見ながら、アリアベルは彼の腹黒さを改めて見せられた気がした。

「そう言えば国の象徴として、鳥は何にするという案なんだが。
 我が国は『子授け鳥』にしようと思う」

 先頃周辺国では国を表すものとして、様々なものを当てはめていた。
 花は何か、魔法は、食べ物は、などなど。
 その鳥の部門を子授け鳥にしようという話。

「散々気まぐれに振り回されたからな。
 どうせなら国の鳥として囲い込む事にした」

 アリアベルはその理由に豆鉄砲をくらったような顔になった。
 子孫が栄えるように、などという理由ではなく、私怨によるものだと。

「まあ、良いのではないですかね」

 物申したい事をぐっと堪え、笑顔で返事をした。

「いいですね。僕たちにも早く訪れてほしいですからね」
「……そうですね」

 リディアの髪を取り口付けるオズウェルと、恥ずかしいので俯くしかないリディア。

「しかしあの鳥名前が無いんだよな」
「最近では幸せを運ぶ鳥とも言われているそうですね」
「幸せ……うーん、幸福……コウ……フク……」
「コウフクトリ?」
「それではそのままだからな」
「無難にコウノトリで良いのでは?」

 お茶を飲みながらリディアが発した言葉に三人が目を見開いた。

「よし、それにしよう」
「ヤキトリにならなくて良かったです」
「そうと決まれば議会に出して早速制定しよう。
 ベル、またあとで」
「え、もう行くんですか?……リディア、また夜に」

 立ち去るテオドールを追い掛けて行くオズウェルを見ながら、リディアは不思議な光景を見た。

 それは年上の金色の髪の王子を追い掛ける、オズウェルに似た男の子。
 近くにある花畑で花環や冠を作る女の子たち。
 それを優しく見守る王太子夫妻と、自分とオズウェル。
 二人の父親が抱くのは眠る赤子。

 更に、木の上でその様子を見守る美しい女性と、白い大きな鳥の姿もあった。

 それは紛れもなく幸せな時間。

「――ィア様?」

 名前を呼ばれ、リディアはハッとして辺りを見た。
 先程の幻影は無く庭の景色が広がるばかり。

 けれど。
 きっとそう遠くない未来の事だと、漠然と予感がした。

「……すみません、ちょっと、白昼夢を見ていたようです」
「あら、大丈夫?……貴女、もしかして、最近やたらと眠気が来るなんて事は無い?」
「そうですね。確かにちょっと眠いかもしれません」

 その様子にアリアベルは目を瞬かせた。
 けれど誤診があってはならないと、衝動を押さえる。

「もし、食の好みが変わった、とか、匂いが我慢できなくなった、ってなったら侍医に見て頂いた方がいいわよ」
「……?ええ、分かりましたわ」

 そう言われる理由が分からず、リディアは瞬いた。


 後日、言われた通りの症状が出た為侍医に見てもらった。
 その結果をオズウェルに知らせると、リディアを横抱きにし口付けの嵐を贈った事は押してしかるべしである。
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