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番外編〜リディア編〜
5.あなたに愛を
しおりを挟む「リディア嬢、すまなかった」
翌日昼過ぎ、これからの事を思案していたリディアのもとに王太子が訪れ、人払いをしたかと思えばすぐさま頭を下げた。
リディアの前のテーブルには数枚の紙があり、それには『鑑定結果』と書かれてある。
読み進めていくと、実験体1~10までの反応は一つを除き『✕』が表示されている。
実験の仕方はまず実験体の姿が見えないように触り、その後実験体が姿を現し触れる。
集中できるよう鑑定医たちは別室から監視し、一対一での実験とした。
協力した実験者は高級娼館の面々や接客を主にする女性たち。
『結果として被験者の男性器は特定人物のみに反応する』と書かれていた。
リディアが目を通す間、王太子は頭を下げたままだった。
この鑑定結果を見るに、反応しなかったのは自分だけでは無かった事に複雑ながらも安堵した。
「王太子殿下、頭を上げてください。
私はむしろホッとしているのです。
御二人に割って入るなどできるはずがないと思っておりました」
「それでも、すまない。側妃候補として迎える予定だったが、私は側妃を迎えるのは無理になってしまった。
結果的に振り回してしまった貴女の今後に責任は持つつもりだ」
誠実な人だと思った。
おそらく、リディアを子を成す為だけの存在として見ているならば例え反応しなくても子種さえ彼女の腹に与えれば良いのだからその提案をするはずだと思った。
だがそうはしない。
例え愛される事は無くても、妻として、一人の人間として接してくれようとしていたと感じ、リディアはこれ以上彼に対し負の感情は湧いてこなかった。
「ありがとうございます。……予定が無くなってしまったので、私は実家に帰ろうと思います。
幸い側妃ではなくただの候補でしたので瑕疵も付きませんから、どなたか御縁があればそろそろ嫁ぐ事も考えようかと思っています」
「希望の縁談があれば紹介する。既婚者や婚約者がいる者はさすがに無理だが」
そう言われ、思い浮かべるのはたった一人。
だが自信も無ければだからと言って彼を紹介しろなどとは言えなかった。
「お気になさらず。王家の御発展をお祈り申し上げますわ」
一度実家に帰り、父親と話した後、良い縁談が無ければ当初の予定通り、修道院に行こうと決意した。
その後荷物の整理をしていると、扉が叩かれた。
返事をすると入って来たのはオズウェルだった。
逢いたくて、会いたくなかったその人の姿にリディアは息を呑んだ。
「突然すみません。お話があって来ました」
真剣な眼差しがリディアを射止め、心臓が跳ねる。
先程固めた決意が揺るがないよう、リディアは目線をそらし侍女にお茶の準備を申し付けた。
「兄上との事はお聞きしました。……兄上の側妃にはならないという事ですよね。
この後はどうするおつもりですか?」
両膝に拳を置き、オズウェルは固く言葉を発した。
「お役目を果たせませんでしたので近日中にはここを出ようと思っています」
その言葉にオズウェルは弾かれたように顔を上げた。
顔は強ばり、悲痛な表情を浮かべて。
だが立ち上がり、リディアの前に来て跪いた。
「ここを出て、どこへ行くのですか……。
兄上の側妃にならないのなら、僕はもう遠慮しません。貴女を愛しています。
お願いします。僕と共にこれからを歩んで下さい」
オズウェルの言葉に、リディアは目を伏せた。
この手を取って良いのか躊躇した。
二人の男に拒否された事は自分の荒れた気持ちや仕方無い事もあったとはいえ同じ事が起きるのでは、と思ったのだ。
「私は……」
「兄上の件は聞きました。兄上は義姉上馬鹿なんです。僕は貴女を欲しています。
でも、閨が怖いならしなくてもいいです。でも、貴女のそばにいたい……」
自信無さげに、だが必死に訴えるオズウェルに、リディアの気持ちは揺らいだ。
今までの彼からの温かさを信じたい気持ちを思い、ぎゅっと目を瞑る。
手は震える。
本当は怖い。
けれど――信じたいと思った。
あの日支えてくれた彼を。
手紙を通して慰めてくれた彼を。
二人とは違う愛を囁いてくれた彼を。
「……婚約破棄はしないで……」
「しません。貴女と生涯を過ごしたい」
「閨を……放棄しないで……」
「一晩中貴女を愛します。嫌だと言っても離しません。辛くなったら抱き締めて眠ります」
リディアの瞳が潤んでいく。
差し出された手に、震える手を重ねた。
「私も、貴方の事が好きです。本当は王太子殿下から拒否されて嬉しくもあるのです。
初めてはせめて愛する人に捧げたかったから……」
「リディア嬢……」
貴族の義務として割り切らねばならなかった。
けれど、リディアとてあの日王太子がその気になれたとして、恐らく――拒絶していただろうと思った。
心が嫌だと叫んでいた。
身勝手なのは自分も同じだった。
オズウェルはリディアの隣に座り直した。
「僕に触れられて、嫌ではありませんか?」
その手は握られたまま。
「大丈夫です」
しっかりと、包み込む。
包み込まれた手から、温かさが沁みていく。
もっと触れたいと思うくらい満たされていく。
「リディア・ローレンツ侯爵令嬢、改めて申し上げます。
僕は貴女を愛しています。僕と結婚して下さい」
「……本当に私でよろしいのですか?」
オズウェルはリディアの手にそっと、触れる口付けをした。
「貴女以外、いりません。貴女がいいのです」
その言葉に瞳に涙を浮かべたままのリディアは微笑んだ。
「私で良ければ、喜んで。よろしくお願いします」
オズウェルは破顔してリディアを抱き寄せた。
ぎゅうぎゅうに抱き締め、何度も「ありがとう」と言った。
年上だから、彼には相応しい令嬢がいるから。
そう思わない事も無い。
けれど、差し出されたその手に重ねた時、どうしても手放したくないと思った。
誰から責められても、想いは譲れなかった。
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