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本編〜アリアベル編〜
33.慶事は続く
しおりを挟む王妃の懐妊が判明し、その日のうちにオズウェルから婚約したい女性がいる旨を告げられ、しかも既に求婚し了承を貰えたと王家に喜ばしい便りが続いていた。
翌日からアリアベルには王妃の執務が少しずつ振り分けられ、自身の執務と併せて忙しくしていた。
テオドールとの共寝も再開したが、多忙の為か彼が来るときには既に眠く、先に寝てしまっている事が殆どだった。
その事にテオドールは寂しく思いはしたもの、頑張っている妻に無理は言えず抱き締めて眠った。
あの日から一月が経過した。
王妃の悪阻は徐々に落ち着きをみせ、公務に復帰した。
そんな王妃を国王は甘やかし、鬱陶しがられている光景が日常茶飯事となっている。
オズウェルと、婚約者となったリディアは、そのまま離宮に住む事になった。
彼らにも執務を回すようになったからだ。
王族はただでさえ公務が多い。
今までは国王と王太子、王妃と王太子妃が担っていた為彼らの負担は多く、それゆえ閨事が減る為出生率の低下に繋がっていた。
だからテオドールは議会で負担軽減の為、オズウェルにも王族として公務を担って貰うよう提案したのだ。
「これからは正妃の子、側妃の子と関わらず手を取り合い公務をしていきたい。
そちらの方が張り合いもあるし派閥のバランスも取りやすいだろう」
今まで側妃の子らは臣籍降下、あるいは平民へと紛れて行きあまり国政に関与しなかった。
とはいえ、テオドールは側妃を持たない為最初で最後かもしれないが、側妃の子の待遇改善として、オズウェルにも継承権が与えられる事になった。
ただ、王太子はそのままテオドールが据え置きとなった。
元々「子を成さなければ国王にはなれない」という条件は、「国王になれば子を作る暇が無くなる」という配慮からというのが発覚し、それならば国王となっても子を作れるよう公務を分担すれば良いのでは?というふうに説得したのだ。
ちなみに現在の継承権第一位は王太子であるテオドールで、授かればテオドールの子が第二位以降となる。
テオドールの弟妹はその次、オズウェルは更にその次となる。
現時点でテオドールの子はいない為オズウェルが国政に関与し、いずれは王弟としても残る為そのまま離宮に住む事になったのだ。
そして、皮肉にも側妃教育をされたリディアが即戦力として重宝された。
アリアベルだけでは負担が大きかった為、オズウェルと婚約したリディアが手伝いを申し出たのだ。
彼女を利用してしまうようで、テオドールは最初渋ったが、最終的にはお願いする事にした。
「貴女には何から何まで助けてもらってばかりだな」
「これもまた、運命だったのだと思う事に致します」
彼女には一生頭が上がらないな、とテオドールは苦笑した。
国王の側妃セレニアは希望通り離縁し、ギルバートと再婚した。
現在は離宮を出てギルバートの屋敷に住んでいる。
「王妃殿下を見てたら、私も授かれるんじゃないかってちょっと思ってるの」
そう言って、ギルバートとの新婚生活を楽しんでいるようだ。
離縁の際王家から報奨として生活に困らないだけのお金と子爵位とその領地を貰ったので、夫と二人、のんびり過ごす事にした。
ちなみに彼女の実家は長年の王家からの支援もあり、既に復興を遂げている。
離宮は出たが、息子であるオズウェルがいる為時折訪れてはリディアとお茶をし、オズウェルから二人の時間が減ると煙たがられているとは離宮の使用人の談。
そんなやり取りも楽しく、離宮では笑い声が絶えないとか。
いつものように夜、王太子夫妻は夫婦の寝室にあるソファに座りその日あった事などを話していた。
「三ヶ月後に母上の懐妊とオズウェルの婚約発表の場を設けよう」
「賛成ですわ。王妃殿下の体調は大丈夫でしょうか」
「母上はお腹が迫り出して来るらしいから無理はできないだろう。常に医師を待機させておかねばならない」
三ヶ月後、王妃は妊娠七ヶ月になる為負担も大きい。
年齢の事もある為、短時間の顔出しくらいになるかもしれないが王家として祝いの席を設けないわけにもいかない。
話を聞きながら、アリアベルはうとうとしながら目をこすっていた。
「ベル、眠い?最近疲れてるからかな」
「……ん、大丈夫……」
言いながら瞼は重く、アリアベルはテオドールに寄り掛かった。
そんな妻を可愛いと感じ、つい口元が緩んでしまう。
「ベッドに行こうか。ここで寝るわけにもいかないだろう?」
「……ん……」
眠気に勝てず甘えたような仕草のアリアベルを横抱きにし、テオドールはベッドへ向かった。
「――っ!?」
が、突如アリアベルは口元を押さえ、込み上げるものを飲み込んだ。
「ベル!?どうした!?」
「テオ……、ごめんなさい、降ろして……」
「っあ、吐く?いいよ、ちょっと待って」
ベッドに向かう足をそのまま手洗い場へと向けた。
そっと降ろすと、アリアベルは我慢できず戻してしまった。
その様子に見覚えがあったテオドールは、使用人を呼び侍医を連れて来るよう指示した。
「ベル、全部出していいから」
込み上げる吐き気に抗えず、アリアベルは胃が捲れそうな程の苦しさに生理的な涙が溢れる。
テオドールに背中を擦られながらゆっくり息をし、吐くものが無いというくらいに吐き終え、口をゆすいでからぐったりとしていた。
「胃はどうだ?まだ痛むか?」
「……ええ。……胃の痛みは治ったと思ったのだけど……」
落ち着いたかと思えば再び襲い来る吐き気。
晩餐で頂いたものは全て出てきてしまった為料理人に申し訳無く思いながらも自身の意思では止められず、アリアベルは泣くしかできなかった。
そこへ叩き起こされた侍医が慌ただしくやって来た。
「妃殿下が戻されたと聞きました。今はどんな感じですか?」
「ずっと戻してる。今はもう胃液くらいしか出てこない」
侍医はアリアベルに断りを入れ、問診していく。
「以前俺が貰った薬はよく効いた。あれなら良いんじゃないか?」
「そうですね……」
侍医は少し考え、口を開いた。
「妃殿下、ここ最近やたらと眠たい事はありませんか?」
問われて、アリアベルは肯定する。
「では、以前は好きだったものが今は食べれないという事はありませんか?また、あるものをとても食べたくなったりなどはありますか?」
アリアベルは逡巡し、――肯定した。
「今までは平気だった匂いがだめになった、などは?」
戸惑いながら、これも肯定した。
「な、何か悪い病気なのか!?」
心配そうな表情のテオドールを手で制し、侍医は質問を続ける。
「妃殿下、月のモノが最後に来たのはいつですか?」
その言葉にその場にいた全員が目を見開いた。
アリアベルは無意識に自身のお腹に手を乗せた。
ここ最近忙しくて気にしていなかったが、毎月遅れずに来ていた月のモノは、今月まだ来ていなかった事に気付き言葉を失った。
「……今月はまだ……、来てないわ……」
震える唇を動かし、最後の質問に答えた。
侍医は頷き、使用人に魔術鑑定医を呼ぶように伝えた。
「魔術鑑定しないとはっきりとは申せませんが、王太子妃殿下はおそらく懐妊している可能性が高いです。
なので以前王太子殿下にお渡しした胃薬を処方する事はできません」
侍医の言葉に声にならない感嘆の悲鳴が漏れる。
その後魔術鑑定医が駆け付け、アリアベルの腹部を鑑定した。
「おめでとうございます。御懐妊ですよ」
確定診断を受け、アリアベルは口元を押さえた。
テオドールは無意識に妻の肩を抱く。
互いに顔を見合わせ、口を開こうとするが言葉にならない。
自然と目頭に涙が溜まり、ぽたりと伝った。
そんな二人を見て、侍医はじめ使用人たちは退室した。
積もる話もあるだろうからと。
言葉をかけたいけれど、見つからない二人はソファに座り込んだ。
「……夢、じゃ、ないんだよ、な」
ぽつりと、テオドールが口にすると、アリアベルもお腹に手を置いた。
「夢は嫌だなぁ」
お腹にあてた手に、テオドールの手が重なった。
そこに確かにある生命を感じるかのように。
「ベル」
テオドールはアリアベルの額に口付ける。
そしてそのまま額をくっつけた。
「ありがとう、ベル」
嬉しすぎて言葉にならない。
長い間待ち望んだ二人の子なのだ。
「お披露目はベルの懐妊も祝わなきゃだな」
驚きすぎて逆に冷静なテオドールに、少し不安になったアリアベルは、そっと腕を掴んだ。
「テオ……、その、……喜んでくれてる……?」
不安そうに、躊躇いがちに尋ねると、とたんにテオドールの涙腺は崩壊した。
「あ、当たり前だ、ろっ、ずっ、ずっと、待ってた。
何で母上に、とかっ、思、思って。ベルだって、待ってるのに、早く来てくれてたら、誰も、必要以上に傷付かなくて良かったのに、とか。そろそろ焼き鳥にしてやろうか、とかっ。
色々っ、ごちゃごちゃになって。
でもっ」
テオドールはそっと、アリアベルの背中に手を回した。
「やっと、嬉しい。ベルも、嬉しい?俺はもう、どうしよう、好きだ。ベル、好きだ。すごく、すごく、ありがとう、ベル、愛してる」
何が言いたいのか分からないような言葉にアリアベルは苦笑しながら、泣き続ける夫の背中をずっと擦っていた。
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