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本編〜アリアベル編〜

23.国王の事情

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 現国王であるアルベルト・アーサー・リトスと、王妃であるジルヴィアとは政略結婚である、とは表向き。
 真実はアルベルトがジルヴィアに惚れたからこそ結ばれた縁だった。
 元々二人は意地っ張りでケンカばかりしていた。
 そんな二人の間にいて仲裁していたのが、後の国王の側妃となるセレニアだった。

 アルベルトとジルヴィアの婚約は遅く、15の時だった。
 出会いが12で、最初から喧嘩をしていたものだからアルベルトがジルヴィアを選んだ事に当時の国王や王妃は勿論、ジルヴィアの親、それぞれの友人たちの誰もが驚いてた。
 それはセレニアも同じで、だが二人らしいと一番に納得したのもセレニアだった。

 やがてアルベルトがジルヴィアを振り向かせたい一心で彼女を口説き落とした頃には、現在のテオドールとアリアベル同様誰もが認める溺愛カップルとなり、18で成人し社交界デビューの一週間後に二人は結婚した。

 成婚から一年経過する頃にはテオドールを授かり、後継ぎとなる彼を挟んで眠るのはよくある事。
 それでもまだ若い二人、次は女の子がいい、いや後継ぎ候補は競う為にも男の子がいい、など言いながら次子を授かるのを待ったが――。
 ジルヴィアが授かる事は無く、数年過ぎた頃には周りから矢のような側妃の催促が始まった。

 次子を授かれない事が二人にプレッシャーを与え、次第に心を擦り切れさせた。
 ジルヴィアは特に体調に現れ、交合が愛し合う為のものではなく、子を成す為だけのものに思えて苦痛となった。
 愛撫しても濡れにくく、挿入に痛みを伴う。
 それでも我慢して夫を受け容れた。
 後継を設けるのは貴族、王族の義務だから、と。

 だがジルヴィアは既に一人、テオドールという掌中の珠を授かっている。
 我慢して、心を擦り切れさせてまで受け容れなければならないのか、と閨事をする度苦しんでいたのだ。

 だから、王妃は側妃を迎える事を進言した。

 国王は最初反対した。王妃を愛していたし、誓いを違えたくないと、王妃を説得した。
 あくまでも王妃との間に子を授かりたいのだと。
 だが次第に王妃は痩せ細り、月のモノも不順となった。 

 だから、国王は側妃を迎える事にした。

 迎えるにあたり、人選は慎重になった。
 白羽の矢が立ったのは、王妃を脅かす事の無い家柄の女性。
 ちょうど年頃で未婚の女性が一人だけいた。

 それが現在の側妃となったセレニアだった。

 元々伯爵令嬢だったが、実家は没落し名ばかり貴族となっていた為持参金が準備できず、適齢期を超えても未だ独り身だった。
 実家の両親を助ける為、セレニアは身一つで側妃となる事にしたのだ。

 アルベルトとジルヴィアの仲の良さは知っている。
 二人を助けたい思いもあった。

 ――誰にも悟られていない、ほのかな淡い想いを抱いた相手と子を成せるという、期待もあった。
 だが、国王から告げられたのは想いを打ち砕くものだった。

「私は貴女を愛せない。……だから私は自分に幻影魔法をかけた。
 今の私には貴女がヴィアにしか見えない。
 すまない。恨んでくれていい。私が今から抱くのは――ジルヴィアだ」

 国王は純潔であるセレニアをそれは丁寧に解し高みに導き、さながら愛されていると錯覚する程優しく抱いた。
 だが国王の瞳に映るのは愛する王妃。
 セレニアは身代わりでしかなく、二人の間に割って入ろうなどという考えは浅ましいものだったと羞恥に打ち震えた。
 と同時に想いを抱いた相手から抱かれても虚しいだけで、けれどこれは義務だと言い聞かせて事に及んだ。
 国王は中に放つとすぐに引き抜き、後始末を使用人に任せて退室した。

「御苦労だった」

 それは愛の営みではなく、ただ義務としてのもので、悲しみに震えたが幸い数回の閨で懐妊し、セレニアは第二王子となるオズウェルを出産した。


「ジルヴィアから見た私はいかにも側妃を愛しているように見えるだろうな。私から見た側妃はジルヴィアにしか見えない。彼女の姿をした者を無碍にはできない。
 だがふとした仕草はジルヴィアではない。
 だから側妃に対して子を生んだ女性として以上のものは無い」

 幻影魔法は解かない限り一生続くと言う。
 そうまでしないとできなかったのか、とテオドールは言葉にできなかった。

「テオドール、お前は王太子妃を愛しているんだろう。
 時には非情にならねばならぬ事もある。
 側妃に対して情けは捨てろ。正妻を悲しませたくないならな」

 それは後悔を抱える男からの忠告だった。

「男だって、好き好んで妻以外と閨をするわけじゃないんだがな……」

 ぽつりと呟いた父の姿が、テオドールには小さく見えた。

「あれからジルヴィアには拒絶されているよ。
 王位など誰が継いでもいいだろうにな……」

 国王らしからぬ言葉にテオドールは押し黙った。
 己の感情を取るか、公人としての振る舞いを取るか。
 王族はいつでも求められる。
 大きな権力に求められるのはいつでも大きな義務で。
 いっその事心を無にできたら楽だっただろう、と二人は思った。

「テオドール、優柔不断が一番質が悪い。
 正妃を取るなら側妃に情けをかけるな。
 一縷の望みが心を壊す。中途半端な優しさはかえって毒になる。
 覚えておけ」
「……分かりました」

 テオドールが退室したあと、国王は長く溜息を吐いた。

 側妃が懐妊後、一度も彼女を抱いていない。
 触れ合いは最小限にしなければ、彼女に期待を抱かせてしまうからだった。
 国王は側妃に対して不誠実に接した。

「陛下……っ、あいして……います……」

 最後の閨で最高潮に達した時、側妃がかぼそく呟いたのを聞いて――背筋が凍り正気に戻った。
 そのまま達した側妃は何を言ったのか認識していないようだったが、国王は中に放つとすぐに萎えてしまった。

 二度と抱けないと思ったが、幸いにして懐妊した為安堵したものだった。
 義務を果たす為に側妃が最愛に見えるよう自身に幻影魔法をかけ誤魔化し、最愛を抱くように丁寧に解し蕩けさせた事により側妃の気持ちは国王に寄り添ってしまった。
 だが国王は王妃以外を愛せない。
 抱いたのは子を成す為だけだ。

 側妃が懐妊し、義務を果たしたからと、アルベルトはジルヴィアとの閨を再開したかった。
 義務ではなく、ただ、彼女を愛したかった。触れ合いたかった。
 最愛を抱けず冷えた心を溶かしたかった。

 けれど、ジルヴィアに触れられなかった。
 閨を拒絶されてしまったのだ。
 閨だけでなく、口付けも、素肌を合わせて触れ合う事すら――。

「分かっているのです。貴方も、セレニアも、悪くない。義務を果たしたと、頭の中では理解しています。
 けれど、苦しいのです。触られると、気持ち悪いと思ってしまうのです。
 どうしようもないと、理解しているのに……」

 肩を震わせ泣きながら謝る姿が未だ脳裏に焼き付いて離れない。
 結局約18年、未だ王妃と共寝すらできず、国王は仕事に打ち込む事で孤独を紛らわせているのだ。


 その夜、意を決して国王は王妃の部屋を訪ねる事にした。

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