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本編〜アリアベル編〜

15.側妃候補との顔合わせ

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 側妃候補であるローレンツ侯爵家令嬢リディアが王城に入ったのは、打診を受けてから一月後の事だった。
 侯爵家領地にいたリディアが、荷物をまとめて王都にやって来るまでが半月、国王に謁見を申し込み受諾されるまでに二日。
 そして国王に謁見をした際、王太子と一度顔を合わせ、後日嫁ぐ条件の磨り合わせをする間に時間が経過していた。

「私はあなたを愛する事は無いだろう。あくまで後継を得る為の義務的な関係だ」

 王太子との顔合わせで、二人きりにされた時まず始めにリディアが言われた言葉がそれだった。
 リディアは元より承知で話を受けた。

「承知しております。私も殿下を愛する事はございません。あくまで私達は後継となる御子を設ける為の関係と心得ております」

 王太子はリディアの言葉に頷いた。

「ありがとう。だがあなたは私の妻となる。義務的な関係とは言え子を成す為の大切な方だ。
 蔑ろにする事は無いと誓う。
 あなたも希望があれば言ってほしい。できる限り叶える」

 王太子が自身の愛する妻を大切にしている事は遠く離れた領地にいてもリディアは知っていた。
 それでなくても異母弟であるオズウェルとの手紙のやり取りで二人がどれだけ愛し合い仲睦まじいかを綴られていた為、勝手に義兄のような感覚でいた。
 そんな彼が、例え愛する事は無くても蔑ろにしないと誓ってくれただけで安堵した。
 リディアはしばし考え、王太子に向き直る。

「では、嫁ぐまでに妃教育として半年から一年の猶予を頂きたく思います。
 側妃は正妃様の代わりとなりますでしょう?
 まあ要するに時間稼ぎですわね。
 それまでに王太子殿下夫妻に御子が授かりましたらこの話は白紙にして頂きたく思います」

 リディアの言葉に王太子は目を丸くした。
 子を成す為に覚悟を決めてやって来たはずだが、まるでその気は無いと言わんばかりの内容だったからだ。

「御二人の仲の良さは承知しております。私がいる事により猶予が生まれます。
 元より殿下方が側妃を望まないお気持ちはよく分かっているつもりです」
「だが……しかし……」

 リディアは一つ、笑みを浮かべた。

「妃教育が終えても御子を授からない場合、覚悟を決めますわ。ですが、王籍に入るのは閨が完遂してからでお願いします」

 王太子は思わず眉間に皺を寄せた。

「あなたはそれで良いのか?」

 王太子は、自分に都合良すぎる提案に訝しみ、困惑を隠せなかった。
 リディアは用意された紅茶を一口飲み、笑みを浮かべ真っ直ぐに王太子を見やった。

「構いません。私の事は協力者とでも思って頂ければと思います。
 ……と、差し出がましい事を申し上げましたが、私にも心の移行期間が欲しいだけなのです」

 今回の件は手紙の主であるオズウェルの憂いを取り除きたい為に希望したもの。
 婚約破棄された現場で唯一リディアを慮り、その後も傷を癒やしてくれた恩人でもある。
 その為自分にできる事をしたかった。

「……分かった。妃教育期間として十分な時間を設けるよう打診しておく。
 王籍に入るのも、閨も……。
 ありがとう。全てが終わればあなたに必ず恩を返す」

 リディアは一つ、瞬きをして再び微笑んだ。
 ――だが遠くの視界に映る景色に、逢いたかった人を見付け、気付かれないように視線をずらした。

『お前はテオドール殿下の側妃となる。誤解されるような行動は慎むように』

 父親から言われた言葉を胸に反芻すると、ゆっくりと呼吸をした。

(どのみち結ばれる事は無かったのよ……)

 淡い想いは心の奥底に閉まった。

 リディアは気を取り直し、胸の痛みを誤魔化すかのように王太子に話し掛ける。

「時に王太子殿下御夫妻は仲睦まじくいらっしゃいますよね。妃殿下のどんなところがお好きなのですか?」

 努めて明るく問い掛ける。
 すると王太子の表情がみるみると和らぐ事に驚いた。
 それはまるで、愛しい女性を思い出すと自然とそうなると言わんばかりで、リディアは目を丸くして見入った。

「ベルは……私の支えなんだ。婚約した当時王太子としてやっていけるか不安なのに『王太子』として振る舞わなければならないのが苦しくて。
 そんな私にベルはいつも側にいて励ましてくれたんだ。
 自分も王太子妃教育で忙しいのに。
 今では隣にいるのが当たり前で、いるだけで安らげる。何も邪魔しない、けれど目が合うと微笑んでくれる。いないと息苦しくなる。
 私はベルの前だけで『ただのテオドール』になれるんだ」

 アリアベルを語る王太子の表情は和らぎ、心から大切にしている事をリディアは瞬時に理解した。
 王族として生まれ、王族として生きる事は決して楽では無い。
 権力には相応の義務も生じる。
 生活の全てを見張られながら、分刻みにこなさねばならない。
 最高権力とは言うが気の休まる時は少ない。
 そんな時癒やしを求めるのだが、王太子は自身の妻がその存在なのだと語る。

「それだけではない。同じ価値観で物を見れるし、かと思えば新たな視点を教えてくれる。
 さりげない気遣いも、気配りも、……全てが愛おしい」

 そこまで聞いてリディアは苦笑した。
 これ以上話を聞いていると紅茶に砂糖を入れた事を後悔しそうだと思った。
 実際、惚気を聞いた後に飲んだ紅茶が甘ったるく感じ、用意された菓子に手を付けるのも躊躇うくらい。

 けれど、そこまで愛される妃殿下が羨ましくもあった。
 側妃となり解放されても――想い人との婚姻は望めないだろう自分とは違い、政略結婚でも想い合える事に少しばかり嫉妬した。
 とはいえ二人の間をただでさえ子作りという点で邪魔してしまう為、これ以上は望まない。

 未だに妻の惚気を話す王太子の向こうにいる人が視界から去ったあと、誤魔化すようにお茶を飲み干した。


 甘い話を聞いているはずなのに。
 先程と同じお茶のはずなのに。

 何故か少しばかり苦かった。
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