上 下
14 / 53
本編〜アリアベル編〜

13.第二王子オズウェル

しおりを挟む
 
 テオドールとアリアベルが決意を固めている頃、一人の男も動き出した。
 テオドールの異母弟であるオズウェルだ。

 テオドールの7つ下である彼は側妃の子として誕生し、母の愛情を受けて育った。
 父親である国王との交流は必要最低限だった為か、成長するにつれ自分の立場をよく理解して立ち回った。
 そんな中、王妃と異母兄であるテオドールとは少なからず交流する事ができた。
 王妃は個人の思いはあれど、オズウェルに対して悪感情は無く、また兄弟姉妹を得られないテオドールに半分血の繋がった弟と手を取り合ってほしいという王妃としての願いから交流はしていた。

「僕は将来臣籍降下して兄上をお支えします」

 それが幼い頃からの彼の口癖だった。
 現時点で成人してはいないが既に17歳。
 テオドールが10歳の頃にはアリアベルと婚約していた事を思えば未だ婚約者がいないのは異例の事である。
 その理由の一つが、王太子夫妻に子がいないから。
 王太子の次代の地位が盤石になってからでも遅くはないと考えているオズウェルは、自身が次代を繋ぐ事に消極的である。
 側妃派が担ぎ出す事を良しとしないのは、あくまでも自身はテオドールの代わりと弁えているから。
 兄が健康上で何の問題も無いなら自身は不要であると位置付け、だが弟として支えたい思いがあるから今は婚約者がいないのだ。

 というのは表向きの理由。

 本当の理由は、また別にあった。
 それは秘めたる彼の想いから。
 だが、それを言うのは躊躇われた。

 想い人はとある高位の貴族令嬢。
 現在は中立派だが、側妃派の後ろ盾にも成り得る家柄だった。
 それゆえ、兄と対立できないオズウェルは自身の気持ちを言い出せずにいる。

 女性とはとある夜会で出逢い、それ以来手紙のやり取りを続けている。
 交流を途切れさせたくなくて何とか言葉を捻り出し、庭の花が咲いたとか、小鳥が巣を作ったとか、他愛も無い話を綴ると、丁寧な言葉で返事が来るのだ。
 彼女からの返事を楽しみにしている自分に気付いた時、気持ちは日に日に募り、溢れ、胸を締め付ける。
 だが相手はオズウェルの気持ちを知らない。
 言ったところで相手にされないか、恐縮されてしまうのを恐れたオズウェルは全貴族が集う王宮主催の夜会でしかその女性に会えなかった。……それも短い間だけ。

 女性に婚約者がいない事は知っている。その理由も。
 ならば今のうちに……。
 そう、思いつつも自身の背景を思えば一歩も動けないでいる。

 だが、状況はオズウェルにとって悪い方へ向きそうだと予感がして、彼は足早に急いだ。

「失礼致します。義姉上、いらっしゃいますか?」

 アリアベルのいる執務室の扉を叩き、オズウェルは早る鼓動を押さえながら返事を待った。

「どうぞ」

 間を置かずにアリアベルの返事を聞くや、がちゃりと扉を開け、執務机に一直線にやって来たのだ。

「義姉上、お忙しいところすみません。兄上の件でお聞きしたい事がございます」

 心なしか焦りを感じているような義弟の様子に、アリアベルはペンを持つ手を止め彼に視線を向けた。

「どうされましたか?」

 義姉に尋ねられ、オズウェルは表情を強張らせたまま息を呑み整える。そしてひと呼吸してから、口を開いた。

「兄上に側妃を、というのは本当ですか?」

 どくり――とアリアベルの心臓が波立った。
 確かに側妃を迎えるよう進言し、テオドールは受け入れた。
 現在は候補の選定をし、テオドールが一人の令嬢を指名した事も伝えられた。

「殿下に側妃を、と進言させて頂きました。殿下は候補をお一人指名なさったそうです。
おそらくそう遠くないうちに側妃として迎えられると思います」

 あくまでも事務的に、ただの事実として義弟に述べた。その間もアリアベルの胸中は重くなり、ズクリと痛みが走る。
 けれどもそれをやり過ごす。

「そう遠くないうちにって、義姉上はそれで良いの!?」

 心底心配するようなオズウェルに、アリアベルは目を細めた。

「オズウェル様、殿下が国王になる為には子を成さねばなりません。時には良くはなくても良しとせねばならない事もあるのです。
 私たちは王族。個人の感情よりも優先すべき事がございます」
「でもっ、それじゃあ義姉上の気持ちはっ……」

 拳を握り締めオズウェルは俯く。彼とて一途な国王の子なのだろう。愛する者が他の異性と交わる事を良しとしないというのが伝わって、思いやってくれる気持ちに温かな思いが芽生えた。

「オズウェル様、ありがとうございます。私は大丈夫。
 今は辛くても、いつかは慣れるわ」
「義姉上……」

 オズウェルは今でこそ自身の生まれを歯がゆく思った事は無い。
 自分が側妃ではなく正妃の子であれば、派閥の関係など気にせず代われたのに。
 もしそうなら、兄夫婦に子が無くても正妃の血を受け継ぐ次代を残したいなら自分が成せば良い。そう思った。
 オズウェルも魔術検査で問題無いことが証明されている。
 だから正妃の子なら、王太子を交代しても良いと考えた。

 けれど、オズウェルは側妃の子。
 継承権はあれど飾りのようなものだ。
 受け継げないわけではないが、気持ち的にも兄の能力と比較しても及ばないのは承知している。

「こんな時に役に立てないなら何で僕は……」

 オズウェルは俯いたまま歯噛みした。
 たった一つの憂いで先に進めないでいる。
 自身の身に流れる血を呪ったことなど一度も無かった。
 側妃である母から生まれた事を感謝しこそすれ、悔やんだ事も勿論無い。
 ただ、兄夫婦が悩み苦しんでいるのに、手を差し伸べる事ができない自分の存在が悔しかった。

「オズウェル様、お気になさらず。
 側妃を迎え、無事に子を授かれば貴方の婚約もすぐですよ。今のうちに良きご縁ができるように取り計らいます」
「ありがとうございます……。でも、自分の婚約は自分でどうにかします……」

 もう迎える事は決定だと言わんばかりの言葉にオズウェルは悲痛に顔を歪めた。
 自分の存在が王妃にどんな影響を及ぼしているのか知っている。
 義姉には王妃のような気持ちになってほしくない。

 だが、アリアベルは意思を固める。
 周りが反対しても、頑なに。

「お忙しいところすみません。僕は失礼致します……」 

 オズウェルは一礼して、退室しようとした。
 だが、ふと思い至り疑問を投げる。

「側妃候補はもうお決まりと言いましたよね。その方がどんな方かご存知ですか?」
「ええ。派閥に影響の無い中立の侯爵家令嬢と伺っているわ。……ちょうど、3つ下で適齢の御令嬢がいらっしゃるそうよ」

 オズウェルはドアノブに掛けた手を止めた。
 ドクン……と一際大きな音を立てる。

「その……御令嬢の、名は……」

 その名を義姉から聞いた瞬間、オズウェルは叫び出したくなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ
恋愛
 夜会が苦手で家に引きこもっている侯爵令嬢 リリアーナは、王太子妃候補が駆け落ちしてしまったことで突如その席に収まってしまう。  氷の王太子の呼び名をほしいままにするシルヴィオ。  取り付く島もなく冷徹だと思っていた彼のやさしさに触れていくうちに、リリアーナは心惹かれていく。けれど、同時に自分なんかでは釣り合わないという気持ちに苛まれてしまい……。  堅物王太子×引きこもり令嬢  「君はまだ、君を知らないだけだ」 ☆「素直になれない高飛車王女様は~」にも出てくるシルヴィオのお話です。そちらを未読でも問題なく読めます。時系列的にはこちらのお話が2年ほど前になります。 ※こちら同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...