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最終章〜縁の糸の結び直し〜

10.お父様、さようなら

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「……――っは……!!」

 ランスロットが気付いた時、再び罪人の塔の部屋にいた。
 荒く息を吐き、慌てて首を触りしっかり繋がっている事を確認する。

「生き……てる……」
「罪人ランスロット、出ろ」

 生を確認した後、先程の門番が再び声を掛けた。
 ランスロットは訝しげに見ると、同じ言葉を発した。

「俺は王族だぞ、無礼だろう……?」

 ランスロットを引きずるようにして門番は言う。

「何を言っている。国王だった男が退陣した後貴族会議で全ての王位継承権は剥奪されただろう」
「……――っ」

 声無き悲鳴を呑み込み、再び罪人の塔を降り外に出ると処刑場。
 断頭台には首の無い父親の姿。

「売国奴! さっさと死んじまえ!」
「貴族の好き勝手にさせるな!」

 民衆の怒号も先程と同じ。

「静粛に! 静粛に!
 今しがた一度目の処刑が終わった。次は二度目のランスロットの処刑を始める」

 ライネルの声が響く。

「お父様、遊びましょう。お父様は罪人役です。今度は何の罪が良いですか?」

 エレインは鈴の鳴る様な声で歌うように言った。

「なん、で……ここ、は……」

 ランスロットの戸惑いにライネルは無表情で答えた。

「ここは貴方が時を戻す前の捨てられた世界。
 つまり僕たちが生きていた時間軸。
 僕たちはここでなら存在できる。
 純粋に僕たちは貴方と遊びたかったんだ」
「遊びって、遊びで処刑なんて……」
「大丈夫ですよ。『カリバー公爵夫人が亡くなったから時を戻って、生き返ったじゃないか』
 先程の言葉通り、時を戻せば無かった事になって生き返りますから」
「――ぅ、ぁ……」

 ランスロットは足が震えた。
 この二人はなんだ、何者なのだ、と。

「魔女さんがここはいずれ時の狭間に追いやられて破棄されるって言ってたからお父様と遊ぶ場所を提供してもらったんだ」
「だから、お父様、私たちの気が済むまで遊びましょう」

 天使のような悪魔の笑みで二人はランスロットを誘う。

「な、ぜこんな事をするんだ」
「お父様は僕たちを裏切った」

 ランスロットの言葉をライネルは途中で遮った。

「お父様は私たちを愛しているんでしょう?」
「愛している人に裏切られる気持ちはどう?」

 二人に言われ、ランスロットは二の句が継げない。
 彼は今まで散々妻を、子どもたちを裏切ってきた。愛しているという言葉を免罪符として。
 知られるはずもない事だった。
 子どもたちは「仕事だよ」と優しく言えば物分り良く我儘を言わなかったから。

「僕たちに我慢を強いて、好き勝手してきた罪を償ってもらわなきゃ」
「ライ……エリー、ごめん。すまない。償う。償うから処刑はやめて普通に遊ぼう……?」

 半ば表情を引きつりながらランスロットは訴える。

「うーん、いいよ。じゃあ普通に遊ぼう」

 あっさりと了承された事にランスロットはホッとする。

「あ、でも気に入らなかったら処刑だからね」
「……っ、あ、ああ、気に入られるように努力するよ……」

 冷や汗を掻きながら答える。自分は子どもたちを愛しているから大丈夫だ、と変な自信が湧いてくる。

「じゃあクイズをします。答えられたら私からお父様の頬にキスをします。
 答えられなければ処刑します」
「罰が重い!」
「一問目! 私、エレインの大好きな食べ物は何でしょう」

 こんなの答えられて当然だ。

「ケーキだ。苺の乗ったケーキ」

 エレインは目を丸くして頬を紅潮させた。それを見てランスロットは手応えを感じる。――だが。

「嫌だわお父様、私はレディなのよ。ケーキを食べたら太ってしまうわ。
 私の大好きな食べ物は鶏肉よ。脂身の無い部分をボイルして割いてサラダにしたものが好きなの。
 愛しているくせに知らないのね」
「エレインはいつも体型を気にしていたもんな」

 そんな事は無いだろう、とランスロットは混乱した。
 エレインはいつも頬にクリームを付けながら目を輝かせてケーキを頬張っていたのだ。

「ま、待ってくれ、そんな、エリーはサラダは嫌いだったはずだ」
「ああ、申し遅れましたがここは時の狭間に追いやられる空間。時を戻すも進めるも自在なのです。ほらこのように」

 先程まで幼子だったエレインは、母によく似た美しい姿に変わった。

「この姿の私はケーキより鶏肉を食べておりました。だって、貴方のせいで王族は継承権を剥奪の上実家に帰されたお母様は私たちと領地に追いやられてしまったので、ケーキなんて贅沢なもの食べられませんでしたもの」

 ランスロットは目を見開いた。そんな事になっているなんて知らなかった。

「まあこれは正しく時が進めばの仮の姿。
 あったかもしれない未来。
 貴方が理不尽に奪った私たちの未来の重さは処刑してもし足りないくらい重いのよ」
「僕たちだけでなく他にもいるしね」
「そういうわけで、処刑します」
「そんな……理不尽だ!」

 再び男たちに引きずられランスロットは断頭台に据えられ、再び刃に散った。


 そしてすぐに意識を取り戻す。

「次は何をして遊びましょうか?」

 エレインは首を傾げながら父に問う。
 そうして、ランスロットは魂の髄まで処刑を刻まれたのだった。


「随分と長い事遊べたんだね」
「ずっと我慢してましたもの。まだ足りないくらいだわ」

 エレインは久しぶりに会えた長兄ガラハドに向かってぷぅと頬を膨らませた。
 まだ親に甘えたい盛りの彼女は心の底から父親が大好きだった。
 それ以上に母と兄が大好きだった。
 だがよく分からないうちに未来を奪われ、魔女の庵で呑気に再び生まれる事を待っていたのに、一向に生まれず、母は違う子どもを生んだ。

「お母様も酷いと思うけれど、お父様のせいだもの。最初からお母様を大切にしていたら、私たちは何の問題も無く生まれたのに」

 時を戻り縁を違えた事により器が消滅し行き場の失くなった子らの絶望は計り知れない。
 誰にも思いを告げられない者たちの矛先の向けられない怒りを発散させる為、魔女は時の狭間に放棄される時間軸である一度目の場を切り取り子どもたちに与えた。

 マクルドが捧げた愛による時戻りの際、ガラハドが父に憑依する事を申し出た為入れ替わるようにして呼び出しライネルとエレインに与えた。
 彼らが純粋に遊ぼうが父親を処刑しようが自由にさせたのだ。

「でも、もういいの。生まれなくても」

 幼い心に何を決意したのか。
 その瞳は王族の矜持を宿していた。


 その後、現世のランスロットは結局処刑された。
 魂の底まで処刑の恐怖を味わった彼は断頭台に上がる時暴れたが、スタンの拘束の魔法で大人しくなると恐怖に顔を引き攣らせた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてください、助けて、いやだ、ねえ、お願い……」

 あまりの恐怖に子ども返りしたが、マリウスは冷たく見放した。
 その傍らに見据えるように立つヴィアレットにも縋るような目線を向けるが無表情に見下されるのみ。

「レッティ……、レッティ、ごめんなさい……」

 双眸からあふれる滂沱を見ても心が動かぬよう、ヴィアレットはかつて愛した人を見据えた。

「先に、子どもらに謝罪していてください。
 ……私も、そう遠くない未来、いきますから」

 隣にいるマリウスにも聞こえない程の呟きは、断頭台の刃の音にかき消された。


 ランスロットが現世で露と消えた後、再び魔女に喚ばれ庵にいた。

「これに懲りたかの」
「だれだ……」

 魔女がランスロットに声を掛けると頭を抱えた彼は魔女を睨みつけた。

「魔女さん、ありがとう」

 その後ろからライネルとエレイン、そしてガラハドが姿を現した。

「本当に良いのか?」

 魔女が納得いかないという顔をして三人を見据える。
 代表してエレインがにっこりと笑い、「これで良いの」と言った。

「お父様。……お父様は現世でやった罪が重すぎて楽園に行けないそうなの」
「だからね、僕たち魔女さんにお願いして、お父様に付いて行こうと思ってる」

 ランスロットはゆっくりと目を見開いた。
 楽園――即ち、死後に行く場所。
 見渡す限りの花畑が広がる、その名の通りの約束された理想郷。
 そこで魂は浄化され、転生へと向かって行く。

 だが現世の行いで罪を重ねると魂が重過ぎて昇れず、逆に地底の奥底へと追いやられてしまう。
 ランスロットはあまりにも人を傷付け続け、反省もしなかった為どんどん重くなり楽園へ行く事はできないと判断されたのだ。

「お前たちは何も罪を犯してないじゃないか」

 エレインはふるふると頭を振った。

「お父様の魂に刻むように、命を弄んだ罪で私たちも楽園に行けなくなったの」
「それに王族は連帯責任。僕たちもお父様と一緒なんだって」

 ランスロットは震えながら魔女を見る。魔女は痛ましげに子どもたちを見ていた。

「そ、んな……俺の犯した罪で……。何とかならないのか、魔女……」
「悪いが魂の逝き先については管轄外だ」
「そこを何とか……」

 魔女は顎に手を当てふむ、と思考する。

「そうだねぇ。……親のお前が子どもたちの罪を背負うなら子どもたちだけは助かるやもな」
「魔女さん、それはダメだよ。罪は罪、僕たちはちゃんと償わなきゃ」
「そうだ。どんなにクズ親でも血が繋がっているだけで切れないんだ」

 魔女の言葉に子どもたちは反発した。
 それを見てランスロットは初めて己のした事を振り返り羞恥にまみれた。成人してもいない子が王族として矜持を守ろうとしている。
 また、血が繋がっているというだけで親を見捨てない子どもたちの深い愛に感動し、彼は己を振り返り決意した。

「魔女、子どもたちの罪は俺が背負う。だから、子どもたちは楽園に行かせてやってくれ」

 どこかすっきりしたような表情に、魔女は問い掛ける。

「構わないが、……後悔は無いか?」

 ランスロットは力強く頷いた。

「ああ。親として最期の責任を果たす。
 後悔なんか、あるわけがない」

 魔女はニヤリと嘲笑った。

「ありがとう、お父様」
「さようなら、お父様」

 ライネルとエレインが笑顔で言う。
 それに違和感をおぼえながら、ランスロットが口を開こうとした時。

「最期まで愚かなお父様でしたね。
 ライネルとエレインがした処刑は、破棄される時間軸での出来事。加えてお父様は魂だけの存在だったので二人の罪は無効。
 むしろ時戻りして無かった事になってるのでそもそも二人には罪が無いんですよ」

 ガラハドの言葉にランスロットは狐につままれたようにぽかんとした。

「さようなら、お父様。最後に……嘘を吐かれた気分はどうですか?」

 ランスロットは黒い靄に包まれる。
 その逝く先は地獄。
 感じたものは後悔。
 だが「後悔なんてあるわけない」と宣言した手前何も言えない。

(時戻りの時も……同じ事を……)

「成長しませんでしたね」

 ガラハドの声を遠くに聞きながら、ランスロットは地獄へと送られた。


「そろそろ逝こうか、ライネル、エレイン」

 ガラハドに誘われ三人は楽園を目指す。

「お母様来るかな……」
「分からないけど、待ってみよう。それまではお兄様と遊んでよう」
「私、絵本がいいわ。お兄様が読んでくれるの、楽しみだったのよ」
「僕もお勉強見て下さいね」
「いいよ。お母様が来るまでの短い間だけどね」

 三人は光に誘われ、仲良く楽園へ導かれて行った。

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