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二回目

14.時戻り後のリリミア

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 時戻りをして、幸せになれるか否かは自分がどう行動するかによるだろう。

 何の根拠も無く思い込みだけで行動し、他人の愛に甘えた者に幸せなど訪れるはずがない。
 己の行動一つが相手を変えるきっかけになるのだから。


 リリミアが自分が死んだ後気付いたのは、バラム伯爵邸自宅のベッドで目を覚ました時だった。
 なぜ、と思う間もなくリリミアは自分を心配して涙を流す両親の姿を目に入れた。

「リリミア……!!」

 母に抱かれ、リリミアは困惑を隠せない。
 母の肩越しに見えた父と兄も、その瞳に涙を浮かべていた。

「お母様……?」
「ごめんなさい、リリミア、ごめんなさい……。ああ、貴女に会えた。ようやく……」

 母が泣きながらリリミアをきつく抱き締める。
 だがリリミアは何が起きたか把握できずぼんやりとしたまま虚ろな目を瞬かせた。
 その表情に父と兄も悲痛な表情を浮かべ、溢れそうになるものを堪えるのに必死だった。

「お母様、何だか若いわね。……死んだから幸せだった時に戻ったのかしら……」
「いいえ、リリミア。貴女は生きているわ。生きているの。ああ、また生きて会えるなんて……」
「生きて……いる……?」

 リリミアはゆっくりと自分の手を動かした。
 開いたり握ったりして感覚を確かめ、自分の頬に手を当ててみる。
 途端にぞわりと背筋が寒くなり、リリミアは震え出した。

「どうして? なぜ? いや、やっと、逃げられたのに……どうして……」
「リリミア……?」
「ねえ今は何年? ねえ私は今何歳?」
「落ち着いてリリミア、貴女は今17歳よ。
 王都立学園に入学して二年目で、今は長期休暇中。七日後に新学年が始まるわ」
「そしたらもう子どもがいるくらいじゃない!
 裏切った後じゃない……!!」

 リリミアの言葉に三人は顔を見合わせた。

「リリミア……貴女、まさか」

 取り乱すリリミアを何とか窘め、落ち着かせてから父であるバラム伯爵は言葉をかけた。

「リリミア、私たちはどうやら時間を巻き戻っているらしい」

 リリミアはその言葉に目を見開いた。

 両親と兄が言うには、気付けば時を遡っていたと言う。
 リリミアは自分が死んだ後の事を聞いた。

 葬儀の際、夫であるマクルドと娘のマキナが棺から中々離れず泣き叫んでいた事。
「何故、どうして」と言いながらだと聞いた時は思わず失笑してしまった。
 そして自分がまだ笑えた事に驚いた。

 その後、マクルドは魅了魔法がかかっていた事が分かり、禁術治療の為魔塔に幽閉された。

 エクスとマキナは寄宿学校に戻ったが、前代未聞の事件の関係者という事で責められ、マキナは耐えきれず退学した。
 その後はマクルドの両親が公爵位に戻り、そのまま公爵邸に住んだが気鬱になり閉じこもりがちになってしまった。
 何度も母の亡くなった時の姿を夢に見ると不眠になり、そのうち一家は親族に爵位を譲り領地に行ってしまった。

 エクスは15で寄宿学校を卒業し、公爵家には帰らずそのまま神職に就いた。
 彼が退学をしなかったのは、学費がリリミアが働き得ていた領地からの収入だったからだ。
 卒業までの分を前払いされていたので、周りからの責苦を受けながら卒業まで耐えた。
 友人たちは離れ、孤独だったとは社交界での噂。

 そんな話を聞いていると、気付けば時を遡っていたという。

「私たちは……時間を巻き戻ったのね……」

 家族の話を聞き、リリミアは連絡が取れなくなった後の事を話し始めた。
 あまりに辛く苦しい内容は一気には話せず、時間をかけてゆっくりと話した。
 途中泣きながら、呼吸も苦しくなりながら。
 その度家族が優しく抱き締めたり頭を撫でたり。
 休憩を挟んだりして全てを吐き出した。

「辛かったね……」

 最期の方のリリミアは、何も感じることができずにいた。
 何が辛く、何が楽しく、何が幸せなのか。
 全ての感情を捨てなければあの異常な空間で生きる事は無理だったのだ。
 だが母から「辛かったね」と言われ、ようやく自分が辛かったと認識できた。
 バルコニーから身を投げたのは衝動やマクルドの子を二度と生みたくない気持ちもあったが、とにかくそこから逃げたかったのだ。

 翌日リリミアは高熱を出した。
 辛かった記憶が鮮明に残っている為身を引き裂かれそうな痛みに耐え精神的に参ってしまったのだ。
 三日間うなされ、ようやく熱が下がった時には再び虚ろな表情をしていた。かと思えば机で書類を捌いているような仕草をする。
 慌てて止めるとハッとして戻るが、日中はそこにいなければ落ち着かない様子だった。
 死んでそのまま巻き戻ってしまった為、リリミアにはあの辛い日々がまだ続いているような錯覚をしていたのだ。

「リリミア、婚約は解消しよう」

 父に言われ、リリミアはそれが良い、できるならばそうしたいと思った。
 だが相手は公爵家。伯爵家の実家では太刀打ちできない。

「元々この婚約はマクルドがリリミアに一目惚れしたから成り立っていたものだ。
 今の時点で既に不貞しているなら破棄理由になる」
「会いたくないならリリミアは領地で静養すれば良いわ。学園は休学してね。お母様も一緒に行くから。
 心労だって言えばあちらも納得するわよ」

 両親に言われ、リリミアは領地に行く事にした。

 だがこのままただで婚約解消しても良いのか。
 何もせずおめおめと逃げるだけで良いのか。

 リリミアの中に沸々と仄暗い感情が芽生えつつあった。
 今の所は淑女の矜持としてそれを押さえていられる。
 今はただ、巻き戻った事に理不尽を感じていた。

「領地に行くなら今ならあいつもいるぞ」
「あいつ?」

 兄シヴァルが思い出したように言った。

「父上は覚えてるだろ? リリミアの葬儀に一緒に来たあいつ」
「まさか」
「そう。あいつ一応大国の貴族だからな。いざとなったら実家に頼らせてもらえばいい」
「だがそう簡単に頼れるのか? そもそも記憶があるかどうか……。
 というよりどういう知り合いなんだ?」
「多分あるよ。めちゃくちゃ怒ってたから。面倒見の良い奴だから助けになってくれると思う。
 どういう知り合いかは俺が留学してた時に知り合った奴だよ」

 シヴァルは一年前まで留学していた。
 その際に知り合い意気投合し仲良くなった。
 自分の身の置き場を探していたその男に将来自分が領地を経営するにあたり信頼できる者がいてほしいという事で家令として誘ったのだ。

 リリミアは父と兄の会話を聞きながらぽろりと涙を零した。

「あ……」
「リリミア……」

 何度も枯れたはずの涙。
 まだ流れ出る事に驚きはしたが、この涙は以前とは違うような気がした。

「誰かが私の為に怒ってくれるのが……何だか不思議で……信じられなくて……」

 時戻り前のリリミアは孤独だった。
 寄宿学校に行って意識を変えたエクスとマキナがマクルドに言った事は知らない。
 だから今初めて、彼女は味方ができたと、共感してくれる人ができたと、心底嬉しかったのだ。

「リリミア、もう一人にはさせない。
 前回は何もできずに死なせてごめんな。
 リリミアはやり直したくなかったかもしれないが、こうして会えて、俺は嬉しい」

 兄の優しい声がリリミアに染み渡る。

 自分はもう孤独ではない。
 それだけで、リリミアは少し生きる希望を見出していた。
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