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一回目

10.魅了

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 魅了。

 それは禁術として扱われた古代の魔法。

 例えば立ち上がる時に手を貸した。
 探しているものを教えてくれた。
 買い物した時にオマケをしてくれた。
 そのときに少しだけ芽生えた好意を増幅し狂信的に信奉者にするもの。

 時として恋愛に於いて意中の相手がいる時に使用され、歴史の上で度々問題視されていたそれは、時の王族に使用された事で前代未聞の大惨事に発展した事で封印され、二度と使用者が出るはずのないものだった。

 この世界に於いて魔法とは、体内に宿る魔力回路を巡らせる事により使用が可能となる。
 術式は予め構築され、魔法省管理の魔塔で登録されたもののみ使用できるのだ。

 禁術とされるものは魔塔の奥深く、禁術書庫に厳重に封印され、使用が制限されたり禁止されたりしている。
 魅了は勿論、破壊、洗脳、即死、傀儡、など。
 主に他人に害を与えるものは一律禁術として管理され、誰にも使用できないはずだった。

 だが何が原因か、稀に禁術を操る者が現れる事があった。
 今回のメイ・クインがそうである。
 メイ・クインは、魅了の禁術をとある方法で得て発し、周りの者を虜にし――最悪の事態を招いた。

「少しの間しか影響を受けなかった僕も、数年はおかしいと言う事に気付けなかった。
 ちょっと回想するだけでみるみるうちに増幅されるんだ。細胞の一つ一つに染み渡るようにね。本当に忌々しい魔法だよ。
 おかげで僕は婚約者と結婚できなかった。
 王家に言ってもあしらわれて解呪の術式の研究も捗らずこんなに遅れてしまった。
 ……どうやら遅すぎたようだね。
 メイ・クイン。きみは稀代の悪魔女だよ」
「スタン……。酷いわ。私はみんなと仲良くしたかっただけよ」
「目を潰せ。魅了は目から発せられる」

 スタンの合図で周りにいた騎士たちがメイを拘束し、その剣のひと振りがメイの両目を切り裂いた。

「きゃああああ! 痛いわ! スタン酷い!」

 溢れ出る血を両手で押さえながらメイは叫んだ。
 誰もが表情を歪め、息を呑む。

「スタン、何故……。メイがかわいそうだろう」

 ガウエンが庇うがスタンは一瞥するのみ。

「お前たちがその女を庇い続けたから一人の女性が亡くなったんだ。
 事情は聞いたがおかしいと思わないのか?
 マクルド、お前もそうだが、じゃあ聞くがな。
 その魅了魔女と亡くなった夫人と、どちらがかわいそうだ?
 言い換えようか?
 男四人と乱れ爛れた自堕落な生活を送る女と、ひたすら孤独に仕事のみをさせられている女。
 どちらが楽で、幸せなんだろうな?」

 スタンの言葉にマクルドはリリミアを抱き締めている力を強めた。
 冷たくなりゆく体に、雫が落ちる。
 己がしてきた事が思考を巡り、拭い去れない罪悪感が彼を打ちのめす。

 学園に入学して、何故メイを優先してきたのだろう。
 何故、大切にしたいと思ったリリミアを死なせているのだろう。
 ――何故、男四人を相手に痴態を晒していたメイをかわいそうだ、愛おしいと思えたのだろう。

 全ては魅了のせいだ。
 魅了されたから正常でいられなかった。
 魅了されていなければリリミアを大切にし、マキナと親子三人で――。
 エクスはいなかったかもしれないが、今頃はもしかしたらあと二人くらいは増えていたかもしれないのに。
 彼はそう考えていた。

 だが、魅了されていたから。
 それは何の言い訳にもならない。
 マクルドが魅了されていた間、リリミアは虐げられ続け、自分を死に追いやる事すら厭わないくらいに心を壊していた。
 魅了されていたからとはいえ人を人として扱わなければ誰だって逃げたくなるし壊れてしまう。
 どれだけ言い訳しても結果は最悪の事態を招いた。
 マクルドの罪は大きいだろう。

 人は死んだら戻らないのだ。

 マクルドはリリミアを横抱きにしたまま立ち上がった。

「……もう、苦しませたりしないからな……」

 リリミアを弔う為に、これからしないといけない事は沢山ある。
 マクルドはあふれる涙をそのまま、本邸へと入って行った。

 騎士に取り押さえられ未だ喚き続けるメイを一瞥し、エクスはマキナを立たせた。
 崩れ落ちたまま力の入らないマキナは肩を震わせながらエクスに手を引かれ支えられながら本邸へと向かう。

「魅了の魔女を連れて行け」

 スタンの合図で騎士たちがメイを引きずるようにして連行した。
 メイは喚き散らしていたがそのうち沈黙の魔法を掛けられた。
 ガウエンは止めようとしたが、スタンに睨まれ歩みを止めた。

「……騎士団長はさぞお嘆きだろう」

 かつての友人に肩を叩かれ、ガウエンはその場に立ち尽くした。
 自分はメイを愛している。
 婚約破棄をした時に今後はメイだけを愛し生涯その愛を捧げると剣に誓った。
 彼には騎士団長子息として、侯爵家令息として、華々しい地位が約束されていたが、それを蹴ってまでもメイへの愛を貫く事を決意したのだ。

 その愛が、魅了によるものだとガウエンは思いたくなかった。
 純粋に、メイを愛している。
 そのはずだ。――そう、思い込んでいた。
 だがそれは魅了によるものだと根底から覆され、ガウエンは自身の足元が急に真っ暗になったような錯覚に襲われた。


 カリバー公爵家夫人の死は直ぐ様王城にいる国王と王太子夫妻に告げられた。
 それと同時に表向きはカリバー公爵の愛人であり、男爵令嬢メイ・クインが魅了の禁術の使い手である事も報告され、王太子ランスロットはその場で膝を突いた。

「……なんて、事を……」

 王太子妃ヴィアレットも、その場に崩れ落ちた。
 友人から愛人の事を打ち明けられ、責めてしまった事は数年経過してからもヴィアレットの中で悔恨として残っていた。
 マクルドがメイをきちんと捕まえておけば、ランスロットはメイを諦めるのに。
 冷静に考えればそんな筈は無い。
 女一人相手に男四人で責め立てていたのだから捕まえようが捕まえてなかろうが、ランスロットはメイを抱いていたのだ。
 そんな事も気付かずただ、友人を責め、――以来リリミアはヴィアレットに相談もしなかった。

 マクルドから社交を遮断され、実家との連絡さえ取れなくなったが、身分が上の王太子妃とやり取りだけは許されたはずだ。
 だがその王太子妃がリリミアを追い詰めた。

 その事に気付いたヴィアレットは、両手で顔を覆った。

 一方のランスロットはメイが魅了の使い手である事に肝を冷やしていた。
 かつての王族に使用されたそれは、禁術として使用できないと知っていた。
 けれど、メイは魅了を使っていた。
 いつから。
 ランスロットは自身の記憶を猛スピードで辿っていく。

『ねぇランス、私、あなたが好きなの』
『え……』
『だからね、私の為に――――』

 ぞわっ、としたものがランスロットの背中を駆け巡る。
 魔塔の禁術書庫の封印は、によって解ける。
 自分はメイに何をしたのだろう。

「ランスロット、お前は今まで何をしていたのだ?」

 もうすぐ王太子は国王として即位する予定だった。
 だがそれは白紙になりそうだと、その場にいる誰もが予感した。
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