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一回目
7.歪んだ家族
しおりを挟む「お母様はお父様と離縁したいって言うんだ。
おかしいだろう? お父様はお母様を愛しているんだよ。だからマキナも説得してくれないか?
このままだとお母様はいなくなってしまう」
寄宿舎に入って初めての長期休暇に入り、エクスとマキナは公爵邸に帰省した。
本当は帰りたくなかった。
だが原則として帰る場所がある者は帰宅しなければならなかった。
そして冒頭の父の台詞に、マキナはやはり帰るべきでは無かったと後悔した。
エクスとマキナは公爵邸を離れ、自分たちの置かれた環境がいかに歪かを知った。
二人にできた周りの友人たちと比べ、明らかに自分の両親はおかしいと感じたのだ。
基本的に夫婦は父と母。
兄弟姉妹はいるが同じ父と母から生まれている。
「うちの父に愛人がいるみたいでさぁ」とボヤくのは少数派だ。
そしてその愛人に子がいると、友人はその子を意味も無く嫌っていた。
「だって父の裏切りは母上が苦しむ原因だろ?」
圧倒的に母の味方をしていた友人は、母が苦しむから愛人の子は敵だと認識していた。
自分の兄弟と認めたくないし、庶子に負けたくないから絶対後継は譲りたくない。
かといってヒステリックな母と四六時中一緒にいるのは疲れるからと寄宿舎入りを希望したらしい。
「お前たちがなんでそんなに仲良いか理解に苦しむ」
そう言った友人もいた。
「エクスは恵まれてるよ。愛人の子なのに学校通わせてもらってさ。
うちの弟は王都の外れで暮らしてるらしいわ」
隠されているはずだが、家督を継ぐ上で知っておかねばならないと教えられた友人もいた。
いつ寝首を掻かれるか分からないと言っていた。
「王太子殿下が庶子にも後を継げる法案を無理に推し進めようとして貴族の反発にあってるらしいぞ。
エクスを真っ当に後継にしようとしてるからじゃないのか?」
自分の置かれた立場を痛い程理解したエクスは、教室内でも針のむしろだった。
表面上は親しくしてくれる。
庶子とはいえ公爵家、しかも父親は王太子の側近。
寄宿舎に入る前まではカリバー公爵家を継ぐ意識を持ち、相応しくあろうと思っていた。
だが現実を知ったエクスは、マキナこそ正当な後継者であると理解したのだ。
それはそうだ。
愛人の子に後継を認めてしまえば正妻の権利を脅かす事になる。
現在嫡子のみとされているのは真っ当な貴族の血筋と、正妻の権利、正妻の子の権利を守る為。
それ以外に認めてしまえば愛人のいる者は愛人の子に継がせたがるだろうし、正妻は何の為に政略結婚したのか分からなくなってしまう。
そうなると、正妻の立場の女性たちは黙っていない。
実際友人たちの話では、エクスとマキナの両親は社交界の裏で笑い者になっているし、王太子の交代も視野に入れながら動けと言われていると忠告してくれた。
世間がそんな事になっているとは二人は知らず、ただ今の状況が普通だと受け入れていた。
――両親たちの痴態を見なければ、今でもそれは普通の事だと疑いもしなかっただろう。
そしてエクスは、自分の存在が如何に公爵夫人を傷付けていたのかを知った。
マキナのあとに子ができなかった。
だがそうだからと言って、マキナの後継者としての権利をエクスは無自覚に奪っていたのだ。
自分の存在が無ければマキナの弟妹がいたかもしれないのに。
「リリミア様……、僕は今まで世間知らずでリリミア様をずっと傷付けてしまいました。
申し訳ございません」
エクスはリリミアに謝罪した。
けれどリリミアは受け取らなかった。
「貴方は私に何もしていないわ。だから謝罪されたとてそれを受け取るわけにはいかない」
「でもっ……僕の存在自体が罪で……」
リリミアはエクスを一瞥した。
かつて愛した事がある男によく似た息子。
これくらいの時はまだ仲良かったはずだ、とぼんやりと思った。
「何を思い上がっているのか知らないけれど、生まれてきた事が罪だなんて思わないで。
貴方の両親は殺したい程憎いけれど、貴方には何の感情も湧かないわ」
無表情に言い放つその言葉に、エクスは青褪めた。
自分の存在に疑問を持ってしまった彼にとって、責められない事が苦しかった。
憎まれて罵られた方がましだった。
無関心が一番怖くて辛かった。
メイが子育てするような母親では無かったせいか、無意識にリリミアからの愛情を欲していたのだ。
憎まれて罵られて、いつか存在を許してくれる日が来るならば。
親子のように接してもいいだろうか、なんて、甘い考えを持ってしまった。
やがてエクスは、両親を恨むようになった。
平気で誰かを裏切り続け、都合の良いところばかりをおいしく頂く大人たちに嫌悪が湧いた。
同時に無知ゆえに無邪気にリリミアを傷付けた自分にも腹が立った。
この長期休暇を境に、エクスは公爵家を出る決意をした。
両親の罪を、少しでもリリミアに償いたかった。
自分に何ができる、と何度も自問自答して、リリミアの側を離れる事を選んだ。
「父上、僕は公爵家を継がない。
それはマキナの権利だ。生まれたかもしれない、マキナの弟妹の権利だ。
僕は庶子だ。愛人の子だ。何かを受け取る権利も無い。だから、王太子殿下と進めてる馬鹿な考えは捨ててリリミア様を大切にした方がいい。
庶子の後継を認めたら、貴族社会が荒れる」
エクスは無駄かもしれないと思いながら父親に話した。
「何を言っている。俺はお前たちが日陰の身だというのが不憫だから……」
「そもそもそこからおかしいんだ。日陰の身でいいって言ったのはあのアバズレだろ!! なら夜会にも行かず引っ込んでろよ。
貴族夫人の仕事をしなくていい、楽な生き方を選んだのはあいつだ。
それを不憫と言うのは間違いだ。
自分で望んだ立場を弱者の振りして正当化するのは間違ってる!!」
「エクス……、母親に向かって何て事を」
「僕はアレを母とは認めない!! 母親らしい事をされた記憶も無い。
男たちに股を開くしか脳がない奴から生まれた事が心底気持ち悪い。
アレを相手にするあんたらに反吐が出る」
息子から憎悪を向けられ、マクルドとメイは蒼白になった。
そして自分たちがしている事を息子が知っていると知り、マクルドは胸が軋んだ。
「僕は公爵家を継がない。マキナも卒業したら家を出ると言っている。
あんたたちはリリミア様を解放して好き勝手にすればいい」
「エクス、何を言ってるんだ」
「愛人の子が公爵家を継ぐなんて、あんたたちは貴族社会を潰したいのか!?
自分たちの進める法案がおかしい事に気付いて無いのか!?」
エクスは寄宿舎に入り友人たちとの交流で得た知識を両親にぶつけた。
マクルドは言われた言葉に目を泳がせた。
自分たちのしている事を真っ向から反対されたのは初めてだったのだ。
その身分から、周りの諫言を無視してきた。
今やもう、王太子とその側近に諫言する者はおらず、派閥の者たちすら離れているがそれに気付ける程彼らは察しが良くなかった。
「僕は結婚しない。アバズレの血は残したくない」
「エクス、いい加減に」
「それに……愛人を優先し、いつまでも正妻を蔑ろにする家の当主になんか誰も嫁ぎたいとは思わないだろう。
……醜聞まみれの家にまともな人間が来てくれるわけがない」
嘲笑うかのように吐かれたエクスの言葉にマクルドは息を呑んだ。
彼はリリミアが正妻の立場にいるだけで有利で、対してメイは不利だと思っていた。
だから蔑ろにしている訳ではない、ただメイが不憫だから彼女に構っていただけだ、と自分に言い聞かせていた。
だが、エクスから指摘されるまで、彼が結婚したくないと思わせるくらい蔑ろにしているとは思っていなかった。
そう言えばリリミアに会ったのはいつだっただろう。
マクルドの思考はいつもモヤが掛かったかのように晴れない。
「……エクスが、継がないならマキナが……」
「私も結婚したくないわ」
エクスの後ろからマキナが現れた。
その表情は歪み、父親とその愛人を睨んでいた。
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