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一回目

1.亡くなった公爵夫人

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 その日、国内名門カリバー公爵家の夫人リリミアが亡くなった。


 リリミア夫人はまだ30代で、美貌の夫マクルドと可愛らしい娘マキナの三人家族だった。
 ある時期までは社交界でもおしどり夫婦と評判も良く、そんな夫人がなぜ、と騒然となった。

 だがある夫人は言う。

「あのお方の気持ちを思えば当然ですわ。
 見せかけだけの幸せなどで満たされるものではないでしょう?」

 公爵夫人の亡骸を見て涙が止まらない様子の夫人は、ハンカチで目元を押さえながら声を震わせた。

 ただの顔見知りの夫人でさえこうなのだ。
 愛する妻に先立たれた公爵。
 優しい母に置いて行かれた令嬢は見ている側としても涙を誘う程、狂ったように亡骸に縋った。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だなんで……嫌だ、嘘だ、……どう、して……」
「お母様、どうして? どうして私を置いて行ったの? なぜ……どうして……」

 棺に縋り号泣する二人を立たせようと公爵の友人が腕を引くが足に力が入らない公爵は頽れたまま。

 どんなに泣いても喚いても、公爵夫人は旅立った。
 二度と彼らに笑いかける事も無いし、怒る事も無い。


 生前の公爵夫人はおとなしい方だった。
 淑女の鑑として慎ましく、かつ芯のある女性として公爵夫人らしく振る舞っていた。

 彼女と公爵は幼い頃よりの婚約者同士だった。
 バラム伯爵家とカリバー公爵という、由緒正しい貴族家の縁談はカリバー公爵家からの打診で整った。
 他でもない、マクルドからの熱望により叶った婚約だった。

 最初は緊張しながらも一つ上のマクルドのリードで徐々に仲は深まり、貴族が通うと言われる王立学園入学までにはリリミアも婚約者に対して想いを抱くまでにはなっていたという。


 けれど、一足先に入学したマクルドの動向は、にわかに異変が起きていた。

 入学前までは頻繁にあった交流会は度々キャンセルされるようになり、次第にマクルドの足は遠退くようになってしまったのだ。
 リリミアが入学する頃には完全に没交渉で、入学の際のエスコートさえ無視される程。

 それもそのはず。

 彼は――いや、彼らは、とある令嬢に夢中になり、四六時中侍っていたのだから。

 マクルドの同級生である、王太子ランスロット。
 侯爵令息で父親が騎士団長のガウエン。
 伯爵令息で父親が魔法師団長のスタン。
 そして大商会の息子エール。

 彼ら五人は男爵令嬢メイ・クインに夢中で、授業時間以外は常に側に侍っていた。

 マクルドだけでなく他の四人にも婚約者はいる。
 いや、中には過去形の者もいる。

 王太子ランスロットの婚約者は政略的なものの為解消はできない為、王家は黙認。
 婚約者である公爵令嬢は静観の構え。
 ガウエン、エールは既に彼ら有責の婚約破棄、スタンも婚約解消目前とされている。

 ガウエン、エールが有責の婚約破棄となった理由は、不貞が理由だ。
 彼らは婚約者にメイとの不貞現場を見られてしまったのだ。
 取り繕う事なく婚約者を切り捨てた彼らは、その穴を埋めるかのように更にメイに傾倒していった。

 スタンは現在話し合いがなされているが、父親と毎日喧嘩が続き実質軟禁状態にあるという。
 以前は相思相愛だった婚約者令嬢は解消したがっているそうだ。

 マクルドはどっちつかずで、だがリリミアに対して何の対処もしなかった。
 家族が窘めてもなしのつぶて。
 リリミアが諌めると「ただの友人だよ」と言って聞かない。
 それどころか「結婚するのはリリミアだから、安心して」とまで言う始末。 
 婚約解消も打診したがのらくらと躱され、結局爵位が下のリリミアからは解消もできず、――リリミアの卒業後、二人は結婚した。

 不安を抱えたままだったが、結婚当初は学生時代の不貞が嘘だったかのように仲睦まじく、一年を過ぎた頃には娘であるマキナが生まれ周りからは親子三人幸せそうに見えた。
 王太子ランスロットの側近である彼は、殿下に付いていく公務などがあり留守にする事も多かったが、リリミアを気遣い週一はマキナを連れて出かけリリミアに骨休めをさせてくれる優しい夫でもあったのだ。


 だが、マクルドには重大な秘密があった。


 学園を卒業し、王太子ランスロットと公爵令嬢も結婚した。
 騎士団長子息ガウエンと、大商会子息エールは独り身だった。
 魔術師団長スタンはいつの間にか彼らの周りからは消え、だが婚約は解消されないままだった。


 ではメイは、どうなったのか。


 それがマクルドの重大な秘密に繋がる。

 メイは王都の外れにある屋敷で息子と住んでいた。
 息子の名はエクス。
 マクルドによく似た男の子だった。

 それもそのはず。
 エクスはマクルドの血を引いた、彼とメイの間に授かった息子だからだ。

 ――授かったと言えば聞こえはいいが、不貞の末にできた子である。

 そう。

 メイは、ガウエン、エールだけでなく、マクルドとも肉体関係があった。

 子ができたと相談されたマクルドは、メイと結婚しようとしていた。
 その頃にはリリミアとは実質絶縁状態だったし、子ができたなら親にも仕方ないと思って貰えるだろうと軽く考えていたのだ。

 だが、リリミアとの結婚式目前だった為、親からは勿論反対された。
 むしろメイの子は堕胎せよと迫られたのだ。

 だからマクルドは王太子ランスロットを頼った。
 自身も結婚を控えながら、メイに未練があったランスロットはガウエン、エールにも相談し王都の外れに屋敷を購入。名義はエールの名義とした。
 そこにメイを住まわせたのだ。

 三人に断る理由なんかなかった。
 メイに傾倒するガウエン、エールは勿論。
 エールの名義の屋敷を仲間の集う場所にすれば、ランスロットやマクルドもそこに来る理由ができる。

 堂々と不貞の逢瀬の場所を作れたのだ。

 その後諦めた振りをしてランスロット、マクルドはそれぞれの婚約者と結婚し、メイは男児を出産し、その子はエクスと名付けられた。

 そして、出産後は、メイとエクスの住まいとして。
 また、彼ら五人の遊興の館としてそこを利用していたのだ。


 そのうち、マクルドはリリミアには何も言わずに、マキナをエクスに会わせた。

「お前の兄だよ」

 大好きな父の言葉にマキナは喜び、「おにいさま」と慕っていった。


 何も知らずにリリミアは公爵夫人としての仕事をこなし、子煩悩な夫を愛していた。



 だが、月日が経つと徐々に王太子ランスロットの政務が立て込み、王都の外れに行けない事に不満を覚え始めた頃。

「エクスをお前の屋敷で養育しろ。あれは優秀だからちゃんとした教育を受けさせた方が良いだろう」

 そんな突拍子も無い事を言い始めた。

「確かにエクスは優秀ですが……、リリミアが何と言うか……」

 マクルドは渋った。
 リリミアと結婚し、幸せな毎日を過ごしていた彼はメイの住む屋敷からは遠ざかりつつあった。
 と、同時に何かがおかしいと、どこかで警鐘が聞こえていたのだ。

「このままだとメイもエクスもかわいそうだ。
 メイを表舞台に立たせてやりたいだろう?」
「それは……」

 頭にもやもやがかかる。
 確かにこのまま二人きり、日陰の生活はかわいそうだ。
 最近はあんなに明るかったメイが久し振りに行くと不安そうに縋りついてくるのも気になっていた。

「それに、メイを隣に据えた方が見栄えも良い」

 王太子の言葉に引っ掛かりはしたもの、マクルドも「確かにそうだ」と思い直す。

「……分かりました。離れがあるのでそちらに住まわせます」

 そうして、マクルドはメイとエクスを王都の公爵邸に引き入れる事にしたのだ。


「メイ、エクス。これからは一緒に住む事にしたよ」
「ほんと? やったぁ! マキナも一緒?」
「あ、あぁ、勿論だ」

 エクスのはしゃぐ姿を見て、これは正しい事なのだと思い込んだ。
 マクルドの脳裏にリリミアの泣き顔が過り、それが離れなくても、エクスの笑顔とメイの安堵した顔で上書きされた。


 冷静になってみれば、――何の影響もない者からすれば異常事態である事など、この時の彼らはまだ気付いていなかったのだった。

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