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26.愛の在り処
しおりを挟む「……そう」
目覚めたルーチェはシュトラールが来ない事を訝しんだが、トラウから話を聞き、その言葉だけで終わった。
リリィを連れて来たのは自分で、こうなる事は予想できていた。
それでも最近はシュトラールの愛は本物で、もしかしたら本当に誠意を示してくれているのかも、と思い始めてもいたのだ。
シアンへの思いを止めシュトラールの愛に応えてみようか、と思っていた矢先、二人は再会し求め合うようになった。
やはりシュトラールの言葉は嘘だった、という気持ちとどこかではリリィを振り切って自分に来て欲しかった気持ちがあったのか、ルーチェはただ凪いだ気持ちになっていた。
深く息を吸いゆっくりと吐いていく。
お腹に手を当て、胎動を感じて大丈夫だと言い聞かせた。
「殿下にはご自由に、とお伝えして。リリィ様のところに留まるならそれで構わないわ」
「妃殿下……」
「私は子を無事に生むことに集中するわ。……ちょうど良かった。お腹が大きくなれば殿下と共寝は難しいと思っていたから」
無理をして笑っているような表情をするルーチェに、シアンはそっと手を添えた。
「シアンも休暇中にごめんなさいね。お姉様はもういいのかしら?」
「お嬢様の方が大事です。お気になさらず」
ルーチェは困ったように笑んでシアンの手を退かすと意外だったのか目を見開いた。
「ありがとう、これからもよろしくね。
……トラウ、貴方も殿下をお支えして。決して見捨てないであげて」
強い眼差しに、それとは裏腹に儚く弱々しく笑むルーチェの姿にトラウはやりきれない思いだった。
身重で、体調不良で寝込んで目覚めても夫の事を案じるその思いを、身を犠牲にしている妻を放り愛妾に夢中になる主にほとほと愛想が尽きそれこそ放り出してやろうと思っていたのに、その妻から夫を支えてやれと言われれば断ることもできない。
「クソ殿下本当にクズ野郎……」
諌めることもできなかった己の無力さにぐしゃりと頭をかきあげる。
だがトラウが怒りを顕にしたことで、ルーチェは幾分気持ちが救われた気がしていた。
一方のシュトラールは隣で眠っているリリィを無表情に眺めていた。
あれだけルーチェに愛を囁き誠実を誓ったのに、たった一瞬で全てが台無しになったと虚しさを感じていた。
だがリリィは何も言わず全てを受け入れてくれた。
雑に抱いても求めてきた事に誰かには必要とされているのだと誤魔化すように貪った。
何度もする度、ルーチェよりもいいと思い込んだ。そうでなければ後ろめたさに押し潰されそうになったからだ。
けれどあの頃と違うのは、シュトラールはルーチェを知ってしまった。
ルーチェの身体を、ルーチェの声を、ルーチェの息遣いを。
柔らかな肌、弾力のある乳房、恥じらいながらも縋りつくような仕草を。
快楽に咽び泣きもっと、と求める姿を思い出すだけで昂るが、もう代わりにリリィを抱きたいとは思わなかった。
「トラウを呼べ」
「かしこまりました」
ベッドから身を起こし床に散らばった服を雑に着ていく。
いくつかのボタンは綻び、そんなに乱暴にしたのかと記憶が飛んでいることに気まずい思いがした。
「お呼びとうかがいました」
「……早くないか?」
「こちらに来る途中でしたので。ご用件はどのような?」
「避妊薬を持って来てリリィに飲ませてくれ」
シュトラールが言えばトラウは無言でスッと差し出した。
「……早くないか?」
「長年勤めておりますと、大体の思考は分かってくるのですよ」
バツが悪そうに受け取ると、瓶の蓋を開き眠るリリィの口の中へ注いでいく。
魔法薬は嚥下せずとも自ずと喉元を過ぎてリリィの中へ収まった。
「ルーチェはどうしている」
「お目覚めになりまして、医師に診察して貰いました。母子共に健康ですが安定時期に感じた痛みの為しばらく安静を言われております」
「そうか。ルーチェに会いに行く」
立ち上がったシュトラールの腕を掴み、トラウは足止めをした。
何事かと振り返るが向けられた目線は厳しいものだ。
「妃殿下がお倒れになった原因はストレスからです。最大のストレスを与えた人物が行けば安静にもできません。それに」
トラウはシュトラールから手を離し、溜息を吐いた。
「妃殿下から伝言をお預かりしています。
『どうぞご自由に。お腹が大きくなるので共寝は不要』だそうです」
シュトラールの眉は釣り上がり、再びルーチェに対して怒りが湧いてくる。一言言わねば気が済まない。
トラウが止める間も無く踵を返して怒りを携えたまま乱暴に戸を開け出て行った。
その後ろ姿にもう一度大きな溜息が漏れる。
ベッドを見ればリリィは素肌どころか胸を晒したまま熟睡していた。
目に付く場所に鬱血痕はあるが、トラウが目にしても何も言わなかった。
つまりはそういうことなのだろう、ともう一度溜息が出そうになるのを呑み込む。
「ここまで違うのに自分でも気付いてないんですかね。避妊薬より鈍感馬鹿に付ける薬が欲しいですよ」
トラウはそっとリリィに掛布を掛けて退室した。
パタン、と扉が閉まると同時にリリィの瞳がぱちりと開く。
ベッドサイドの棚に空き瓶が置いてあるのを見て、知らずに涙が溢れた。
きっとこの先シュトラールに抱かれても決して実を結ぶことはないのだろうと分かってしまった。
自分との間に授かっても喜ばないだろうと。
結婚前に庶子がいることを厭うていたが、愛妾として迎えられても望まないだろうと悟ってしまった。
シュトラールはリリィを抱いているようでルーチェを求めていた。
ルーチェと比べ無意識なのかルーチェの名を呼び果てる事もあったからだ。
「愛している」とも言わなかった。ただひたすら鬱憤を晴らすように動いていただけだった。
もうアカデミーに通っていた頃のような蜜月は訪れない。少なくともあの頃は愛し合っていたと感じていた。
今はただシュトラールの性欲を解消する為だけに後宮に押し込まれ、彼の訪れだけを祈る生活になるかもしれないと思うとゾッとしてリリィは掛布に包まった。
理性が戻って来たリリィはルーチェを裏切った事にも後悔が押し寄せる。
無邪気に求め合えた頃に比べ知識が身に付くと消えたい気持ちでいっぱいになった。
けれど全てはその蜜月期間に何も考えずにシュトラールと恋人になったから。
純潔を捧げて将来の結婚よりもその時の快楽を選んだから。
シュトラールが王太子で、権力に逆らえなかったからとはいえ男に求められるままに欲望を滾らせたリリィにも責任の一端はあるだろう。
何も考えなくて良かった頃には知らなかった事をリリィは知ってしまった。
何よりも、シュトラールの中のリリィへの愛が枯渇していたのが一番堪えて声を押し殺して泣いた。
~~~~~~~~~~~~
【お知らせ】
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ラストまで書き終えたのですが、どうしてもルーチェのハッピーエンドにはなりませんでした。
(ちょっと足掻いてみます)
当初からメリバかバッドかな、とは思っていましたが、シュトラールに負けましたorzあいつやべーや…
彼の独り勝ちにする気はないのですが、読者様によってはそう感じる方もいらっしゃるかと思います。
私のこれまでの作品傾向でそういった感想が出る事を想定して感想欄を閉じています。
これ以上胸糞になりたくない方はここでリタイアも有りだと思います。
後出しですみません。作者の想定以上のクズを生み出し胸糞を垂れ流してしまい申し訳ございません。
今後はクソクズに耐性のある方、最後まで行方が気になる方のみお付き合い頂ければ幸いです。
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