8 / 21
それぞれの後日談【side 元婚約者幼馴染み】
そんなつもりじゃ無かった
しおりを挟む『貴女も……ごめんなさいね。全て私の我儘なの。もう、邪魔しないわ……。
幸せに、なって、』
あの方からそう言われた時、私は──。
私の幼馴染みは高位貴族の侯爵家令嬢に見初められて婚約していた。
本人は「政略結婚だ」って言ってたけど、侯爵令嬢の態度を見てたらそんな事無いって分かる。
周りはいつだって二人を微笑ましく見ていたし、私も「大変だなぁ」なんて他人事みたいに見てた。
彼が幼い頃に「将来結婚しよう」なんて言ってた事が懐かしい。
どうしてそんな話になったのかちっとも思い出せない。
彼と結婚するなんて今じゃ絶対考えられない。
幼い頃の約束なんて無効でしょ。
良くて友情以上を感じないし、婚約者がいる身でありながら言い寄られても迷惑でしかない。
それに、私は……。
彼じゃなくてお兄さんが好きだった。
態度は大きいけど、引っ張っていってくれる力強さが好きだった。
子爵家に行くのも、お兄さん目当てだった。
全然相手にされなかったけど、私の初恋だった。
だから、弟である彼は私にとっては幼馴染み以上では無かったんだ。
頼りなくてちょっと何かあったらすぐ泣いて。
弟がいたらこんな感じって思ってた。
だからあの方が彼を好きな理由がいまいち分からなかった。
強いて言えば、優しいとか、穏やかとか。
でも私は彼より、頼りがいのあるお兄さんの方が良かった。
そう思っていたんだけど。
私のした事は、自分にそのつもりは無くても、恋愛感情なんか微塵も無くても。
他の誰かから見れば立派な不貞行為で。
もっと、ちゃんと突っぱねたら良かった、とか。
侯爵令嬢から隠れるように会うとかよくよく考え無くてもしちゃいけない事だとか。
終わった後に後悔してももう遅かった。
侯爵令嬢から頭を下げられて、誤解だと言いたかったのにその後は全く会えなかった。
彼も泣きそうな顔をしてずっと探してて、見てられなかった。
その後、彼女が隣国に留学した事を知った。
彼との婚約は解消されたらしい。
それを知った数日後、彼のお兄さんがうちを訪ねてきた。
何の用事だろう?って、でも、会えて嬉しいってちょっと浮かれてしまったけど。
お兄さんは会うなりとても冷たい顔をして、残酷な言葉を吐いた。
「お前があいつを甘やかすから二人の婚約が駄目になった。
知らなかったよ、あいつの事が好きならそう言えば早めに婚約を整えてやったのに」
「え……」
「噂では結婚の約束してたんだって?」
彼のお兄さんが私を冷たい目で見てくる。
「約束、って、」
「違うのか?まあ、幼い頃の口約束だったのかもしれんが、学園内で噂になってたそうじゃないか」
どう、いう……こと──?
そんな噂、どうして。どこから……。
「ちが……ちがう、してない。好きじゃない。ただ、違うの。
ただ、苦しそうにしてたから、逃げ場を、作ってただけで……」
「それがあいつの為になった?
その結果は?
感情はどうあれ、第三者から見ればあいつとお前が不貞してたってしか見えないよ」
第三者から見たのとか考えてなかった。
ただ、かわいそうって。
侯爵令嬢から逃げて、友人たちからも見放されて、私まで見捨てたら。
もしかしたら、儚くなるんじゃ、って。思ってしまって。
「まあ、俺も、あいつを止められなかったからお前を責められた立場じゃないんだけどな。
……で。
あいつと結婚すんの?」
「──っしない、しないわよ!結婚したいとか思った事無い!だって、私が好きなのはっ……」
見上げると、一瞬揺れた悲しそうな目。
「……侯爵令嬢が言ってた。
『二人を邪魔してごめんなさい』
少なくとも、彼女からはそう思わせてたんだ」
邪魔とか、違うのに。
むしろ二人は婚約者だったから、私のほうが邪魔してた。
「私……そんなつもりじゃ、無かった……。
ただ、苦しい、息が詰まりそうだから、って。
あの方から言い寄られて、重くて、縋られて、かわいそう、だっ、た……から……」
自分はいい事をしたつもりだった。
幼い頃から知ってるあいつを助けてるだけ。
小さい頃にもあったから。
あいつが泣いて、私に泣きついてきて、慰めた事。
何回もあったから。
今回も、同じ事を、しただけで。
「そんなつもりじゃなかった?
まあ、あいつが悪いのは大前提としてあるけど、いつまで幼馴染みの気安い距離でいるつもり?
成人した男女が婚約者から逃げるように隠れてたら、婚約者より一緒にいる時間が長い幼馴染みとの仲を邪推されても仕方ないよね。
そんなつもりじゃなかった、って言い訳できるのは、学園入学前までじゃない?」
何も言い返せなかった。
そもそも、淑女教育で習うじゃない。
『みだりに婚約者以外の男性と近い距離で接する事は恥ずべき事』だと。
「侯爵家からお咎め無いのは運が良かった。
結婚する気が無いなら、もうあいつに近付くな。
勿論、俺にもな」
「──え……」
「弟が侯爵家と繋がるなら俺はある程度自由に相手を選べた。
けどそうじゃなくなったし、これから先もあのポンコツが結婚できるとも思えない。
だから俺は政略結婚する事になる。
これ以上悪い噂が立って良縁が来なくなったら困るから、関わらないでくれ」
それは実質の、絶縁宣言だった。
「昔はお前と…… ……
いや、忘れろ」
彼のお兄さんは、振り返らず帰って行く。
二度と私を見る事は無い。
私は呆然としたまま、ぼたぼたと頬を伝うものをそのままにしていた。
788
お気に入りに追加
3,445
あなたにおすすめの小説


婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。


悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる