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5.運命の番じゃないけれど
しおりを挟む「運命の番との縁を絶ち切ってほしい」
ジャサントが縁の魔女と呼ばれる存在に会いに行ったのは、アカデミーに入学して間もなくのことだった。
根拠はないが、『いる』ような予感がした為だ。
番に出会った竜人の話は童話の中でも有名だ。例え愛する者がいても、番以外目に入らなくなる。
目の前に泣き叫ぶ恋人がいようが、恋人を捨て番に走り囲い、愛し合うことになる。可哀想だという感情はあっても、それだけだ。番といれば幸せになれるのだから、選ばない選択肢は無い。
だからジャサントは早めの対処に動くことにした。
荒唐無稽な彼の発言に黒髪の魔女は訝しげに見やり、探るような目線を投げかける。
「竜人は寝ても覚めても番、番なんじゃないのか? それをわざわざ断ち切るのか?」
挑戦的な瞳は容赦なくジャサントを射抜く。
初代縁の魔女の話を聞いていた二代目縁の魔女は竜人の番騒動に巻き込まれるのはごめんだと思っていた。
「誰よりも大切にしたい婚約者がいる。自分が怪我をさせて結ばれた婚約で、たぶん嫌われてる。けど、結婚してくれるなら幸せにしたいし彼女を悲しませたくない。
だから、不安要素は潰したい」
竜人の番を求める本能はどうしようもない部分もある。
それに逆らおうというのか、と縁の魔女はジャサントに興味を持った。
「お前の番はどうする。番を得られず狂うのではないか?」
「出会ってもない番の事より婚約者のほうが大事だ」
「番がかわいそうとは思わんか……」
「俺が守れるのはヴィオラだけだ。『番だから』という理由で選べない」
「出会えば止められない衝動がお前を獣にする。目の前の愛する者を忘れ、番に溺れる。そして至上の幸福を得る。番とはそういうものだろう?」
「そうならないように魂割りをしてほしい」
ジャサントの真剣な眼差しに、縁の魔女は目を見張る。
運命の番は魂で結び付くもの。
魂割りをすればその結び付きは解かれ二度と結ばれることはない。
出会って狂おしいほど惹かれることはなくなるのだ。割ってしばらくはその残滓で求めることもあるが、それだけだ。
それは初代縁の魔女が勝手に行い、後に獣人に生まれ変わった魔女が施された刑でもある。
それをしようというのだ。
ただの人間の婚約者のために。
「一度割れば魂は自浄作用により自己修復をはじめ、二度と結ばれることはなくなる。それでもいいのか?」
「かまわない」
「婚約者との結び付きは今世だけのものだ。番は未来永劫生まれ変わっても約束された幸福だ。それを不意にしてもいいのか?」
ジャサントは表情を変えず頷いた。
その瞳は力強い意志が宿り魔女と相対しているはずだが臆することはない。
「不確かな未来より、ヴィオラとの今がほしい。
竜人の幸せが番にしかないのはおかしいだろう?
そもそも『結ばれるべき』ってなんだ? よく知りもしないで番だからって理由だけで今まで築いてきたものを壊せない。
それとも俺に傷付けた婚約者を更に傷付けろと言うのか?
一人しか選べないんだから俺はヴィオラを選ぶ。
それに俺はヴィオラがいないと幸せを感じない」
揺るぎない瞳はいつかの誰かを彷彿とさせる。
縁の魔女は口元を緩め息を吐いた。
「お前の母は人間だったな。父は竜人だが混ざった人間の血が本能を抑えるのだろうな。
分かった。魂割りをしよう」
魂を割る、と言えば物騒だが痛みもなければ喪失感もない。ただ、運命の番とは分かれ二度と結ばれることはなくなる。
縁があれば出会いはする。
そこに強烈に惹かれ合う狂おしいほどの衝動は無い。
『運命の番だから』という理由で恋に落ちることがない分、愛する者を捨てて番を選ぶことがなくなる。
勿論元番と最初から関係を築けば結ばれる可能性はあるだろうが。
魂割りの儀はさほど時間もかからずに終了した。
半身が抜け落ちたかのような番への感情は波引くかのように消え去った。それで狂いもしなければ泣き崩れることもない。
もっとも、ジャサントの中ではヴィオラ以上に求める者はいない。
「感謝する」
ジャサントは穏やかな笑みを浮かべ頭を下げ礼を言うと、魔女の庵をあとにした。
ヴィオラの気持ちを明確に聞いたあと、ジャサントはヴィオラを常にそばに置いた。
ヴィオラもジャサントから離れず二人は仲睦まじく過ごした。
竜人の父にあらましを伝えると苦い顔をしたが、息子の婚約者に対する執着心には共感できる部分もあった。何より。
「ヴィオラとの婚約を邪魔しようとするのであれば誰だろうと容赦しない」
普段穏やかで人間からの暴力すら甘んじて受けるジャサントはそれだけは許さず、ヴィオラに言い寄ろうとする令息や、元運命の番が危害を加えようとするのを見るや押さえていた敵意を顕にした。
それは運命の番との仲を引き裂こうとすれば容赦しない竜人の特性そのもので、命が惜しい者は二人の間に入ることを恐れた。
元運命の番も魂割りの影響か、時間とともにジャサント言い寄らなくなった。あのときは名残を頼りにやってきたのか、と結論付けた。
運命の番と結ばれることはないが彼女なりの幸せを見つけるだろう。
以前ジャサントに暴力をふるっていた者も、彼の隠された力を知ると以後手を出さなくなった。
そもそも暴力でねじ伏せ、ジャサントに身を引かせてヴィオラを手にしようとした卑怯者たちに負ける気はしなかったが、ちょっとした威圧と怜悧な笑みを向けるだけで怯むのだからつまらないな、と吐き捨てた。
――いつか、ヴィオラに運命の番が現れるのだろうか。
自分にもいたのだから確率はゼロではない。
そのとき自分は大人しくヴィオラを手放せるのか。
ジャサントは薄らと笑った。
ヴィオラの幸せを願って身を引くより、番の男を脳内で引き裂いた。
それが答えだった。
ヴィオラは人間だ。人間は番を感じる力が無い。だから関係を良くしようと互いに歩み寄る。
ヴィオラから嫌われていない、好きだと言われたなら、その心を遠慮なく返したい。それが、ジャサントの幸せであり、望みだった。
「どうしたの? ジャス」
いつものベンチに座り、上目遣いに見やる愛しのヴィオラの頬には薄く傷跡が残る。それすらチャームポイントに見え、ジャサントは執拗に頬への口付けを送った。
(誰にも渡さない。それが運命の番でも)
「ジャス、もう、人が見てるわ」
「見せてるんだよ。どれだけ俺がヴィオラを愛しているのか」
ぺろりと傷跡を舐めればヴィオラは手で隠してしまう。顔を真っ赤にして抗議の眼差しで見るがそれもただ可愛いだけでジャサントには何のダメージも無い。
「人前はいや。……恥ずかしいわ」
「ヴィオラがいやがるなら我慢しよう。……じゃあ、行こうか?」
ジャサントは立ち上がるとヴィオラに手を差し出した。おず、とその手を取ると、しっかり握られる。
「どこへ行くの?」
「人目につかないところならいいんだろう?」
かあっと更に顔を赤くしたヴィオラにどこかいたずらな優し気な笑みを浮かべる。
俯いて、小さく頷いた婚約者を見ると、そのまま手を引いて歩き出した。
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