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4.運命の番

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「ようやくお会いできましたわ……」

 ある日、ヴィオラとジャサントが二人で中庭で昼食をとっていると、甲高い声が聞こえた。
 見てみれば銀色の髪の少女が瞳を潤わせ恍惚の表情を浮かべてジャサントに駆け寄ってきた。
 ヴィオラはその様を見て、とうとうこの日がやってきたと思った。
 無意識にジャサントの腕を摘むが、やがて力なく落とした。
 心臓が痛いくらい高鳴り、ヴィオラは俯く。

「ヴィオラ」

 いつもと変わらぬ抑揚のない声に、ヴィオラはハッとして顔を上げた。

「大丈夫だから」

 真顔でヴィオラの落とされた腕を摩り、そのまま腰を抱く。
 ヴィオラからすればジャサントの行動がよく分からなかった。
 番に出会えたのだろうことは銀髪の少女を見れば分かる。
 隣に立てばお揃いでお似合いだ。
 けれどジャサントは取り乱すことなくヴィオラの髪に口付けた。

「あの……分かってます、よね? 私とあなたは運命の番で」
「そうだね」
「この時を待っていました」

 少女はうっとりしたままジャサントに近付き体に触れようとした。だが、彼は愛しい人の腰を抱いたまま一歩下がった。

「だから?」
「えっ……」

 銀髪の少女は潤んだ瞳のままジャサントを見つめるが、当の彼は冷たい目のままだった。

「何となくは分かるよ。本能がざわつく感じはする。でも、運命の番、だからなに?
 見て分かると思うんだけど、この子俺の婚約者なんだ。運命の番だからってこの子を悲しませるような真似はしたくないんだけど」

 ヴィオラを力強く抱き締めながら、ジャサントは少女にはっきりと告げた。

「どうして? 私たちは運命の番よ? 結ばれるべきじゃない……」
「運命の番だから必ず結ばれないといけないの? なぜ?」
「だって、誰でも運命の番を求めて生きてるじゃない」

 少女は悲壮な表情を浮かべて本能が求める愛しい人へ言い募る。
 けれどジャサントはヴィオラを抱き締めたまま少女を睨んでいた。
 本能を押さえようとする衝動があるのだろうか。ヴィオラを抱き締めたのはこれが初めてだった。

「ジャス……」

 けれど、理性を失わない彼にヴィオラは不思議に思った。
 運命の番に出会った竜人や獣人は、その時愛する者がいても全てを捨てる勢いで番にいってしまうことはこの世界に住む者なら誰もが知ることだ。
 例え全て失っても、至上の幸せを得られるのだから、誰でも幸せになれる方を選ぶだろう。
 けれど、ジャサントは運命の番よりヴィオラを抱き締める。

「ありえないわ。だって、私たちは結ばれなきゃいけない。じゃなきゃ幸せになれないわ!」

 少女は悲痛に叫ぶ。番に出会えて心の奥底から歓喜しているのに、肝心の番が自分ではない者を抱き締めている事に気が狂いそうになる。

「俺の幸せは俺が決める。誰にも邪魔はさせない。
 俺の幸せはヴィオラと共にいることだ。
 運命の番がなんだ。今日会ったばかりで愛してるも何もないだろう」
「そんな……」

 少女はがくりと項垂れた。
 それを一瞥し、ジャサントはヴィオラの背中に手を添えたまま通り過ぎた。


 強めに手を引かれながらヴィオラは地面に座り込んだままの少女を何度も振り返った。
 やがて見えなくなりジャサントを止めて声を掛ける。

「ジャス、いいの?」
「なにが?」
「あの子はあなたの運命の番なのでしょう?」

 ジャサントは前を向いたままヴィオラの言葉で立ち止まる。握られた手に無意識に力がこもった。

「竜人にとって番って、幸せへの道標なんでしょう?」

 いつかこの日が来ると、ヴィオラは常に覚悟をしていた。
 手が冷たくなるのはきっと外が寒いせい。
 寒いから少しくらい震えても気付かれないだろう。
 けれど、声が震えないよう、ゆっくりと噛み締めながら言葉を紡いだ。

 ジャサントはゆっくりと振り返る。彼がどんな表情をしているのかヴィオラは見る勇気を持てず、俯いたままだった。

「ヴィオラ」

 名を呼ばれ、思わず制服のスカートを掴んだ。
 と同時に繋がれた手が引かれ、ヴィオラはジャサントの腕の中におさまった。

「ヴィオラ、好きだよ」

 耳近くで囁かれる言葉。
 一番欲しくて、安心する言葉。
 けれどなぜ今?
 ジャサントは運命の番に出会った。
 その身も心もどうしようもなく番に惹かれているはずだ。

「俺は、ヴィオラが好きだ」

 けれどジャサントの口は番ではなくヴィオラへの気持ちを紡ぐ。

「嘘よ」
「嘘じゃない」
「うそ! だって、ジャスは……」

 みるみるうちに眦に涙が溜まる。
 ああ、そうか。
 ジャサントはヴィオラのことは確かに『好き』なのだろう。
 だが、番のことは『愛している』とでも言うつもりだろうか。そう思えばしっくりきた。

「どうしたら、信じてくれる?」

 ヴィオラの結論など意にも介さず、ジャサントは悲痛に目を細める。
 彼女の頬に伝うものを親指で拭い、頬に手を添えたまま濡れた瞳を見つめた。

「竜人は……番と結ばれたほうが幸せになれるって」
「竜人は、ね」
「だから……ジャスも……いつか番に出会ったら、私を捨てて行くんだろうって」

 嗚咽を堪えながら吐露されたヴィオラの気持ちに、ジャサントは小さく溜息を吐いた。
 そのまま胸に抱き寄せ頭を撫でる。
 優しい手つきに次から次に涙が溢れ、制服にシミを作った。

「ヴィオラ」

 名を呼ばれ、ヴィオラは肩を跳ねさせた。
 続きを聞きたくなくて無意識に逃げ出したいがジャサントは抱擁をきつくする。

「確かには番に会えば幸せになれるって言われてる。
 でもね、そこにの幸せは無いよ」

 ジャサントの言葉が理解できず、ヴィオラは困惑した。と同時に涙が止まる。

「俺はヴィオラの頬に傷を付けた。嫌われても、ヴィオラのそばにいることに幸せを感じているどうしようもない男だよ」

 ゆっくりと顔を上げる。
 なぜかジャサントは泣きそうな顔をしてヴィオラを見ていた。

「ごめんね。ヴィオラに幸せになってほしいのに、手放してやれない。
 好きなんだ。弱くてわがままで、意地っ張りなヴィオラのことが、誰よりも好きなんだ」

 嫌われても、憎まれてもそばにいたい。
 運命の番よりも愛おしい。
 涙も笑顔も自分の為に見せてほしい。
 そんな醜い執着を知られたくない。
 一歩引いて幸せを願うふりをしながら誰にも見せないようにどこかに閉じ込めておきたい。
 どこか仄暗い思いをヴィオラに嫌われたくないからとひた隠しにしていたことを後悔した。

「ヴィオラ、どうしたら信じてくれる……?」

 冷たくなった愛しい人の小さな手を取り、己の頬に当てた。
 熱い想いが届けばいいと願いながら。
 ヴィオラの瞳は揺れたまま、戸惑いが隠せない。

「本当に……」

 睫毛を伏せ、濡らしながら声はか細く掠れてしまう。
 竜人にとって番がどんな存在か知っている。
 けれど、ジャサントが自分を選んでくれるなら。

「いいの? 番じゃなくて、私で、いいの……?」

 縋るように顔を上げる。
 目と目が合った瞬間、ジャサントは見開き、笑ってヴィオラを抱き締めた。

「ヴィオラがいい。ヴィオラがいいんだ」

 抱き締める腕に力がこもる。
 ヴィオラも背中に腕を伸ばし、その温もりを享受した。

「裏切らないで。そばにいて。ジャスが好き。運命の番じゃないけどジャスが好きなの。私を一人にしないで……」
「ずっとそばにいる。婚約したのもヴィオラを好きになったからなんだ。もう離さない」

 嬉しくて、今まで頑なになっていたのが嘘のように解けていく。
 運命の番のように強い結びつきはないかもしれない。けれど、自分を選んでくれるなら。
 もう離しはしない。
 ヴィオラはジャサントを遠慮なく好きでいようと決めた。
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