【完結】運命の番じゃないけれど

凛蓮月

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3.傷付けたくない

しおりを挟む

 ある日、珍しくジャサントはヴィオラのそばにいなかった。
 こういう日は殆どなく、今まで数えるほどだった。
 一人昼食を広げたヴィオラだが、その手は籠に入ったサンドイッチに伸びない。
 ふたを開いたままぼうっと見つめるだけだった。
 いつもならジャサントが隣にいて、それが当たり前で、それだけで安心できていた。
 けれど今はいない。
 それがヴィオラの心を不安定にさせた。

 少しして、ジャサントはヴィオラのもとへ戻って来た。

「まだ食べてなかったのか」
「……別に」

 ジャサントの姿を見たヴィオラは、ハッと息を呑んだ。
 口の端から少し血が出ていたのだ。

「ジャス、あなた血が……」
「ああ……」

 指でなぞると赤く染まる。ジャサントはそれをぺろりと舐めとった。その姿が妖艶で、ヴィオラは思わずぞくりとさせた。
 途端に顔に羞恥が集まり、それをごまかすようにハンカチを取り出しジャサントの唇を拭う。

「汚れるぞ」
「平気よ。それよりどうして血が出てるの」

 ヴィオラが心配するように眉根を寄せると、ジャサントはバツが悪そうに眉をしかめ目を背けた。

「ちょっと転んだだけだ」
「そんなはずないでしょう? あなたは竜人で、身体能力は抜群にいいじゃない」

 竜人と人間の違いは竜化能力もあるが、基本的な体力が違うことにある。
 ケンカでもしようものなら、竜人に勝てるはずはない。
 臨戦態勢になればその体は鱗に守られ、口は牙を剥き、爪は鋭くなり、人間など容易く事切れさせるだろう。
 だが竜人は比較的平和主義で、警備隊や傭兵など仕事で使う力以外はよほどのこと――例えば番との時間を邪魔されたときなどにしか使わない。
 だから穏やかに共存できているのだ。

「なんでもない」
「なんでもないわけないじゃない……」

 ジャサントが戻ってきて嬉しいはずなのに、心配ごとができると不安になる。

「ヴィオラが心配してくれるならたまに血を付けてこようかな」
「やめてよ……」

 冗談か、本気か。
 ジャサントは柔らかに笑う。
 気にしたくないのに気にしてしまう。
 突き放したいのに突き放せない。

 それからもジャサントは度々血を付けてヴィオラの前に現れた。
 ときには頬も腫れていた。
 その姿を見るたびヴィオラは眉を顰めるが当の本人は「平気だから」と笑う。

 理由を聞いても何も言わない。
 生傷絶えない様子にヴィオラは不安が増す。
 けれどその理由は意外なところで判明した。

「あいつ竜人っていうけど大したことないな」
「竜化しても爪が無いとかありえないだろ」
「最弱の竜人とか笑える」

 何人かの男子学生がたむろして、笑いながら歩いていた。
 会話の内容に胸騒ぎがしたヴィオラは、彼らが歩いてきた方向に早足で急ぐ。

「ジャス!」

 校舎裏の木の根元で、ジャサントが座り込んでいた。
 ヴィオラの声に目を見開き、眉根を寄せバツが悪そうにしている。

「どうして……」
「気にするな」
「でもっ……!」
「大丈夫だから」

 憤り、先程の男たちを追い掛けようとするヴィオラの腕をとり、ジャサントは座らせた。

「情けないな。ヴィオラには見られたくなかったんだが」
「どうして反撃しないの……」

 竜人は人間より身体能力に優れている。
 ただでさえ力の差は歴然で、一瞬にして倒してしまうのだが、ジャサントはやられるままにしていた。それがヴィオラには理解できない。

「大丈夫だよ。竜化して体は守ってる」
「どうして? あんな人たち、一瞬で倒せるじゃない。やられっぱなしなんて、竜人なのに……」

 ヴィオラの言葉にジャサントはゆるく首を振った。

「もう、誰も傷付けたくない」

 その言葉にヴィオラは息を呑む。

「例え向こうから暴力を振るわれても、俺はもう人間を傷付けたくない」
「ジャス……」

 ヴィオラは思わず胸元で手を握る。
 ジャサントはヴィオラを傷付けた。
 それが未だしこりとして残っている。
 ヴィオラだけでなく、ひ弱な人間は何かと傷付きやすく、力加減を誤るとすぐにケガをしてしまう。
 誰かを傷付け、その責任をとるくらいなら人間からの暴力くらい甘んじて受けよう。
 ジャサントはそう思っていた。

「私はジャスが痛い思いをしているのは嫌だわ」
「大丈夫だから。でも、心配してくれてありがとう」

 ジャサントの微笑みがヴィオラをざわつかせた。
 見えない壁を作られているようで、これ以上は踏み込めなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着のなさそうだった男と別れて、よりを戻すだけの話。

椎茸
恋愛
伯爵ユリアナは、学園イチ人気の侯爵令息レオポルドとお付き合いをしていた。しかし、次第に、レオポルドが周囲に平等に優しいところに思うことができて、別れを決断する。 ユリアナはあっさりと別れが成立するものと思っていたが、どうやらレオポルドの様子が変で…?

近すぎて見えない

綾崎オトイ
恋愛
当たり前にあるものには気づけなくて、無くしてから気づく何か。 ずっと嫌だと思っていたはずなのに突き放されて初めてこの想いに気づくなんて。 わざと護衛にまとわりついていたお嬢様と、そんなお嬢様に毎日付き合わされてうんざりだと思っていた護衛の話。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください

みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。 自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。 主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが……… 切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

処理中です...