【完結】運命の番じゃないけれど

凛蓮月

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2.頑なな態度

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 その後も婚約者としての顔合わせのたび、ヴィオラは態度を頑なにし、ジャサントは黙って付き添うだけの関係が続いた。
 かと思えばヴィオラが何かを言い、ジャサントが従い奔走する姿が見れる。
 怒ったヴィオラにジャサントが頭を下げる。
 周りの大人がハラハラする光景に、この婚約は間違いだったのか、と思いジャサントにそれとなく聞いてはみたが、「大丈夫」としか言わない。
 ヴィオラの両親も態度を改めるように言うが、ジャサントを見るとぐちゃぐちゃな思いが苛み彼女自身でもとめられなかった。

 結局婚約は解消されることはなく、ヴィオラの態度も変わらず、成長した二人は王都にあるアカデミーに入学した。

 竜人も人間も身分も分け隔てなく受け入れるアカデミーでは、社会に必要な知識を学ぶ場であり将来の人脈作りの場でもある。
 専攻する教科によって複数のクラスに分かれ、より専門的な知識を得るのだ。
 ヴィオラは淑女科、ジャサントは騎士科に入っているが、休み時間、暇がある度にジャサントは淑女科のヴィオラのもとへ訪れている。

「ジャス、喉が渇いたわ」
「分かった。何か買ってくるから待っててくれ」

 中庭にあるベンチにヴィオラを座らせ、ジャサントは購買へ向かった。
 その背中を見ながらヴィオラは無意識に頬に手を当て擦る。
 購買へは今いる中庭からは校舎を二つ渡らないといけない。それなりに時間がかかるから一人待たされるヴィオラは自分が言った言葉にイライラし始めていた。

「遅いわ」
「ごめん……」
「もういらない」
「ヴィオラ」
「気が変わったの。もうほしくない」

 ジャサントが飲み物を手に戻るとヴィオラのイライラは頂点にあり、そのせいで態度も悪くなってしまう。それでも怒らないジャサントに、訳もなくイライラは更に募ってしまう。
 そんな彼女に眉一つ動かさず、ジャサントはヴィオラの手に飲み物を持たせた。

「悪かった」

 淡々とした態度がいつも不安になる。
 わざと悪態をついても表情一つ変えない。
 ジャサントは婚約者というよりヴィオラの忠実な下僕になっていた。
 そのことがヴィオラにとって不機嫌の一因となっている。
 ヴィオラとジャサントの婚約は続いている。
 だが、あくまで贖罪の為の婚約だ、とヴィオラは思っている。
 ヴィオラの頬を傷付けた。キズモノとなった女性は一気に貰い手がなくなる。貴族令嬢なら尚更その価値は暴落し、嫁ぐ先がなくなる。
 だから傷付けた責任をとっての婚約――その事実がヴィオラの態度を冷たくさせた。
 ジャサントがヴィオラに文句も言わず従うことも面白くない。
 嫌なら嫌だと言えばいいのに、ジャサントは変わらず付き従った。

「……頬が痛いわ。もう戻ります」
「分かった」

 幼い頃に付いたせいか、幸いにもその傷は薄くなっている。化粧をすればほとんど見えない。
 キズモノという記憶が薄れ、ちらほらとヴィオラに誘いをかける者が現れても二人の婚約は解消されなかった。
 ジャサントは義務で婚約を結んでいる。
 当然だ。
 ジャサントがヴィオラを傷付けたのだから。

 それがヴィオラにとって、わだかまりの原因となっている。
 それに、ジャサントが竜人である事もヴィオラの気持ちを頑なにする。

(いつか、竜人は番を求めて去ってしまう)

 ヴィオラとジャサントは運命の番ではない。
 竜人は運命の番を探すことが一つの生きる意味とされる。
 だからいつか、ジャサントがヴィオラを置いて行ってしまうのではないか、と気が気ではない。
 愛し合う関係であればこんな不安も言えるだろう。だが傷付けたからの義務の関係では何も言えない。
 だからジャサントにあたってしまう。

 本当ならば番を求めていい、婚約は解消し、本当に好きな人と一緒になっていい、と言うべきなのだろう。
 だがヴィオラは言いたくない。
 傷を利用しても、卑怯でも、ジャサントを手放したくない。

 いつの間にか芽生えた気持ちはヴィオラを弱くさせる。

 義務で一緒にいてほしいわけじゃない。
 できれば望んでほしい。
 けれど頬の傷が素直な気持ちを捻じ曲げる。

 いつか番が現れて、ジャサントはそちらに行ってしまうのでは、という尽きぬ不安も守りに入らせてしまう。

 好きなのだ。
 ジャサントのことが、誰よりも。
 本当は他に行ってほしくない。
 傷が無くてもそばにいてほしい。
 番よりも自分を選んでほしい。

 けれど、誰よりもジャサントには幸せになってほしい。
 竜人の幸せは番に巡り合うこと。
 そのときには身を引かねばならない。
 だから――ヴィオラはジャサントに冷たく当たる。

 そんなヴィオラの気持ちをジャサントはもどかしく思っている。
 ジャサントとしては出会えるか分からない番よりも目の前の婚約者を大切にしたい。
 誰からも傷付けられず、囲っていたい。
 ただ、それは己のエゴでヴィオラの本意ではない。だからジャサントは彼女の前では本心を露わにしない。
 けれど、その実ジャサントはヴィオラがこの手に落ちてきたことを喜んだ。
 己の手で傷付け、責任を取る形で婚約が結ばれたときは本当は飛び跳ねて喜びたかった。
 あのとき、ジャサントはヴィオラの泣き顔に頬を熱くした。
 ちょっとばかり引っ掻いてしまっただけで傷付いた弱い生き物を、大事に大事に囲いたい衝動が生まれたのだ。

 だがそんなことをすればヴィオラに嫌われてしまう。それは何ごとにも耐え難い苦痛だった。
 だから極力感情を抑えた。
 それがいつしか定着し、鉄面皮になってしまったがジャサントはヴィオラのそばにいることが何よりも幸せだった。
 ヴィオラの我儘も苦痛ではない。
 顔を見る度目に入る頬の傷が気にならないわけではないが、それがあるからヴィオラは自分のものだという仄暗い実感が彼を幸福にする。
 婚約者を想い悲痛な表情をするヴィオラを愛しく思い、誰からも傷付けられないように守りたい。

 だから、ジャサントはヴィオラの憂いを払うために自分ができることは何でもやった。
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