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竜人と番ではない恋人の末路 Ⅱ
しおりを挟むスオウは見慣れたベッドの上で目を覚ました。
隣にいるのが見慣れた人ではない事に一瞬頭の中がハテナになったが、すぐに自分の番だと理解しそれでいっぱいになった。
自分はどれくらいこうしていたのだろう。
起きている時はずっと隣で眠る愛しい番と交わっていたように思う。
おかげか身体はスッキリし、目覚めも良い。
未だ眠る番の瞼にそっとキスを落とし、スオウは寝室を出た。
いつもの台所で水を飲み、乾いた喉を潤す。
使ったコップを洗い、側にあったカゴに伏せると1つのマグカップが目に入った。
『スオウは目が青いから…この色はどう?』
ふと、遠い記憶が呼び起こされ心臓がどきりとした。
振り返ると小さなダイニングテーブル。
ここで、誰かと食事を共にしていた気がする。
寝室にいる番だっただろうか?
スオウは途端に胸騒ぎがした。
どくりと心臓が鳴る。
ここは、どこだ。
自分ではない誰かがいた痕跡はあるのに、それは跡形も無くなっている。
スオウは必死に記憶を呼び起こした。
嫌な汗が吹き出て来る。
『スオウ、愛してるよ』
それは胸を掻き毟る程の衝動。
『番と出逢っても………うううん、何でもない』
ここは。
この家は。
スオウが安心して過ごせると無意識に番を連れ込んだこの家は。
かつて自分が愛していた、リーゼの住む家だった。
「蜜月は終わったのか」
久し振りに来た警邏隊の事務所に姿を現したスオウを見て、同僚のラクスが話し掛けてきた。
心無しかその目には怒りが宿る。
「長く……不在にして済まない…」
突然来なくなった事は周りに迷惑をかけたと、スオウは罪悪感と共に謝罪した。
それを見たラクスは
「竜人の番が見つかったんだ。気にするな。みんな理解はしていたよ。大きな混乱も無い」
そう言って、肩をぽんと叩いた。
だが以前のような気安さは感じられない。
スオウもぎこちない笑顔で「ありがとう」と答えた。
「あの……聞きたいことがあるんだが…」
リーゼの事だった。
蜜月を過ごした家は自宅では無くリーゼの家だった。
だがリーゼが帰って来た痕跡は見当たらなかった。
それに気付いたスオウは、心にポッカリと穴が空いたような感覚になった。
愛し合っていたリーゼがいないのが気になった。
自分の家に、恋人だった男が別の女性を連れ込んだのだ。それに対する罪悪感も多少はあった。
「ここじゃなんだ。あっち行って話そうぜ」
ラクスは空き室を指定し、歩き出す。
ラクスだけでなく、警邏隊にいる人から何故か敵意を感じる気がする。
特に事務の女性から。
スオウは気まずい思いをしながら、同僚と空き室に入った。
「お前が聞きたいのはリーゼの事だろう」
窓の外を見ながらラクスが呟く。
「あ、ああ。リーゼはどうしてる?元気なのか?」
番を見つけた竜人は、番以外に興味を無くすが、リーゼの事だけは気になっていた。だからリーゼがどうしているか。元気でいるか。それだけ知れたら良かったのだ。
あまりにも悪びれなく聞いてくるスオウに、ラクスは腹が立ち、スオウの胸ぐらを掴んだ。
「一生会えないかもしれねぇ番に出逢って舞い上がってんのは分かるけどよぉ……?
なんで……なんでリーゼの家に連れてったんだ………?」
それは怒りを孕む、地を這うような声だった。
「本能的に、番を安心できる巣に連れ帰るんだよ。ずっと一緒に暮らしてたから……無意識にリーゼの家に行ったんだ」
スオウにとって、リーゼの家は安心できる場所だった。
優しく穏やかに愛してくれていたリーゼがいる場所は、かけがえのないものだったのだ。
「お前が、リーゼの家に、リーゼじゃない女を連れ込んでサカリまくってて、
じゃあリーゼはどこに帰るんだ………?」
「………え……」
スオウは頭が真っ白になった。
自分の本能に従い番を連れ帰った場所は、自分を愛してくれている恋人の家だった。
それは即ち、リーゼにとって。
「リーゼがお前と同じ事をしたら、どうした?」
同じ事をしたら。
リーゼが連れ帰った奴を殺しただろう。
竜人は愛情深いが嫉妬も深い。
浮気など絶対に許さない。
それに気付いたスオウは、口がわなわなと震えた。
「番に出逢えて良かったなぁ?お前は幸せ万々歳だ。
じゃあ、置いて行かれたリーゼは?
恋人が別の女に愛を乞うのを見て、散々泣いて、泣き疲れてやっと自宅に帰ったのに。
帰った先で恋人が自分じゃない女とヤッてる声聞いたリーゼの気持ちはどうなったと思ってやがるんだ!!」
スオウの胸を掴む力が増して行く。
スオウは自分のやった事を思い出していた。
番を見つけリーゼを置き去りにし、番に愛を乞い、口付けをし、そのまま番をリーゼの家に連れ込み寝室に篭った。
それを全てリーゼが見ていたとしたら。
背中を嫌な汗が伝う。
不思議と朝まで番といた幸せな気持ちは霧散していた。
そして感じていた違和感にも気付いた。
「あや……謝らなきゃ……リー………ゼ、リーゼに………会って……」
震える声を絞り出し、震える足を引き摺り部屋を出ようとすると、頬に痛みが走った。
ラクスは肩で息をしながら拳を握りしめている。スオウは殴られたのだと理解した。
「今更どの面下げて会いに行くんだよ!?
番を捨てるわけじゃねぇんだろーが!!
番史上主義の竜人の事は理解してるつもりだがな!今のお前はリーゼを捨てた最低野郎だぞ!?」
顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。
そのまま馬乗りになって何度もスオウを殴った。
ラクスは人族だ。本来なら竜人のスオウには敵わない。だが、スオウはラクスにされるがままになっていた。
自分のした事は傍から見れば浮気男だ。
周りが竜人ばかりなら「番に会ったから仕方ない」と理解もされただろうが、人族ばかりの今はスオウの方が異端者だった。
人と、竜人の間には隔たりがあった。
それでも自分の周りには竜人を理解しようとしてくれた人が多かったのだと今さら気付いた。
鼻や口から血を流しながら、スオウの目からは涙が溢れていた。
「ラクス……済まない。人族から見れば許されないよな……
それでも、リーゼの行方を知りたいんだ」
行方を知って、どうする。
番を捨てるなどできない。スオウは竜人だから。
本能で求め合う番と離れるのは、竜人の死を意味する。
じゃあリーゼを取るのか。
無理だ。
番を知ってしまったら戻れない。
なら自分は何故泣いている。
スオウは自分の心が分からなかった。
けれど、リーゼに一度会えば。
一度会って、謝罪をして。
そして、嘘偽りなく、リーゼを愛していたと伝えて。
せめて幸せを祈りたい。
そう思っていたのだ。
だが、ラクスは顔を歪め、泣き出した。
スオウの上から身体を起こし、壁にもたれ。
両手で顔を覆い声を殺して泣いている。
スオウは痛む身体を起こし、その様を見て嫌な予感がした。
そしてラクスが発した言葉は、信じ難いものだった。
「リーゼは………」
「亡くなった」
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