上 下
38 / 59
第二部〜オールディス公爵家〜

再会【辺境編/了】

しおりを挟む
 
 激戦の砦シュラフトと、辺境伯邸のある中心街ハウシュタットの中継地点であるレリーズで、アーベルと落ち合う事になっている。
 子どもが二人いるという事で警備は強化され、行程は余裕を持って組まれた。

 レリーズの大衆食堂で食事を取り、レリーズ領主の館へ行く。そこにアーベルも来る予定らしい。

「ここの唐揚げは塩味か」

 リーデルシュタイン名物唐揚げは、ランドルフのお気に入りである。
 塩や調味料で味付けされ、小麦粉を付けて揚げただけのシンプルさは平民たちの間で重宝され出店は勿論定食屋などでは定番メニューの一つだ。
 最近では亜種の衣揚げ何かも出てきて進化は留まるところを知らない。
 ただ、ある程度年を重ねた大人たちは数を食べれないのが難点か。

 レリーズで一泊した後、伝令に伝えられて領主邸へ向かう。
 緊張した面持ちのランドルフとリーゼロッテは、どちらからともなく手を繋いだ。


 領主邸に到着した一行は、先にオスヴァルトが馬車から降りた。次いでランドルフ。
 どちらがリーゼロッテに手を差し伸べるか一瞬牽制し合い、この度の勝者は義父だった。
 まだ婚約者にもなっていない為一歩引かざるをえなかった。

 領主邸の応接間に通されると、目的の人物は既に待っていたようで。

「よお拗ね男、いきなり呼び出して悪かったな」

「辺境伯婿殿におかれましては……」

「やめろお前らしくない。砦の状況はどうだ」 

「充分に支援して頂いておりますので今の所は問題ありません」

「なら良い。では本題に入るか」

 オスヴァルトの合図でそれぞれソファに座った。

 ちらりと、アーベルを見やる。
 ゆっくりと紅茶を飲む姿はいつかの彼よりは落ち着いて見えた。

「ア……アーベル…トラウト…」

 彼の名を呼びごくりと喉を鳴らしたのはリーゼロッテ。
 名を呼ばれ、カップから目線を上向けると、静かにソーサーに戻した。

「リーゼロッテお嬢様……」

 落ち着いてはいるが、どこかぼんやりとした視線。虚ろな目にリーゼロッテの手は思わず拳を作った。
 名前を呼んだはいいが何を言えばいいか分からない。
 アーベルの傷をイタズラに抉るかもしれない。でも、父の誤解は解きたい。

 気付けばアーベルから恨まれているような目線を向けられた。
 幼心に怖かった。でも、目が合うと悲しそうに顔を歪ませるのだ。リーゼロッテはそれが気になった。
 慰めたかった。頭を撫でてあげたかった。
 小さな手はアーベルを癒やしてあげたかったのだ。

 アーベルが事件を起こしたと聞いたとき、ショックだった。
 自分の父母が関わっていると知って、悲しかった。
 でもそれ以上に、死にそうな顔をしたアーベルが悲しかった。

「あ、アーベル。私の両親がごめんなさい」

 その言葉に三者はぎょっとリーゼロッテを見た。

「わ、私の両親が、それぞれ勝手にして、あなたを、多分傷付けた……のよね。だから、あなたは、一人悪者に」

「……いや、二人は関係ない。俺の弱さが招いた結果だ」

「うううん、両親が、ちゃんと、絶対譲らないくらいの強い気持ちなら、あなたは止まれたの。お父様が……お母様が中途半端じゃなければ、あなたは……引いたでしょう……?」

 アーベルは俯き目を伏せた。

「アーベル、お父様は、多分あまり考え無しなの。でも、お母様を想う気持ちは、本当だったの」

「だが……」

「これを見て。これがお父様の本音」

 リーゼロッテは封筒を取り出した。
 そして中から便箋を取り出す。
 少し皺の寄った、先程の。

 訝しみながらアーベルは受け取り、読み出して。


「……ブフッ…」

「アーベル、まだあるの」

 リーゼロッテはまた別の封筒を取り出す。
 再び便箋が出てきて、アーベルがそれを読むと。

「……ふくっ…」

「アーベル、こっちも」

「「リーゼロッテ、もう止めてあげて!」」

 オスヴァルトとランドルフは悲痛な声を上げて懐から封筒を取り出そうとするリーゼロッテの手を止めた。
 これ以上はルトガーの名誉の為に暴露されるのを止めてあげたかったのだ。

 だが、手紙を読んだアーベルは、少しすっきりした顔をしていた。

「ルトガーは……バカヤロウだな……」

 アーベルの瞳から、つぅ、と一筋こぼれた。

「あいつは、ホント……大…馬鹿、野郎だ……」

 両手で顔を覆い、肩を震わせる。
 彼の顎から雫が落ちる。

 ずっと、心に残っていた。
 あの日掴めなかった手の事を。

 辺境騎士最強と言われた彼の剣筋には迷いがあった。
 ルトガーがどんな想いで剣を交えていたか。
 どんな気持ちで自分を見ていたか。
 冷静になれば妻に子ができたと周りに喜びを撒き散らしていた彼が、裏切るなどするはずが無かったのだ。

「リーゼ…ロッテ……おじょ…さま」

 アーベルは震える声を絞り出す。
 だが己を叱責し、深く息を吸った。
 彼の濃い碧の瞳は澄み渡るかのようだった。

「自分の過ちで、あなたから両親を奪ってしまいました。この場を借りて、謝罪致します。
 申し訳ございません」

 アーベルは深く頭を下げた。

「……アーベルは、お母様を好きだった?」

 リーゼロッテの言葉に、アーベルは目を細めた。

「……最初から、叶わぬと分かっていても、想いを止められなかった。 
 私は彼女の幸せを願えませんでした……」

「そっか。……いいよ、私はあなたを許します。それだけお母様を愛していたんだよね。苦しんだのよね。でも、もう、亡くなった二人に囚われず生きてください。
 もう、自分を、解放してあげて」

 アーベルは目を見開き、そして、再び涙を流す。
 その時にはもう、濁りきった眼差しではなく、光宿る生きる者の瞳だった。




「私は不義の子では無かったのだわ」

 帰りの馬車の中で、リーゼロッテは呟いた。

「最初からそう言ってるだろう」

 義父となったオスヴァルトは半ば呆れた声を出した。

「もしそうなら、ちょっと影がある魅力的なオンナになるかなって」
「ならない」

 真剣な目をしたリーゼロッテに、オスヴァルトは被せるように言った。

「でも。庶子だと、公爵家へは、行けなかったわよね…」

 その言葉はリーゼロッテの隣に座っていたランドルフに届く。

「どっちでもいいよ。リーゼロッテ・リーデルシュタインが婚約してくれるなら」

 ランドルフは言ったあとで、ぷい、とそっぽを向いた。
 リーゼロッテはふふ、と微笑んだ。

「義父さま、帰ったら婚約の書類を書くわ」

「「えっ」」

「また、あなたと手を繋ぎたいもの」

 リーゼロッテはきゅ、と隣に座るランドルフの手を握った。

「手紙、書いてね」
「いっぱい書く」
「目移りしないでね」
「ランゲもオールディスも一途家系だ」
「たまには会いに来て」
「可能な限り来る」

「よろしくね、婚約者くん」
「……ランドルフ・オールディスだ。名前で呼べ」
「ランドルフ。私もリーゼロッテって呼んで」

「……そのうちな」

 再びぷい、とそっぽを向いたランドルフの顔は、馬車の窓から入ってきた夕陽に照らされたせいか耳まで真っ赤になっていた。




(俺もテレーゼに会いたいな……早く着かないかな…)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3大公の姫君

ちゃこ
恋愛
多くの国が絶対君主制の中、3つの大公家が政治を担う公国が存在した。 ルベイン公国の中枢は、 ティセリウス家。 カーライル家。 エルフェ家。 この3家を筆頭に貴族院が存在し、それぞれの階級、役割に分かれていた。 この話はそんな公国で起きた珍事のお話。 7/24 完結致しました。 最後まで読んで頂きありがとうございます! サイドストーリーは一旦休憩させて頂いた後、ひっそりアップします。 ジオラルド達のその後など気になるところも多いかと思いますので…!

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

突然の契約結婚は……楽、でした。

しゃーりん
恋愛
幼い頃は病弱で、今は元気だと言うのに過保護な両親のせいで婚約者がいないまま18歳になり学園を卒業したサラーナは、両親から突然嫁ぐように言われた。 両親からは名前だけの妻だから心配ないと言われ、サラーナを嫌っていた弟からは穴埋めの金のための結婚だと笑われた。訳も分からず訪れた嫁ぎ先で、この結婚が契約結婚であることを知る。 夫となるゲオルドには恋人がいたからだ。 そして契約内容を知り、『いいんじゃない?』と思うお話です。

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

処理中です...