上 下
13 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜

作戦会議の前に〜オスヴァルト⑤〜

しおりを挟む

「はぁー……………」

 辺境伯から拘束を解かれたのは、ゆうに一時間以上過ぎてからだった。
 ごつい男と二人きりの空間は何とも居心地が悪く、オスヴァルトは何度も早く退出したいと願った。

 頼みの綱の兄は辺境伯から作戦指示の為追い出されたし、共に並んでいた同僚騎士もディートリヒと共に退出した。
 それゆえ、辺境伯と二人きりの時間を過ごさねばならなくなったのは、オスヴァルトにとって苦痛でしかなかった。

 しかも話の内容ときたら。

「君は、テレーゼと、どういう関係かね?」

「どうも何も、先日荷解きの際に少し話し掛けられただけです」

「荷解きの際とは……ははあ、あの時既にテレーゼに目を付けていたのか。ふむふむ。
 うちの娘は可愛いだろう?しかも勇敢で騎士としての実力も申し分ない。
 戦場の女神と騎士たちの間で話題だ」

「はあ……」

 確かにテレーゼを思い浮かべると、さらさらの茶色い髪に燃える炎のような強い意志を感じさせる瞳、凛とした空気に相応しい耳障りの良い声。
 なるほど、戦場で駆け回る姿はさながら戦の女神のようにしなやかで美しいだろうとオスヴァルトは納得した。
 どんなに絶望しても、死の淵にいても、きっとその姿を見るだけで希望を灯せるだろうと。

「だがな、テレーゼは並の男にはやれん。
 あれの兄が一人娘を遺して死んでしまってからはあれが跡継ぎになる。
 だがあまりにも神々しいのか、辺境の騎士たちの中で求婚する者はおらん。
 英雄のような男ならわしも認め……」
「兄上には義姉上がおります。二人の仲を脅かすような真似はさせません」

 無礼とは分かっているが、オスヴァルトは妙な苛立ちを感じ辺境伯の言葉に被せ、目線を鋭くする。

「……分かっておる。二人の仲は辺境にも届いておるわ。
 結婚から約8年経っても新婚のようだとな」

 目を丸くしながら辺境伯は答える。
 その様子にオスヴァルトも警戒を解いた。

「……既婚者には大事なテレーゼはやらん。安心せい」

「父上!オスヴァルト殿に何を吹き込んでおいでですか!!」

 ふう、と息を吐いた辺境伯の元へ、扉をばたんと開けたテレーゼが入って来た。

「テレーゼ、せめてノックくらいしろと」

「そうやって大人が間に入ると拗れるのでお止めくださいと申し上げたでしょう?
 そ、それにオスヴァルト殿にも好い人がいればご迷惑でしょう……」

 最後はしどろもどろになりながら、テレーゼは尻すぼみな声になってしまった。
 チラチラとオスヴァルトの反応を伺うかのような仕草は照れからか、はたまた別の感情からなのか。

「と、とにかく婿殿は自分で見つけますゆえ、父上は関知なさらないで下さい」

「テレーゼ……わしはオスヴァルト殿にそこまで言うておらんが…」

 ジト目になった辺境伯は、テレーゼにぼそっと言う。

「……へっ…、あ……あの、えっ、と」

 おろおろする娘に、父としての勘が鋭く光る。
 娘の様子をじっと見ているオスヴァルトにも。

「まぁ。そういう事だ。じゃあ、わしはこれで……」

 見つめ合う二人の醸し出す空気に居たたまれなくなった辺境伯は、すごすごと部屋をあとにした。



「はぁー…………」

 ようやく威圧感のあった存在から解放され、オスヴァルトは長く息を吐く。

「すみません、父が無礼を申し上げまして」

「いえ、こちらこそ辺境伯の発言に被せる行為をしてしまいました」

「いいんですよ。父はそんなの気にしませんから。あの、それより……」

 顔を赤らめ、手をもちもちと所在なげに遊ぶテレーゼを見て、オスヴァルトも胸の奥が疼く。

「す、すみません、いきなり婿とか、飛躍してしまって……」

 気まずいのか、テレーゼは俯きずっと指を組み替えたり指遊びをする。
 それを見てオスヴァルトは表情を緩めた。

「構いませんよ。気にしてませんから、テレーゼ様もお気になさらず」

「……は、はい……。ありがとうございます…」

 気のせいか、テレーゼは一瞬瞳を揺らし、再び俯いた。
 それが引っ掛かったオスヴァルトは口を開こうとしたが。

「テレーゼ様」

 ぞわりとする低い声。
 本能的にオスヴァルトは警戒し、声の方向へ振り向いた。
 呼ばれたテレーゼは無意識にオスヴァルトの服の袖を掴む。

「トラウト卿……」

「作戦会議の時間では?」

 コツコツと靴音を鳴らし、ゆっくりと近付いてくる男は、何とも形容し難い空気を纏っている。

「父上に呼ばれていただけです。すぐに行くから先に行っててください」

 全身を這うような、トラウト卿の視線に居心地を悪くしながらテレーゼは毅然と答える。
 その雰囲気にオスヴァルトも警戒を緩めなかった。

「承知しました。会議室にてお待ちしておりますので……」

 くるりと踵を返し立ち去る。
 だがその姿が見えなくなるまでじっと睨み付けていた。

「彼が、そうなんですね」

「……ええ」


 テレーゼが言っていた内通者らしき男。
 アーベル・トラウト。辺境騎士団の副団長だ。

 そして。



「私の兄の最期に一緒にいた男です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

処理中です...