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一匹狼
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日本列島の本土のど真ん中より、ちょっと外れた山間部に、人口千人に満たない集落がある。
そこにある人材派遣会社『なんでも屋』
『なんでも屋』の社屋は、築百年を越える古民家を改装したものだ。昔は、蚕養殖の為の屋根裏部屋があり、この地域には珍しく、住居と馬小屋が繋がった造りだった。
九十坪の二階建てで、かなりの広さがある。
その一階の半分をぶち抜き、事務所にした。
ついでに、昔ながらの土間と納戸を利用し、従業員用の食堂を作ったのだが、仕事をしている両親の替わりに子供を預かったり、その他何らかの理由で、食事が必要な時に、仕出しの様な事をしていたら、いつの間にか食堂と住民には認識され、人材派遣会社兼食堂の『なんでも屋』になってしまった。
日雇いで色々な仕事をこなすため、色々な資格を持っていた者が集まって始めたちょっと変わった有限会社だ。
その『なんでも屋』の土間にある大きな薪ストーブの中で、薪がパチパチ音をたて燃えている。
三月下旬の昼下がり、ストーブ前に置かれたソファーで、社員である神部は、コクりコクりと船をこいでいた。
そこへ、ガラリと入り口の引戸を大きく開けて、同じく社員の保坂が帰ってきた。
「ただいまぁ。社長、俺、午後手ぇ空いたんですけど、何すればいいですか?」
「!」
入り口から、神部の居るソファーの後ろを通り、事務所として使っている和室の上がり框に、保坂が腰掛けながら、中の社長に声をかけた。
『ナニヲスレバイイ』
この言葉に、衝撃を受けたのは何時の事だっただろうか?
起き抜けの鈍い頭で、神部は記憶を手繰る。
確か、二十年位前、小学校低学年の頃だと思う。
その時には、既に自分が周りの人と違うと気づいていた…いや、人間という種族の中で、少数派に分類されている事を教えられていた。母方の血によるもので、代々、長男に特殊な力が受け継がれていた。しかし、数十年男子に恵まれず。母の曾祖父が亡くなれば、力は潰えるのではと、言われていたらしい。そんな中、俺が生まれ、母方は大喜びであった。
しかし、父方には、その力の事は内緒にしていたため、俺の様子から知能障害あるのではないかと、距離を取られた。
父親は、母方の話を聞き、両親や親族に誤解だと説得したが、聞き入れてもらえず。随分、酷いことを言われたらしい…父親は、何も言わないけれど…
しかし、遺伝的な事で母方の理解が合ったから、俺はまだ、マシな方だった。
今、帰ってきた保坂は、特殊な力のせいで、両親に捨てられたらしい。詳しくは知らないが、保坂を育てたモノ達が、そう言っていた。
「あれ、保坂くん、今日は、三時頃まで、春枝さんとこの雪かきだったでしょう?半日で終わったんですか?」
ソファーからでは、事務所の中は見えないが、社長の声は聞こえてきた。
「それがですねぇ、春枝さんとこの、祐二さんが休みだったらしく帰ってきたので、一緒にやって、午前中で終わったんですよ」
「えっ、祐二君来たんですか?最近、帰ってこないって、春枝さん愚痴をこぼしていたのに…」
「なんかプロジェクトが終了したとか言ってましたよ。海外にも、行ってたらしくて、帰ってきたら、季節外れの大雪で参ったって、笑ってました。で、ついでのお土産です」
「おっ、ドイツのチョコレート菓子ですか、ありがたく頂きましょう」
「それで、俺、どうすればいいですか?」
「ちょうど良かったです。この大雪で、いろいろあって、子供達を数人預かる事になったんですよ。今は、皆で雪かきしてますので、おやつの準備をお願いします」
「いろいろってなんです?」
「沙絵ちゃんのお婆さんが早朝倒れましてね。沙絵ちゃんのご両親、勤め先が遠いじゃないですか、しかもこの雪だったので、もう出掛けてしまっていたので、沙絵ちゃん、ウチに電話してきたんですよ」
「えっ、確か、沙絵ちゃんのおばあちゃんって、昨年末に入院してましたよねぇ」
「ええ、調子が良くなって、戻ってきていたんですが、この大雪でしょ…今朝は、かなり寒じてましたからね」
「そういえば、春枝さん家に着いたぐらいに、救急車の音してて、何処の家だろうって、話してたんだ。それですか?」
「ええ、そうですね。入院していた病院に連絡したら、受け入れOKだったので、冬樹先生が、付き添ったんですが、まだ、連絡が来ないんですよねぇ」
「ああ、祐二さんが、下はこんなに降ってないけど、もうタイヤ履き替えてる人多いから、凄い混雑してて、登って来る間に、事故車を三台見たとか言ってましたよ」
「えっ、まさか…」
社長の声に反応したように、電話が鳴り出した。
「あっ、冬樹先生からです」
ちょっと、安心したような声の後に電話を取る音が聞こえてきた。
さっきまでとは違い、社長の声が聞き取りにくくなって、電話の内容が分からない。
上がり框から、俺を見た保坂が立ち上がり、ソファーの方に来た。
「沙絵ちゃんのおばあちゃん、大丈夫だって、今は、安定して寝てるって」
「そうか、良かった」
保坂はその場で伸びをしてから、調理場に向かう。
俺は、安心したからか、また、眠気がして欠伸をしながら、また、記憶を手繰る。
そう、低学年のある日、その頃は、皆と違う事を理由に、周りの人達と距離を取っていた。五歳違いの弟が、父方の親族に受け入れられ、可愛がられているのが面白くなく、意固地になっていたのだ。
その頃、憧れていたのは、アニメか漫画で知った『一匹狼』という言葉だった。
その時は、漠然と『一人で何でも出来る。凄い人』みたいな認識だったと思う。周りの人とは違う自分は『一匹狼』になるのだと思っていた。
それがだ、あるバラエティー番組で、犬の鳴き声を翻訳する機械で、一匹狼の鳴き声を翻訳してみるという企画があり、俺は、言葉の元になったのだから、どんな言葉が聞けるのかと、ワクワクした気持ちで見ていた。そんな俺の目の前に、一匹狼の声を拾った機械が示した言葉は…
『ナニヲスレバイイ』
だった…
俺は、この言葉を見て、その一匹狼の鳴き声を、もう一度聞くと迷っている風に聞こえ、ショックを受けた。
一人でも平気で生きられるのが、一匹狼じゃなかったのか?なのに、そんな誰かにすがるような事を言うなんて…
一緒に見ていた両親は、笑って見ていたが、俺は、笑えなかった。
そんな俺を見て、父さんが、狼は群れの動物で、一匹では生きていけないのだと説明してくれた。
でも、その時は、全然理解ができず。ショックで、更に、意固地になってしまい、両親に迷惑をかけた。
まぁ、今から思えば、俺の黒歴史だな…
「おい、神部ぇ。随分、暇そうだなぁ、こっち来て手伝えよ」
「…この雪のせいで、お前より五時間も早く起きたんだぞ。ちょっとは、休ませろ」
「だったら、自室に行って寝ろよ。目の前で、寝られるとムカつくから」
「はぁ?チッ、お前のせいで目が覚めちまった。何、作るんだよ」
俺は、ソファーから立ち上がり、カウンター側のはね板を上げ調理場に入り、冷蔵庫の横に掛けてあるエプロンをして、手を洗う。
保坂は、納戸から出してきた段ボールを、俺の横に置いた。
「ちょうどイイ機会だから、残りのリンゴを始末するために、煮リンゴにして、子供達には、熱々のアップルパイにバニラアイスを添えて出そうと思う。どうだ?」
「イイねぇ。綾姫様が喜ぶ」
そういいながら、俺と保坂はリンゴを剥き始める。
「はいはい、ところで、沙絵ちゃん以外は、誰が来るんだ?」
「えっと、確か、早希ちゃんと靖くん遥ちゃん兄妹と、拓海くんだったな。ああ、それと、南ちゃんだ」
「いつものメンバーに、南ちゃんか、珍しいな、拓海くんは、冬樹さんが、付き添ったからかぁ?」
「いや、この時期にこんな大雪、久々だろ。結構、みんな焦って怪我したり、体調崩したらしくて、石崎医院は、大忙しらしい。辻が、雪かきと、事務手伝いで行ってるよ。南ちゃんは、家が、沙絵ちゃん家の分家だろ。お母さんが、おばあちゃんの入院の仕度して、病院に向かったから、沙絵ちゃんとウチに来たんだ」
「そういうことか、大変だなぁ。そういえば、この時期に降るなんて最近無かったものなぁーって、社長ぉ、社長は、原因知ってるんですよねぇ」
保坂は、途中から音量を上げ、事務所から出てきた社長に問いかけた。
「えっ?何の事です?」
社長は、突然の問に戸惑い足を止める。
「この大雪の原因ですよ。社長、なんか昨日、雪が降り始めた時、 総二郎さんと『あの方にも、困りましたねぇ』とかなんとか、話してましたよね」
俺が補足をしてやる。
「ああ、山向こうの、九頭竜様の、最後の悪あがきの事ですか?」
そういいながら、社長は、カウンターのすみにあるドリンクコーナーに行き、最近気に入っている抹茶を入れ始める。
「はぁ?どういうことですかぁ?」
「あれ?保坂くん知らなかったんですか?」
「社長、俺も聞いてませんよ」
「えっ?あれ?話してませんでしたか?」
抹茶を手にしながら、俺達の前のカウンター席に腰掛け、戸惑っている。
「何をです?」
「いや、失敬。話忘れてました。山向こうの九頭竜様に気に入られた子が、高校を卒業し、大学に進学して家を出て下宿するそうで、今日が、その引っ越し日なんですよ」
「えっ?もしかして、この雪、九頭竜様が、その引っ越しを邪魔するために降らせたんですか?」
「そうなんだよ。凄いヤキモチ焼きらしくてね。自分の縄張りから出したくないみたいなんだよねぇ」
「はぁ?それが分かっていたのなら、何か対策出来たんじゃないですか?」
「それが…」
「「それが?」」
「それがね。引きこもりの神様で、父ですら、接触出来ず。今日になってしまったのですよ」
「…引きこもりって、神様って、みんなそんな感じですよね。至る所に神社っていう、別荘あるせいか、神出鬼没だし」
「うわっ、流石、神部くんですね。神社を別荘といいますか…あれ?そうか、神部くんを連れていけば、交渉、出来たのかもしれない。ああ、失敗しました。もっと早く気づけば、大雪にならなかったかもしれないですね」
「はぁ?俺は何も出来ないですよ」
「いやいやいや、なにもしなくても、竜神様に好意を持たれるのが、神部くんじゃないですか、巣穴に居る竜神様だって、顔ぐらい見せてくれるのでは?」
「それは、実家のある山の尾根様に関係しているモノ達限定です」
「おや?そうなんですか?私は、上手くいきそうな気がしますがねぇ、まぁ、次回、試してみましょう」
「次回があるんですか?」
「あると思いますよ。なんせ、二年前にも、ダブルデートで、隣の県に行った時、途中で邪魔したらしいですよ。死人も、怪我人もなかったですが、相当、怖い思いさせたみたいで、その竜神様の加護を受けた子は、孤立してしまったみたいです。そこで、父に依頼して来たみたいです」
「はぁ?何やってんですかぁ?だいじょう何ですかぁ?」
「本人は意外にもケロッとしてると、報告を受けましたよ。なかなか、心のあるしっかりした子らしいです」
「はぁ、なんか、ありましたよねぇ、そんな話、当事者が何も知らずにいて、回りが被害を被るってやつ」
「まぁ、不用意に近づかなければ問題ないのですが、竜神様がどういった線引きしているのか分かりませんしね。被害者が出ないように祈りましょう」
「祈るって、その竜神様を止められるのは、どの神様なんです?」
「ん、神部くん、嫌なこと聞きますねー」
「だって、次回があるなら聞いておかないと」
「うっ、墓穴を掘りましたか…」
「で?どなたなんです?」
「くっ、保坂くんまで…それなんですが、言葉のアヤでした。どうやら、その九頭竜様は、この国の生まれではないので、九頭竜様を知る御方がいなかったのです。ですので、九頭竜様が、暴れたときに被害がでない様にしてくれる酔狂な神様が現れるように祈りましょう」
「社長ぉー」
「ははは、冗談ですよ。ちゃんと、手は打ちました。加護持ちの子は、さっき、無事に総二郎さんの下宿に引っ越し完了しましたよ」
「えっ、総二郎さんの所ということは、いずれは、此処に呼ぶんですか?」
「多分そうなりますね。ですから、その時は、神部くん!お願いしますね!」
「社長、聞いてます?俺は、尾根様関係だけですよって、言ってるじゃないですか」
「いや、私には分かります。今回の事は、神部くんの力が必要だと」
「はは、神部、諦めた方がいいぞ、社長のカンは、当たるからな」
「…ちっ、俺は知りませんよ。社長が何とかしてください」
「ふふ、まぁ、その時に考えましょう。取り敢えずは、今日のことですね。この雪のせいで、いろいろ大変みたいで、子供達の夕食もお願いしますね」
「泊まる子もいるんですか?」
「今のところは無いですね。ただ、帰りが遅くなりそうということでしたから」
「でも、一応用意しておいた方が良いですかねぇ?」
ちょうど、リンゴが剥き終わり、保坂が、鍋一杯になったリンゴを火にかける。
「そうですねー…、保坂くん、夕食の献立は?」
「えっ、大人数だから、鍋ですかね。雪で寒いし、鶏団子と根野菜のと、鮭と鱈と葉野菜ので、締めはうどんかな」
「良いですね。なら二階で食べますか、それで、布団も敷けるようにしておけば、対処出来ますかね」
「なるほど、じゃぁ、二階の準備をしてきますか」
そう言いながら、エプロンをとり、納戸の方から調理場を出て、二階に向かおうとした俺に社長から声が掛かる。
「あっ、それは、私がやりますから、神部くんは、ちゃんと休憩してください。夜中から除雪作業してたでしょ」
「えっ、でも…」
「さっき、そこで寝てたじゃないか、休んでこいよ」
「そうですよ」
二人に笑顔で促される。
「そうですか?じゃ、休憩してきます」
そう言って、俺は、客用ではなく、従業員用の急な階段を登り始める。
「はい、おやすみなさい」
と、社長の声が聞こえた。
「社長、昼間に『おやすみなさい』って、変じゃないですか?」
「えっ?そうですか?寝る前なんだから『おやすみなさい』で良いでしょう?」
「ええ?でも、昼ですよぉ」
「じゃぁ、何て言うんです?」
「そうですねー…」
なんだかなぁー、何、言ってんだ…どうでも、いいだろ、そんなこと。
… ふっ、一匹狼より、群れが良い。
そう言えば、狼が群れの動物だと教えてくれた時、狼の番は死が二人を分かつまで一緒に居るのだとも教えてくれた。そして、俺達もそうなるのだと、父さんと母さんは、笑っていた。
有言実行しそうな二人は、俺の理想でもある。
うん、やっぱり、群れが良い。
そこにある人材派遣会社『なんでも屋』
『なんでも屋』の社屋は、築百年を越える古民家を改装したものだ。昔は、蚕養殖の為の屋根裏部屋があり、この地域には珍しく、住居と馬小屋が繋がった造りだった。
九十坪の二階建てで、かなりの広さがある。
その一階の半分をぶち抜き、事務所にした。
ついでに、昔ながらの土間と納戸を利用し、従業員用の食堂を作ったのだが、仕事をしている両親の替わりに子供を預かったり、その他何らかの理由で、食事が必要な時に、仕出しの様な事をしていたら、いつの間にか食堂と住民には認識され、人材派遣会社兼食堂の『なんでも屋』になってしまった。
日雇いで色々な仕事をこなすため、色々な資格を持っていた者が集まって始めたちょっと変わった有限会社だ。
その『なんでも屋』の土間にある大きな薪ストーブの中で、薪がパチパチ音をたて燃えている。
三月下旬の昼下がり、ストーブ前に置かれたソファーで、社員である神部は、コクりコクりと船をこいでいた。
そこへ、ガラリと入り口の引戸を大きく開けて、同じく社員の保坂が帰ってきた。
「ただいまぁ。社長、俺、午後手ぇ空いたんですけど、何すればいいですか?」
「!」
入り口から、神部の居るソファーの後ろを通り、事務所として使っている和室の上がり框に、保坂が腰掛けながら、中の社長に声をかけた。
『ナニヲスレバイイ』
この言葉に、衝撃を受けたのは何時の事だっただろうか?
起き抜けの鈍い頭で、神部は記憶を手繰る。
確か、二十年位前、小学校低学年の頃だと思う。
その時には、既に自分が周りの人と違うと気づいていた…いや、人間という種族の中で、少数派に分類されている事を教えられていた。母方の血によるもので、代々、長男に特殊な力が受け継がれていた。しかし、数十年男子に恵まれず。母の曾祖父が亡くなれば、力は潰えるのではと、言われていたらしい。そんな中、俺が生まれ、母方は大喜びであった。
しかし、父方には、その力の事は内緒にしていたため、俺の様子から知能障害あるのではないかと、距離を取られた。
父親は、母方の話を聞き、両親や親族に誤解だと説得したが、聞き入れてもらえず。随分、酷いことを言われたらしい…父親は、何も言わないけれど…
しかし、遺伝的な事で母方の理解が合ったから、俺はまだ、マシな方だった。
今、帰ってきた保坂は、特殊な力のせいで、両親に捨てられたらしい。詳しくは知らないが、保坂を育てたモノ達が、そう言っていた。
「あれ、保坂くん、今日は、三時頃まで、春枝さんとこの雪かきだったでしょう?半日で終わったんですか?」
ソファーからでは、事務所の中は見えないが、社長の声は聞こえてきた。
「それがですねぇ、春枝さんとこの、祐二さんが休みだったらしく帰ってきたので、一緒にやって、午前中で終わったんですよ」
「えっ、祐二君来たんですか?最近、帰ってこないって、春枝さん愚痴をこぼしていたのに…」
「なんかプロジェクトが終了したとか言ってましたよ。海外にも、行ってたらしくて、帰ってきたら、季節外れの大雪で参ったって、笑ってました。で、ついでのお土産です」
「おっ、ドイツのチョコレート菓子ですか、ありがたく頂きましょう」
「それで、俺、どうすればいいですか?」
「ちょうど良かったです。この大雪で、いろいろあって、子供達を数人預かる事になったんですよ。今は、皆で雪かきしてますので、おやつの準備をお願いします」
「いろいろってなんです?」
「沙絵ちゃんのお婆さんが早朝倒れましてね。沙絵ちゃんのご両親、勤め先が遠いじゃないですか、しかもこの雪だったので、もう出掛けてしまっていたので、沙絵ちゃん、ウチに電話してきたんですよ」
「えっ、確か、沙絵ちゃんのおばあちゃんって、昨年末に入院してましたよねぇ」
「ええ、調子が良くなって、戻ってきていたんですが、この大雪でしょ…今朝は、かなり寒じてましたからね」
「そういえば、春枝さん家に着いたぐらいに、救急車の音してて、何処の家だろうって、話してたんだ。それですか?」
「ええ、そうですね。入院していた病院に連絡したら、受け入れOKだったので、冬樹先生が、付き添ったんですが、まだ、連絡が来ないんですよねぇ」
「ああ、祐二さんが、下はこんなに降ってないけど、もうタイヤ履き替えてる人多いから、凄い混雑してて、登って来る間に、事故車を三台見たとか言ってましたよ」
「えっ、まさか…」
社長の声に反応したように、電話が鳴り出した。
「あっ、冬樹先生からです」
ちょっと、安心したような声の後に電話を取る音が聞こえてきた。
さっきまでとは違い、社長の声が聞き取りにくくなって、電話の内容が分からない。
上がり框から、俺を見た保坂が立ち上がり、ソファーの方に来た。
「沙絵ちゃんのおばあちゃん、大丈夫だって、今は、安定して寝てるって」
「そうか、良かった」
保坂はその場で伸びをしてから、調理場に向かう。
俺は、安心したからか、また、眠気がして欠伸をしながら、また、記憶を手繰る。
そう、低学年のある日、その頃は、皆と違う事を理由に、周りの人達と距離を取っていた。五歳違いの弟が、父方の親族に受け入れられ、可愛がられているのが面白くなく、意固地になっていたのだ。
その頃、憧れていたのは、アニメか漫画で知った『一匹狼』という言葉だった。
その時は、漠然と『一人で何でも出来る。凄い人』みたいな認識だったと思う。周りの人とは違う自分は『一匹狼』になるのだと思っていた。
それがだ、あるバラエティー番組で、犬の鳴き声を翻訳する機械で、一匹狼の鳴き声を翻訳してみるという企画があり、俺は、言葉の元になったのだから、どんな言葉が聞けるのかと、ワクワクした気持ちで見ていた。そんな俺の目の前に、一匹狼の声を拾った機械が示した言葉は…
『ナニヲスレバイイ』
だった…
俺は、この言葉を見て、その一匹狼の鳴き声を、もう一度聞くと迷っている風に聞こえ、ショックを受けた。
一人でも平気で生きられるのが、一匹狼じゃなかったのか?なのに、そんな誰かにすがるような事を言うなんて…
一緒に見ていた両親は、笑って見ていたが、俺は、笑えなかった。
そんな俺を見て、父さんが、狼は群れの動物で、一匹では生きていけないのだと説明してくれた。
でも、その時は、全然理解ができず。ショックで、更に、意固地になってしまい、両親に迷惑をかけた。
まぁ、今から思えば、俺の黒歴史だな…
「おい、神部ぇ。随分、暇そうだなぁ、こっち来て手伝えよ」
「…この雪のせいで、お前より五時間も早く起きたんだぞ。ちょっとは、休ませろ」
「だったら、自室に行って寝ろよ。目の前で、寝られるとムカつくから」
「はぁ?チッ、お前のせいで目が覚めちまった。何、作るんだよ」
俺は、ソファーから立ち上がり、カウンター側のはね板を上げ調理場に入り、冷蔵庫の横に掛けてあるエプロンをして、手を洗う。
保坂は、納戸から出してきた段ボールを、俺の横に置いた。
「ちょうどイイ機会だから、残りのリンゴを始末するために、煮リンゴにして、子供達には、熱々のアップルパイにバニラアイスを添えて出そうと思う。どうだ?」
「イイねぇ。綾姫様が喜ぶ」
そういいながら、俺と保坂はリンゴを剥き始める。
「はいはい、ところで、沙絵ちゃん以外は、誰が来るんだ?」
「えっと、確か、早希ちゃんと靖くん遥ちゃん兄妹と、拓海くんだったな。ああ、それと、南ちゃんだ」
「いつものメンバーに、南ちゃんか、珍しいな、拓海くんは、冬樹さんが、付き添ったからかぁ?」
「いや、この時期にこんな大雪、久々だろ。結構、みんな焦って怪我したり、体調崩したらしくて、石崎医院は、大忙しらしい。辻が、雪かきと、事務手伝いで行ってるよ。南ちゃんは、家が、沙絵ちゃん家の分家だろ。お母さんが、おばあちゃんの入院の仕度して、病院に向かったから、沙絵ちゃんとウチに来たんだ」
「そういうことか、大変だなぁ。そういえば、この時期に降るなんて最近無かったものなぁーって、社長ぉ、社長は、原因知ってるんですよねぇ」
保坂は、途中から音量を上げ、事務所から出てきた社長に問いかけた。
「えっ?何の事です?」
社長は、突然の問に戸惑い足を止める。
「この大雪の原因ですよ。社長、なんか昨日、雪が降り始めた時、 総二郎さんと『あの方にも、困りましたねぇ』とかなんとか、話してましたよね」
俺が補足をしてやる。
「ああ、山向こうの、九頭竜様の、最後の悪あがきの事ですか?」
そういいながら、社長は、カウンターのすみにあるドリンクコーナーに行き、最近気に入っている抹茶を入れ始める。
「はぁ?どういうことですかぁ?」
「あれ?保坂くん知らなかったんですか?」
「社長、俺も聞いてませんよ」
「えっ?あれ?話してませんでしたか?」
抹茶を手にしながら、俺達の前のカウンター席に腰掛け、戸惑っている。
「何をです?」
「いや、失敬。話忘れてました。山向こうの九頭竜様に気に入られた子が、高校を卒業し、大学に進学して家を出て下宿するそうで、今日が、その引っ越し日なんですよ」
「えっ?もしかして、この雪、九頭竜様が、その引っ越しを邪魔するために降らせたんですか?」
「そうなんだよ。凄いヤキモチ焼きらしくてね。自分の縄張りから出したくないみたいなんだよねぇ」
「はぁ?それが分かっていたのなら、何か対策出来たんじゃないですか?」
「それが…」
「「それが?」」
「それがね。引きこもりの神様で、父ですら、接触出来ず。今日になってしまったのですよ」
「…引きこもりって、神様って、みんなそんな感じですよね。至る所に神社っていう、別荘あるせいか、神出鬼没だし」
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「はぁ?俺は何も出来ないですよ」
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「それは、実家のある山の尾根様に関係しているモノ達限定です」
「おや?そうなんですか?私は、上手くいきそうな気がしますがねぇ、まぁ、次回、試してみましょう」
「次回があるんですか?」
「あると思いますよ。なんせ、二年前にも、ダブルデートで、隣の県に行った時、途中で邪魔したらしいですよ。死人も、怪我人もなかったですが、相当、怖い思いさせたみたいで、その竜神様の加護を受けた子は、孤立してしまったみたいです。そこで、父に依頼して来たみたいです」
「はぁ?何やってんですかぁ?だいじょう何ですかぁ?」
「本人は意外にもケロッとしてると、報告を受けましたよ。なかなか、心のあるしっかりした子らしいです」
「はぁ、なんか、ありましたよねぇ、そんな話、当事者が何も知らずにいて、回りが被害を被るってやつ」
「まぁ、不用意に近づかなければ問題ないのですが、竜神様がどういった線引きしているのか分かりませんしね。被害者が出ないように祈りましょう」
「祈るって、その竜神様を止められるのは、どの神様なんです?」
「ん、神部くん、嫌なこと聞きますねー」
「だって、次回があるなら聞いておかないと」
「うっ、墓穴を掘りましたか…」
「で?どなたなんです?」
「くっ、保坂くんまで…それなんですが、言葉のアヤでした。どうやら、その九頭竜様は、この国の生まれではないので、九頭竜様を知る御方がいなかったのです。ですので、九頭竜様が、暴れたときに被害がでない様にしてくれる酔狂な神様が現れるように祈りましょう」
「社長ぉー」
「ははは、冗談ですよ。ちゃんと、手は打ちました。加護持ちの子は、さっき、無事に総二郎さんの下宿に引っ越し完了しましたよ」
「えっ、総二郎さんの所ということは、いずれは、此処に呼ぶんですか?」
「多分そうなりますね。ですから、その時は、神部くん!お願いしますね!」
「社長、聞いてます?俺は、尾根様関係だけですよって、言ってるじゃないですか」
「いや、私には分かります。今回の事は、神部くんの力が必要だと」
「はは、神部、諦めた方がいいぞ、社長のカンは、当たるからな」
「…ちっ、俺は知りませんよ。社長が何とかしてください」
「ふふ、まぁ、その時に考えましょう。取り敢えずは、今日のことですね。この雪のせいで、いろいろ大変みたいで、子供達の夕食もお願いしますね」
「泊まる子もいるんですか?」
「今のところは無いですね。ただ、帰りが遅くなりそうということでしたから」
「でも、一応用意しておいた方が良いですかねぇ?」
ちょうど、リンゴが剥き終わり、保坂が、鍋一杯になったリンゴを火にかける。
「そうですねー…、保坂くん、夕食の献立は?」
「えっ、大人数だから、鍋ですかね。雪で寒いし、鶏団子と根野菜のと、鮭と鱈と葉野菜ので、締めはうどんかな」
「良いですね。なら二階で食べますか、それで、布団も敷けるようにしておけば、対処出来ますかね」
「なるほど、じゃぁ、二階の準備をしてきますか」
そう言いながら、エプロンをとり、納戸の方から調理場を出て、二階に向かおうとした俺に社長から声が掛かる。
「あっ、それは、私がやりますから、神部くんは、ちゃんと休憩してください。夜中から除雪作業してたでしょ」
「えっ、でも…」
「さっき、そこで寝てたじゃないか、休んでこいよ」
「そうですよ」
二人に笑顔で促される。
「そうですか?じゃ、休憩してきます」
そう言って、俺は、客用ではなく、従業員用の急な階段を登り始める。
「はい、おやすみなさい」
と、社長の声が聞こえた。
「社長、昼間に『おやすみなさい』って、変じゃないですか?」
「えっ?そうですか?寝る前なんだから『おやすみなさい』で良いでしょう?」
「ええ?でも、昼ですよぉ」
「じゃぁ、何て言うんです?」
「そうですねー…」
なんだかなぁー、何、言ってんだ…どうでも、いいだろ、そんなこと。
… ふっ、一匹狼より、群れが良い。
そう言えば、狼が群れの動物だと教えてくれた時、狼の番は死が二人を分かつまで一緒に居るのだとも教えてくれた。そして、俺達もそうなるのだと、父さんと母さんは、笑っていた。
有言実行しそうな二人は、俺の理想でもある。
うん、やっぱり、群れが良い。
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