白い魔女に魅入られて

shimishimi

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第二章 時間は巡る

仮説

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「始めましょうか。説明するって言ったけど先に悠矢の話を聞かせて」
「わかった」

 昨日を三度経験したこと、今までのことを洗いざらい話した。
 大河がバスに、電車に引かれたことも。目を離した一瞬のうちにホームに落下していたこと。
 二度目の昨日、夜に詩織と駅で出会ったことも。

「ん? 変ね」
「そうだろ? そのときは駅に人が多かったわけじゃなかったんだ。だから、誰かが大河を押してホームに突き落としたのなら俺が気づかないってのはおかしいはずなんだよ。すぐ俺が隣にいたんだから」
 わからなかったわけじゃない。
 周りには人がいなかったんだ。
「そうじゃなくて、私がそこにいた理由がわからないの」
「……そっちですか」
「そこは後で考えればいいか。とりあえず、予知夢説はなさそうね」
「その理由は?」
「夢ってのは記憶の整理も兼ねているの。寝ている間にその日の出来事を脳内で再生したり整理して取捨選択するの。だから、私たち人間は本当はもっと夢を見ているのよ。でも、ほとんど覚えてないのよ。その理由はわかる?」

「ん? 日常生活を振り返ってるから?」
「そう!」
 人差し指を立てて合図した。詩織は俺の周りを歩き出した。

「新しい出来事とか、刺激的な出来事を脳は記憶するの。でも、今日あった出来事を振り返るから何も新奇なことはない。人が夢を見た!って感じるのは新奇な出来事を想像したからそう思うのよ。でも、それは漠然としているものよ」
 詩織は続けて言う。身振り手振りを付け加えて。
「それなのに、悠矢は鮮明に記憶しているの。しかも、二日分を。現実の時間軸に影響がもたらされなかったとしたら、夢の中で夢を見るしかないでしょ? そんなの寝ている間に行ったら脳に負担が掛かるじゃない」

「へー、脳科学者みたいだな」
「物理学者よ」
 詩織は一瞬で向き直り、即答した。
「それじゃ、俺には何が起こったんだ?」
 また詩織は歩き出した。
「時間が昨日に巻き戻った。あるいは、世界線の移動が起こったか」
 言葉に出なかった。まさかそんな言葉を聞くことになるなんて。SFの世界だけだと思っていた。

「昨日のメールがきてきそうね。予知夢は外れちゃったけど、あり得なさそうな方が残ったわね」
 あり得ない仮説が残ったわけか。夢オチの方がまだ安心できた。
「でもね、あり得なさそうに思うのは量子力学をきちんと勉強してないからよ」
「量子力学?って詩織の専門だっけ?」
「そうよ。しかも、今私が研究している内容が時間だからその辺詳しいのよ」
「へー、すごいな」
 時間の研究ってすごそうだな。
「簡単に言うわ。時間なんてものは相対的なの」
「どういう意味?」
「……人によって流れ方が違うの」
「理解。え、そうなの?」
「そうよ。例として挙げると地球の中心に近づくとその分重力が強くなるから時間の進み方が遅くなるの。その逆に宇宙に近づくと時間の進み方が速くなるの。わずかだけどね」
「他にも例はあるけど省くわ。時短よ」
「はい」
「それに量子の世界じゃ、時間の逆行は起こるからね」
 詩織は続ける。
「それぞれの異なる世界ってのもその辺に転がっているものよ。私たちはそれが認知できないだけで」

 もう、何が何だかわからない。
「まぁ、間違いなく時間の逆行は起こっているわね。ただし、世界線の移動先がこことは一日ずれた世界かもってのをふまえての意味だから、どのみち問題が生じるのよ」
「と言いますと?」
「ただの時間の逆行にしろ世界線の移動にしろ悠矢の記憶を量子に保存しないとできないのよねー」
「……」
 専門の話にはついていけない。ここは専門家に任せようかな。

「そろそろおいとまして、昼飯を食べに行こうかな」
「え? 行くつもりなの?」
 詩織は足を止めて、ぱっとこっちを向いた。その目をぱちくりと大きく見開いていた。
 そんなに驚きます?

「さすがに午後の授業は出席があるから」
「そんなの役に立たないわよ」
「それって教授職の人が言っていいの……?」
「事実なんだから仕方ないわ。自分で勉強したほうが断然効率がいいわ。じゃ、行くにしてももう少し後にしたら?」
「え、それじゃ出席が……」
「そんなもの友達に頼んで出席カード出してもらえばいいじゃない。悠矢友達多そうだし」
「教授がそんなこと言っていいんですか!?」
「え? もしかして少なかった?」
 詩織は手を口に当てて慌てた様子を見せた。小さくごめんなさいと聞こえた。
 マジ感でるからやめて! 悲しくなる!
「友達はいますけど!? 割と多めに!!」
「じゃぁ、大丈夫じゃないの」
「次の授業はそんなに簡単に抜けれるものじゃないんだよ」

 詩織は少し目を細め、眉間にしわを寄せた。それから、下唇を少し上げて不機嫌な顔を作った。
「行かないとやばい授業です」
 俺のその一言を聞くと詩織は顎に手を当てて思案顔になった。
 少しの間、沈黙が流れた。

「……今ね。嫌な予感がしているの」
「嫌な予感?」
「さっきこの建物に入ってくるときドアの取っ手が違ったの」
「どういうこと?」
 首をかしげた
「きちんと元の位置に戻っていたのよ。私が出るときはいつも少しだけ下げているのよ」
「……気のせいじゃないか?」
「ここには誰もこないから。誰か来たときはそれでわかるのよ」
「それと嫌な予感ってのはどう関係しているんだ?」
「勘よ」
 またしても即答された。
「いや、行く。行かないと卒業できない」
「そんなにやばい科目なの?」
「実験」
「それは行きなさい」

 ほんとなんかよくわからない人だな。
 詩織は扉まで行き鍵を開けた。

「一つ約束。私に会ったことを誰に聞かれても課題の再提出とそれについての評価を聞いていたって言いなさいよ」
 釘を刺された。
 首をかしげていると詩織はため息をついた。
「生徒と同年代の教授が人気の無い研究室で密会してるとか思われると問題でしょ?」
「あ、なるほど。わかったよ」
「それと来るときはメールしなさい。私からの返信があったら、来なさい」
「……それって本当に密会感でません?」
「いいから」と詩織に睨まれた。
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