白い魔女に魅入られて

shimishimi

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第二章 時間は巡る

招集

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「えーここはこうなって――」

 一限目の教授は白板に淡々と作業のように書いていく。
 大学に入ったからといってもやることは理系学生は高校生や中学生とも変わらない。

 机の前に座って勉強するだけ。

 ただ大学生はそれを自分で選択できるようになった。それも選択のない二択だ。勉強しないと試験で終わる。試験で終わると単位はない。単位がないと卒業できない。世の中じゃ、浪人よりも留年の方がアタリがきつい。

 聡太が言った通り、大学生って思った以上につまらない。想像の5倍はつまらなかった。

 確かに、高校生のときは大学生は輝いて見えた。しかし、それも無いものねだりで幻想。中学生から見た高校生が大人に見えるのと同じ原理だ。
 有機化学の教授の話を聞くのに集中力が欠いてきた頃に、机の上に置いた携帯に明かりが付いた。


 10時30分の下にメールが一件。
 加藤詩織
 件名:10時40分に食堂で待つ。
 ちなみに、本文には何も書いてなかった。


 後10分。


 クソッ、どっちなんだよ!!

 律証館大学りっしょうかんだいがくには二つ食堂がある。二階までもが食堂という大きい方と一階の一部が食堂というこじんまりとした方。大きい方の食堂がある建物が「ユーニー」という意味分からないネーミングセンスをしている。小さい方の食堂がある建物の名前は「re」とかいう謎のネーミングセンス。
 どっちの食堂もそこそこ離れていてお互いにも距離がある。
 迷っていられないな……。
 大講義室から抜けようと席を立った。

 後ろにいた孝基が目で問いかけてくる。
「後はよろしく」
 片手で手を合わせるかのようにした。

 早足で後にした。


「はぁ、はぁ、はぁ」
 両膝に手を付く。
「遅かったじゃないの」
 詩織は優雅に味噌汁をズズゥーと飲む。
 相変わらず、彼女はカッターシャツとタイトなパンツの上から白衣を身にまとっている。
 普通に座っていると思っていた。さすがに入学したての学生に見つけにくい席にいるなんて性悪なことしないだろうと思った。

 間違いだった。

「ユーニー」の二階のカウンター席にいた。それも、ぱっと見分からないような場所――曲がりくねり壁で隠れてしまう席にいた。完全に死角だった。
 その白衣に救われたのだけれど。

「何往復したの?」
 指で示す。
「二往復ですんだの? さすがね」
「何試してるんですか?」
 下から見上げる。
「私敬語嫌なんだけど」
 上から見下げられた。
「サーセン」
 もう一度、頭を下げる。まじで、しんど! 大学生でこんなに走るなんて思わなかった。
 詩織は勝ち誇ったかのようにして鼻で笑った。
「時間ギリギリね」
 右手にした小さな腕時計で確認する。
 残っていた味噌汁とコップの水を飲み干す。しかも、上品に。
「行くわよ」
「どこに?」
 上体を起こした。

 焦っていて気づかなかったが、そこからは陸上のトラックが一面に見える見開けたいい場所だった。
「ここいいでしょ?」
「いいね」
「ここで悠矢も食べるようにしたら?」
「気が向いたらにするよ」
 詩織はお盆を持って立ち去った。
 俺も後を追おうとした。
 何気なく立ち去り際に、建物の下を見た。
 聡太がいた。歩いている。
 まわりには誰もいなかった。
 にもかかわらず、誰かと話しているような感じだった。
 あいつ何してんだ?

「悠矢ー」
 詩織の声。
「置いてくわよ」
「今いく」
 やるせない何かがモヤッと出てきた。
 ……。
 詩織の元へ急いだ。

 聡太は大丈夫だろう。
 何故、聡太のことが気がかりになったのかわからなかった。

「朝来ないものだから、どうかしたのかって心配したじゃない」
 詩織の後ろをゆっくりと歩く。

「あと確認のメールだったのだからきちんと返信しなさいよ」
 しかし、わかったこともある。

「メール読んだと思うけど、私の仮説どうだった? 仮説なんてたいそれたこと言ったけど、なんせ情報が少ないものだから」
 本人はなんの疑問も思っていない様子だが。

「それで私の推測はどうだった?」
 詩織は脚を止めて振り返った。

 詩織は目立ちすぎる。
 めちゃくちゃ周りの人に見られた。
「もっと近くに来たら? そんなに離れて歩かれたら独りで話しているみたいじゃない」
 同年代に見える女性が白衣を着て、しかも、お盆を持って食堂の返却口に返しに行く姿は異様そのものであろう。

「いや……、それよりも早くお盆返して行きましょうよ。加藤教授」

「ん??…………あぁ、そうだね。新島君」
 一瞬怪訝そうな顔をしたが、理解してくれたようだ。
「すまないね。こんな格好でいるのになれてしまって」
 わざとらしい演技が入った。声色もなんだか少し低い。キザな動きも少し付け加わっている。
 …………え、マジ?

「そ、そう、ですね。早く返しましょうよ」
「まさか目立っていたなんて気づかなかったよ。私は俗世に疎いんでね。それはそうと新島君、昨日送ったメールは読んでくれたかい? あれを読んでいないと話がすすまないのだけれど、どうかね? どうせ、君のことだから読んで」
 ドシドシと近づいて行き、うさんくさい猿芝居を遮った。
「早く! 返して!! 行きましょう!!」
 詩織からお盆を取り上げた。
 詩織があっ、と小さい声を出した。
 お盆や食器やらを所定の位置に返却した。
「さぁ、加藤教授行きますよ!」
「……はい」

 俺と詩織はユーニーから退散した。

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