白い魔女に魅入られて

shimishimi

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第一章 運命は巡る

BOY MEETS GIRL?(4)

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 出会って一カ月そこらの人間、まだお互いのことを知ることすらできていない関係ですら、こうも影響を与えるのか。
 それとも、人が目の前で死ぬ瞬間なんてものを見たせいなのか?…… 。

 そのせいで家を出るのが遅くなった。結局、いつも通り地下鉄の改札口まで走ることとなった。
 大学まで地下鉄、JR、バスを乗り継いで行く。ありとあらゆる交通手段を使っているため相当な時間をかけて通学しているように見えるが、約一時間で着く。
 JRの降車駅から大学まで自転車で行く手段もある。しかし、駅から大学まで上り坂一色。夏なんて大学に着く頃には、汗が滝のように流れ出るそうだ。そんななか授業なんて受ける気になれるわけないからぬくぬくバスを使っている。たかもとなんてやばそうだなー。
 地下鉄を降り、社会人や学生に混じりゆっくりとJRの改札口へと歩いた。
 いつも通りという感じで周囲の人は黙々と各々の目的地へ向かっている。まるで機械のように淡々と己の役目を果たすために動いている。
 人が一人この世から消え去っても、なんの変化もなく滞りなく世の中は進むことを実感させられた。
 悲しいな。誰も大河のことを知らないなんて。生きていたことも知らない。死んだことさえも、知らない。それじゃ、生きていても死んでいても変わらないじゃないか。
 報われない。生きていても報われない。死んでも報われない。何しても報われない。何も変わらない。この世は残酷だ。残酷すぎないか。
 
 たとえ、生きていたことを知っていたとしても時間と共に薄れ、消えて、最後には忘れる。今まで朝の電車が一緒であっても、今日見かけないな程度に思うのかな。いや、それすら気づくことはないのかもしれない。
 もし、今日俺が死んだとしても誰も気づくことなく何の変化もなくことが進むんだろうな。自分の存在とはなんだろうか。いてもいなくても変わらないんだろうな。ほんと嫌だな。

 
「悠矢、おはよ」
 後ろから声が聞こえて来た。
 聞き覚えのある声だった。
 ……誰の声だっけ?チラッと見た。
 大河に見えた。
 ん? 大河に見えるぞ。いやいや、そんなことはない。昨日彼は死んだのだ。とうとう頭まで逝ってしまったか。
「はぁ」
 ため息が出た。
「おーい、ゆーうーやー。無視するなよ」
 また、聞こえる。だれだ、こんな悪質ないたずらをする奴は? 頭おかしいだろ……。
 いや、もう大河は生きて……ってことは、おかしいのは俺の頭か……ほんと嫌になる。幻覚、幻聴なんてほんとしゃれにならない。
「はぁ……」
 またため息が出た。ため息の度に幸せが逃げていくってどこかで聞いたことがあったな。ため息ごときで幸せが消えて行ってしまうなんて理不尽過ぎる。深呼吸でも捉えどころによってはため息に捉えることだってできるし。そんなの呼吸なんてするなって言ってるみたいなものじゃないか。誰が作ったのか知らないけれど、こんなこじつけごときで、ため息ごときで幸せが消えてたまるか……。
 でも、確かにこんなんじゃ大河の分まで背負えるのかって話だよな。もっとシャキッとしないと。とは言ってもそう簡単に折り合いとか、けじめとか、区切りとかをつけたくない。昨日の今日だからとか、そういうのじゃなくて折り合いをつけて記憶を美化していたくない。忘れたくない。背負うなら死ぬまで背負いたい。それが礼儀ってものだと思う。
 それにしても、憂鬱とはまさしくこのことだな。もう帰ろうかな。

「大丈夫か?顔死んでるぞ」
「いや、死んでるのはお前だろ」
 大河の肩を叩いた。
 バシッ
「痛っ」
「え?」
 
「生きてる?!」
「はぁ? 本当に大丈夫か?」
 頭を傾げて訝しげな大河をそっちのけで飛び跳ねた。
「良かった……良かった。本当に良かった」
「はぁ?」
「生きていてくれて、あ、ありがとう」
 泣いた。
「はぁぁ??」
「夢じゃないんだよな! 生きてるんだよな!」
抱きついた。
「と、とりあえず離してくれー! それから話聞くから!!」
「あ、あ、あり……がどうぅぅー」
 号泣。
「今日の悠矢は気持ち悪いなー」
 大河は思いっきり引きつった顔をした。
 安堵、安心では言い表せない。この世で不安と恐怖と憂うつな気持ちが解放された。あれは夢だったんだ……本当に良かった。
 自分に言い聞かせるようにして何があったのか説明した。
「死ぬわけないやろ」
 やれやれといった感じだった。
「夢にしては、本気で受け取りすぎだろ。それに泣いて抱きついてくるって? いくら何でもやばすぎる」
「そんなことより――」
 大河は今日の講義のことを話し出した。
「え、今日って水曜日やろ?実験の日じゃねぇ?」
「今日は火曜やぞ。実験は明日。何? 俺が死ぬ夢みたせいで時間の感覚狂ったか?」
「そうかもしれんな。用意全部間違えるくらいやし」
「はぁ? まじか! そんなに俺のことが大切か」
 お互い笑いあった。
 憂うつな気分が一転して、朝の電車が一気に楽しくなった。
 しかし、それも電車までだ。さすがに夢だと思っても、バスに乗るのは気が張った。
 恐ろしかった。怖かった。
 大河に気づかれないようにしていたつもりだったが気づいたらしく
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
 割と本気で心配してくれた。
 それもバスに降りるまでで、降りてからはいつも通りたわいのない話をした。

 教室に着くと早速大河がクラスの面々に言い出した。
「今日の悠矢情緒不安定やぞー」
「いつも通りです」としか俺は言えなかった。
 ときどき、「号泣」とか「生きていてくれてありがとう」とか「顔面蒼白」というワードを他の人が分からないように普通の会話に紛れ込ませてきた。そのワードを言った直後に俺の顔を真顔で見るという所業をやってのけた。
それに対して「やめろ!」とか「おいっ!!それはアウト!」といった合いの手を入れた。
「高等過ぎるテクニックだろ!!」とはさすがに言えなかった……。

 しかし、おかしなことが起きた。
 全ての講義の内容が夢とまったく同じだった。なんなら、小テストの問題も全て同じだった。
「よっしゃ、満点取れるぜ!」とか思えたらまだ良かったが、なんせこの夢の最後には人が死ぬ。しかも、死ぬのは大河だ。気持ちが悪い。
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