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3 潤也目線
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しおりを挟む「潤也様、そのまま会場へ行かれますか?」
昼過ぎに仕事が終わり、会社の廊下を秘書と歩いているとそんなことを聞かれる。
時間的には家に帰れないことも無い。
「透はどこにいる?」
「透様は先刻会場へご到着されたようです。奥様とご一緒に美容院へ行かれていたらしいです」
「そうか。…なら会場へそのまま行こう。車をまわせ」
「かしこまりました」
電話で指示をしながら隣を歩くのは秘書の廣瀬 翼という。副社長就任前から俺直属の部下で、非常に優秀な男だ。
普段はこうしてキビキビと冷静な男だが、惚気が大変ひどい。部下の幸せは結構なことだが、真顔でつらつらと語られるとなんというか、反応に困ってしまう。
かなり前に「それは可愛らしいな」というと「何言ってるんですか、手出したら許しません」なんて言われてしまった。
番バカ、とでも言うべきかと思ったが自分も人のことを言えたわけではないので黙っておく。
部下だがかなり怖い男だ。
「それで、透様とはお話できるようになったんですか」
「あ…あー…まあ、うん。」
「話せてないんですね。…なんでですか、まさかとは思いますが…まだ恥ずかしいだの怖いだの言ってるんじゃないんでしょうね」
「…仕方ないだろ。話そうにも彼が可愛すぎて嫌われてしまったらと考えると怖いんだ」
「馬鹿ですね、逆に透様から見たら結婚したのに旦那は自分のことを避けてて知らんぶり…嫌われているのでは?と思いますよ。」
「そんなことは、ない。避けてるのは…まあ、そうだが嫌っていない。むしろ逆だ」
「なら、尚更話さなくてはいけませんよ。分かりましたね?…車をまわしましたから、上手くやるんですよ。俺も後から行くので」
「あぁ、ありがとう」
手配された車に乗り込み会場へと車を進める。
今日こそ話す、今日こそもっと話す、なんて心に言い聞かせていると手汗がにじむ。
できるだろうか。
俺は彼に嫌われている、とか嫌われたらとか思っているが、彼もまたそう思っているのだろうか。
そうであったら誤解なのだ。嫌いどころではなく、愛しているのに。
パーティ中は他の人もいるし、持ち前の外面の良さのついでに彼にいい顔も出来る。
が、2人なるとまるでダメだ。
自信が欲しい。彼に愛されている、とか嫌われてはいないという自信がほしい。
「あら潤也、早かったのね。お仕事は終わり?」
「母さん…あぁ、終わらせてきた。…透は?」
「透さんなら控え室よ、あなたも着替えて見てらっしゃい。透さんとっても綺麗よ」
「あぁ、わかった」
平然を装って返事をしたが、内心ドキドキだった。
彼のタキシード姿、なんて楽しみなんだろう。もちろん、結婚式の時にも見たが…いや、正確にはきちんと見れなかった。
あまりに可愛すぎてまともに見れなかったのだ。あの時はまだ慣れていなかったし…、今は少しは慣れたはずだ。だから今回こそ、絶対目に焼き付けておく。
自分の控え室に入ると手早く着替えて、髪をセットしてもらう。
やはり透はセンスがいい。着心地も良いが、スタイルがよく見えるというか、とてもバランスの良いデザインだ。
指にハマっている結婚指輪をそっと撫でる。これは彼と自分を繋ぐ大切なものだ。
片時も離していない。
無論、彼自身を離せなくしたいのだが…それはまた高望みというものだろう。
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