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テオの思い出話
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しおりを挟む公子の啜り泣く声とお互いの荒い息の音だけが静かな森に響く。
なかなかにきつい。
公子を庇って脇腹や腕に出来た傷からは血が滴り、それは相手の男も同じだ。
「っ…!」
応援は期待するな。
刺し違えても公子を守れ。
ギィイン、と音を立てて剣が交わる。振動が傷に響いて痛い。
お互いに剣を弾いては交え、切られては切って受けて。
もはや体力が切れた方が負けという勝負だった。
「怖いよ…」
公子のつぶやきに思わず気を逸らしてしまった。
真っ直ぐ振り下ろされた男の剣を避けきれず、ただ公子をかばおうと身をひねる。
──お腹には
でも──
公子を守らなきゃ。
焼け付くような痛みが胸から腹を駆け巡る。
声は出さない。公子が怯えてしまう。
「っはは、それじゃ到底勝てそうにないな」
長くは持たない、終わらせなくては。
「っ…、しっかり捕まってくださいね」
公子の足をベルトに掛けて手をゆるめ、剣を構え直す。
「…来い」
そう言うと男は苦しげにニヤリと笑い、お互いにお互いを殺そうと走り出した。
一瞬だった。
ただ腹から命が一滴、また一滴と流れ落ちていく感覚と、相手に刺さったであろう剣の感触。
どさ、と血で緩んだ地面に男が崩れ落ちる。
終わった。
男が見えない木陰へ移動し、公子をそっと降ろし怪我がないか確認する。
「まだ目は開けないでください。…お怪我は…ございませんか…」
「大丈夫…テオは?…大丈夫なの?」
「はい…だ…いじょうぶ…です…もう…」
痛いとか寒いとか、感覚がない。
気に持たれて遠くに目をやると馬の足を追ってきたのか部下達の声が聞こえる。
「…の!ラマール殿!!…しっ…りして…さい!ラマール…の!!」
良かった…。
部下達が寄ってきた所で俺の意識は途切れた。
「…目が覚めましたか」
再び目を開けると見覚えのあるようなないような部屋の天井。…と、カレルさん。
「…どれくらい…いえ、公子は無事ですか」
「…こんな時でも仕事が優先ですか?」
「はい。…あなただって…そうでしょう」
「それは…まあ、そうですね」
斜め下を向いて口篭る彼に少し笑うと喉の乾きに少し咳き込む。
ゆっくり彼が体を起こさせてくれて、吸い飲みをあてがってくれる。
「…酷い傷でしたよ」
「でしょうね。…慣れてます」
「胸からお腹まで…何針縫ったことか」
何か言いたげか、言おうか迷っている雰囲気の彼から目を逸らし軽く目を閉じる。
「…ほんとは…お腹を庇おうとしたんです。…でも無理でした。」
「…」
「…俺が馬鹿だったんです…もしかしたら、もしかしたらってずっと…精鋭隊失格だ…」
「そんなこと言わないでください」
言葉を遮るようにカレルさんに頭を搔き抱かれ「もういい。…私のせいだ…」と篭った声が耳に入る。
懐かしいようなその温もりと匂いに涙が溢れた。
二人で静かに泣いた。
何に泣いたのかは分からない。
「…あなたは任務を全うしました。隊長殿も、皇帝も伯爵もあなたに感謝している。…今はゆっくり、休みましょう」
「…傍にいてくれる?」彼の腕の中で恐ろしいほど情けない声で呟いてしまった。
彼は目を細めて「もちろん」と頷いてくれた。
彼は休みを取ったらしい。
皇帝直々の側近が長期休みを取るなど余程のことを言ったのか。俺は知らない。
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