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テオの思い出話
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しおりを挟むあの日から3週間が経つ。彼と話すことは無くなった。いや、無いんじゃない。俺が一方的に避けているだけだ。
──お腹に私たちの子があるかもしれない
あの言葉が何度も頭に反響する。
行為から2…いや、3週間以上は経つ。つわりも何もない。
あるとしたら倦怠感。だがこれは発情の代わりに来るものだ、きっと。
そう言い聞かせ、支度を済ませて見張りの部下と交代する。
「交代だ。ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
公子の寝室の前に凭れ息を着く。
俺は中途半端だ。
正常に発情もしない、だからといって力がある訳でもない。
出来損ない。
陽者の男にも勝てるはずだ、それなのに、こんなに自分は弱かっただろうか。
弱くなった自分に価値などあるのか。
この体が憎い。
「わたしもうまにのりたい!」
「公子、ラマール殿を困らせてはなりません」
「かまいませんよ、では朝餉をお食べになった後に」
部下に大人しい馬の手配を命じ、身支度を見守る。公子は人懐こい方でよく笑う。護衛のこちらにも懐いてくれた。
公子の望み通り、朝餉の後に馬に乗ることにした。
王宮の敷地内にある小さな森までなら大丈夫だろう。
大人しい雌馬に公子を乗せて部下が引き、その近くを警護する。
楽しそうに馬とふれあい、森を見渡す公子を一同が微笑ましく思っていた。
森の半ばに差し迫った頃、ガサガサと茂みから物音がしたが誰も動物だと気に止めなかった。
しかし、公子のまたがる馬目指して飛び出してきたのは人だった。
「公子!」
飛び出してきた男は公子のまたがる馬の尻を思い切り引っぱたき公子を乗せたまま全速で走らせた。
「公子を追う!男は捕らえろ」
そう叫ぶが早いか公子を追って馬を走らせた。
間に合え、奥に男の子仲間が潜んでいるかもしれない。
「公子!離さないでください!」
「たすけて!」
やっとのことで追いついたものの、公子は泣き叫び雌馬にしがみついていた。
公子は5歳、いつまで捕まっていられるか分からない。
ならば公子に飛び降りてもらい、自分が下敷きになる。
──お腹に─
今はそれどころじゃない。忘れろ…
「公子!受け止めますから3数えて飛び降りてください!!」
「こわい」
「大丈夫です、必ず受け止めるので」
涙を零しながらガクガクと公子が頷く。
「3、2、1!!」
ふわりと公子の体が宙に浮く。
自分も手網を離して鐙を蹴って公子を受け止めるとそのまま地面へ叩きつけられる。
受身を取ったが公子を庇ったうえに猛スピードで走る馬から飛び降りたのはなかなかキツい。
芝の上だったのが救いだろう。
「大丈夫ですか?」
「…ぅん…」
涙目の公子に着いた泥を軽く落としていると公子が抱きついて泣き出す。
怖かったよな、と公子を抱きしめ背中を優しくさすってやる。
馬は行ってしまった。
ここから公子を連れて無闇に動くのは危険、足跡を辿っていずれ部下が来るだろう。
背中も痛い。
…も…無事だ。
「公子、助けを待ちますので座りましょう」
公子を抱き上げ傍にあった岩陰へ向かおうとするといくつもの殺気に気がつく。
「…何者?」
剣を抜き一番殺気が隠れている箇所へ向けるとやがて数人の男達に囲まていたことが分かる。
こいつらは殺す。
…だがこれ以上幼い公子に怖い思いをさせたくは無い。
「…公子、目を瞑って頂けますか」
「え…」
「俺がいいと言うまでです。約束ですからね」
困惑しつつもギュッと目を瞑った公子を片手で抱き、もう片方で剣を握る。
長剣でよかった。間合いが取れるから公子を守りやすい。
斬り掛かってきた男達はそれ程強くはなかった。だが公子を片手で抱いてかばいながら大人数相手は分が悪い。
所々に男たちの剣が掠って血が滲んだ。
公子には当たってない。大丈夫だ。
「隠者のくせにやるじゃないか。…精鋭隊様とやらも子守りなんざ大変だな」
男達を倒すと気配を消していたのかリーダーらしき男が気から飛び降りてくる。
見てわかる、こいつは腕がたつ。それに隠者の勘なんて言いたくないが、こいつは陽者だ。
「お前は暗殺者か」
「そうだ。そこらの雑魚どもとは違う、正真正銘の殺し屋さ」
公子を抱きながら勝てるだろうか。
…勝つしか道はない。
たとえ死んでも守らなくては。
「お前は俺に勝てない。…さっさと公子を渡すのが身のためだぜ」
「渡さない」
「お前、なぜ隠者のくせにここで戦う?」
「お前には関係ないだろ」
「関係無くはないな、割とお前のこと気に入ってんだ」
「気色悪い」
「ははっ、そういうとこだぜ」
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