運命とは強く儚くて

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なんて広い宮殿なのだろう。
牢獄の並ぶ暗い通路を抜けると、太陽の光が温かくて降り注ぐ綺麗な廊下へと出る。

忙しなく動き回る綺麗な格好の女中や従者達。こんな時でもデニスは寝ている。
…姉さん達の形見であるこの子を守れるならそれでいい。何でもしようと心に違う。
連れてこられたのはとある一室。

かなり豪勢な造りだが、内装は作りは良いが実用性重視のようなものばかりだ。
薄い布越しに床に座らされる。布越しにいるのは誰なのだろう。

「陛下、お連れしました。ご確認くださいませ」

先程の役人が恭しく頭を下げると、布越しの影がゆっくり近づいてくる。
きっと尊い身分の方だろうと慌ててデニスを抱いたままひれ伏せるとぐい、と顔を上げさせられる。

恐る恐る目を開けると目の前には驚いた様子でこちらを見下ろす男がいた。

「…皇帝…」

思わず口に出す。鋭く光る、吸い込まれそうな黒い瞳に美しい彫刻のような顔立ち。
噂に聞いていた通り、とは思ったが何故かどこかで会ったことがあるような気がする。
絵巻物?それともビラだろうか。そうではない、見覚えがあると言うよりは会ったことがあるのだ。
強く引かれるように目が離せない。

「…やっと見つけた」

鋭い目付きが少し柔らかく崩れる。この笑顔と声、懐かしい。

「…カレル、エディに湯浴みと着替えを…食事もさせろ。…くれぐれも丁重に扱え、俺のものだ」

あまりの言葉に混乱する。買われた、と言うべきか所有物にされたと言うべきか。
困惑していると優しく頭に手を置かれる。

「案ずることは無い。…何か欲しいものがあればなんでも言え、遠慮はするな。また後で会おう」

優しい声色と笑みに懐かしいと思う反面どうしたら良いのだろうとも思う。
言葉に困っているとカレルと呼ばれた役人の男に「参りましょう」と手を差し伸べられる。
言われるがままに手を取りついて行くとまた別の部屋に案内される。

中には女官が何人かいて、あれよこれよとデニスと共に風呂に入れられ着替えさせられてしまう。
柔らかくて軽い、雲をまとっているみたいだ。デニスも心地が良のか機嫌が良い。
不思議な気持ちでいると、あっという間に座らされ食事を用意される。
いつもは給仕や下準備をしていた身なのに、食べる側になれるとは思わなかった。ご丁寧にもデニスの離乳食やミルクなんかも用意されていた。
こんなに美味しい食事は初めてだった。

元々、多く食べる習慣がなかったからか直ぐに満足していると何やら髪を弄られる。

「…申し訳ございませんエディ様、息子様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

食器で遊び始めるデニスを止めながらカレルに尋ねられたので名を教えると、また丁寧に頭を下げられる。聞きたいことはいくつもあった。何故皇帝もあなたもなぜ名前を知っていたのか。
それでも、今の自分の身分は捕虜だ。勝手に質問することは賢明ではない。

「…デニスと申します。」

「デニス様ですね。かしこまりました。…お食事が終わりましたらエディ様は陛下の元に来るよう仰せつかっております。…デニス様はこちらでお預かりします。」

「でも…」

「大丈夫です。殺したりはしません。あくまでお客様として、責任をもってお世話させていただきます。」

そんなことを言われて頭を下げられては慌ててしまう。なぜ自分のような身分に頭を下げるのか。
皇帝はなぜ自分を呼んだのか。
デニスを守るにはどうしたら良いのだろう。
とりあえず、今は従うしかない、そう心に誓って再度皇帝の元へ向かった。


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